[25].試し撃ち
レベル上昇の影響か、そもそも疲労がそれほど溜まっていないからか今日もダンジョンへ向かうだけの体力が回復している。
今回の目的は新作魔法を試すこと。
今日はもう少し下へ潜れるだろうか?
そういうわけでやってきた3-1ゴブリンダンジョン3階層。
この辺りから敵がちゃんとした武器を使ってくるようになる。
粗削りの粗悪な棍棒では無く手入れのされていない鈍い光を放つ鉄剣を振り回し始めるのだ。
ここまで来れば武器戦闘でのリーチ差は無いかこちらが劣勢と言えるだろう。
そんな敵を残り1人以外瞬殺する莉沙さんと背後からの奇襲を堅実に片付ける勇さんに囲まれながら順調に進んでいった。
3階層では人々は個々の小チーム、パーティーとして活動しておりその人数は6人だ。
なぜ6人なのかと勇さんに尋ねると「最新の研究から経験値効率が露骨に落ちない最大人数であるから」と答えられた。
そんなこと私も知らなかったので驚きである。
近接役3人、遠距離役1人、斥候役1人、荷物持ち1人の6人でパーティーを作ることが上では多いらしいがここは罠がないことやマップが出来ているので斥候役が除外され近接が増やされることが多いそうな。
私をこの中に当てはめるとすれば遠距離役だろうか。
——!なんでこんなに戦いやすいか、それは私がこれまで自分で持っていた荷物を勇さんが持ってくれてるからなのか。
刀を構えず魔法を生み出す。
自分で発動している魔法ではないので杖の意味がないからでもある。
短水矢を放つと敵の頭をあっさり貫いた。
どうやら敵は魔法への耐性が低いようだ。
「勇、もし今のが飛んできたらあなたはどうしますか?」
「そうですね。威力が未知数なのでかわそうとします。ですが回避が間に合わないと思うなら腕などの損傷しても被害がそれ程大きくない部位を犠牲にします」
「戦闘中とかに視覚外から飛んできたりしたらどうしようもないですもんね。ですが勇なら発動する前に私を倒せるんじゃないですか?」
「魔法にしましても、スキルにしましても使用する時は大体魔力に動きがあります。これを私たちは魔力の起こりと呼んでいるのですがお嬢のそれからはほぼ感知できません。莉沙なら発動からでもかわして攻撃まで行けるかもしれませんが私にはおそらく不可能です。実際は威力次第なのですがお嬢様はやろうと思えば威力などどうとでも出来てしまうでしょう?」
「うーん、出来るか出来ないかですと出来ますが少し時間が掛かります。あなた方は人族の中でどのくらい強いのですか?もちろん答えなくてもいいのですが……」
「我々2名とも日本のレベルランキング上位1%におります。%表示では日本人と日本にいる人の生存者全員での割合ですのであまりためにならないかもしれませんね。……私は順位を非表示にしておりますがその表と比べると上位50000人以内といったところです。莉沙のは私から詳しくは申し上げませんが私より強いとだけ」
「すごいですね……もしかして私のお守りなんてしている場合ではなかったのではないですか?」
「正直に申し上げますと本当は来たくありませんでした。ですが仕事をギルドマスターが請け負ってしまいましたので」
「……そうですか」
「ですが今はこちらに来てよかったと思っております。心身のリラックスにもなりますし何より新たな発見に出会えます」
「そうですか!それはよかったです。人に危害を加える気はないのですがやはり私は怖いですか?」
「どちらかと言いますと観察や研究といった方が正しいかもしれません。上はそれらの知的好奇心を満たそうとしているのだと私は考えております。私個人の意見としましては……眼福です」
眼福?
外見を褒められたのか魔法を褒められたのかどちらなのだろう?
「ありがとうございます。ですが私は精霊の中では結構普通ではないのであまり参考にしない方が良いと思います」
「それでもこうしてまだ居られたいとおっしゃられているのですからありがたいばかりです」
「少しこの体を使って効率的に本体を強化できるかもしれないと分かったので少しやる気になっています。普通の人よりは早い成長をできるようにしますのでしばらくよろしくお願いしますね?」
「お任せ下さい」
「いーい雰囲気。どうせ私は空気ですよー」
「口調!」
「いいのです。莉沙もありがとうございます。もうしばらくよろしくお願いします」
「もちろんですよ!張り切っちゃいます」
物質体を女性にしているというのもあって莉沙と2人っきりの時間が勇よりも多い。
そのため2人でだけの時は少し砕けた口調で話すこともあるのだ。
そんなことは置いておき戦闘である。
頼むと2対1で戦うことを了承してくれたので剣一本で戦い始めるが人数差があるとどうしてもうまく行かない。
レベルは確実に上がっているはずなのに関わらずだ。
どうも上手く行かないので息が上がる前に距離を取り短水矢で倒す。
「どうしたらさっきの状態で勝てるようになると思いますか?」
「完全に力負けしないレベルになるか魔力を体か武器に使えば良いと思います」
「その魔力を使うというのは正確にはどのようにするのですか?」
「魔力を寄せたり流したりするのですが言語化が難しいですね」
「勇なりにどうすれば強くなれるかできるだけ詳しく教えて欲しいです」
「……最初は魔力を体の強化したい部位に多く移動させるのがいいと思います。その状態で動くと魔力を消費しますが暫く続けますと《魔力操作》、更に続けますと《身体強化》というスキルを取得できます。体の強化と比べ武器などの強化は難しいですが武器を自分の魔力によく馴染ませますと武器に魔力を流しやすくなります。そうしますと武器だと切断力、攻撃力ですね。それと防具ですと防刃性能や耐魔法性能、いわゆる防御力が高くなります。これらは《装備強化》というものになります。しかし使い方によってはどちらも装備品の寿命を縮めることになりますので注意です」
彼は一息つくと再び話し始める。
「《身体強化》と《装備強化》を取得し一度進化をした状態ですとそれらが統合された《魔力強化》に発展させることが可能ですが統合させるメリットが現状では未知数なので選択する人は多くはありません。ですが最近スキル取得上限が確認されたという噂があります。武器の強化に関しましては魔力を纏うのも主流になってきています。おそらく体全体に纏わせるとより良いのだと思われますが消費魔力と難易度という問題点があります。とりあえずは《魔力操作》と《身体強化》目標にされてはいかがでしょうか?と思ったのですがここまでに何かご存じの間違った点はございましたか?」
「分かりやすい説明をありがとうございます。私自身人間の祝福や進化方法などの多くを知っている訳ではないのでなんとも言えませんが最初にそこを目指すのは良い考えだと思います。人間は、というよりここに元から居た生物には魔力を普通よりも扱いやすくなる祝福が贈られていますので苦労はあると思いますが最善だと思います」
「祝福に関して詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」
「構いませんよ。祝福とは上位者より与えられる恩恵であり人の考えるそれとは少し違いますが呪いと似たものでもあります。あなた方が最も実感しているものでは《下位自己鑑定》と《交換》がこれに当たると思います。もう覚えていないかもしれませんが融、改変のあとに多くの者の怪我や病が治り、そしてそれよりは少ないですが多くの者が命を失った祝福であり呪いでもある“選別”も実はそのひとつです。あなた方全員が祝福と呪いの両方を受けていますが良いものも悪いものも決して当然と思ってはいけませんよ?あ、今の報告オッケーです」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらから聞いておいて申し訳ないのですが重要な内容と思われる事につきましては人の居ない場所でお願いいたします」
3階層といえど3-1なので人が多い。
これはやってしまったかも知れない。
「次から気をつけますね。ちなみに4階層からは何か変わることはありますか?」
「射手、弓使いが現れます。遠距離攻撃の手段がない場合は非常に消耗率が高くなります」
「少し進んでみてもいいですか?」
「もちろんです」
「私、会話の入り方分からない。グスン。4階層も大船に乗ったつもりでついて来て下さい!」
「はい。莉沙、先導よろしくお願いします」
4階層、射手の追加と敵集団内の確かな共闘が確認される。
「莉沙、昔からこのダンジョンではここから射手が居ましたか?」
「私はここら辺の出身じゃないのであんまりよく知らないけどいつだかに敵の現れる階層が変わったりはしたと思います。今でもたまにいきなり変わったりしますよ」
そう言うと手袋を外し手帳を取り出す。
「イレギュラーという普段その階層に現れない敵が突然出現することは昔から確認されているそうですが、階層に現れる敵自体が変わったのは改変から1年後のようです。このダンジョンでは昔は3階層から射手が現れ、4階層から魔法使いが現れましたが今では射手は4階層、魔法使いは7階層となっています。最下層も元は9階層のようでしたが今では10階層となっているそうです。やっぱりそういうの何となく分かったりするんですか?」
「いえ、ふと気になっただけです。何か違和感を感じたので」
「お嬢、何か嫌な予感に似たようなものを感じられるのでしたら今日はもう戻りますか?」
「勇。大丈夫です。このままよろしくお願いします」
何かよく分からない違和感を感じたが何のせいなのかも分からないまま接敵。
結局お膳立てをされるので1対1になるが上の階よりも力が強く感じる。
それでもこちらもレベルが上がっているので対応はきちんとできた。
次の接敵からは人がこの階から大きく減ったのもあり、精霊魔法の試し撃ちをすることにした。
刀を納める、いい音だ。
精霊魔法なので意味はないのだが何となく左手を刀の柄に置き魔法を発現、目標を定め放った。
水槍は2体の敵に怪我を負わせながら最後尾の射手を貫く。
その時間で用意した短水矢を近くの敵から順に当てていき、最後に逃げる魔物目掛けて水矢を放つ。
魔法発動回数6回、戦闘時間15秒。
これまでの剣での戦闘と比べると成果も時間も十分すぎる結果になった。
「どうですか?」
「流石でございます」
「いいと思います」
反応がいいので気分が良くなる。
「敵の魔法的な強さが分かったので次から武器で戦うのでまた援護をお願いします」
「任せてください!」
そうして敵を探すも少し時間が経つとこれまでの様子が嘘のように敵影が無くなった。
ひたすら歩き続けるも敵が現れない。
勇が目を瞑り何かを呟く。
「近くにモンスターが居りません。良からぬ予感がしますので今日はもう戻りましょう」
「確かに不自然はほどに静かですね」
少し前へ進み周囲を見渡す、がそれでも敵は居らず遠くから人がこちら側に向かってくるのみだった。
「他の冒険者も危険を察知したのでしょう。お嬢、戻りませんか?」
「勇がそこまでいうのならそうしておきます」
そう言って帰路に着く。
道は莉沙が最短ルートで案内してくれる。
ひとまずこれまた敵のいない3階層に移動したので足は止めぬまま話かける。
「勇、先ほど貴方は戻ることを強く希望しましたがあなた方の強さがあればこのダンジョンの魔物程度簡単に倒せるのではないですか?」
「私たちは進化をしたとはいえ人間です。一瞬のミス、ひとつの判断で簡単に命を落とします。なので適度に臆病でないと生き残れません。もう少し戦いをされたかったのであれば謝罪いたします。申し訳ありません」
「いえ、その様なことは必要ありません。ですがいいですね。臆病であることも時には大切ですか。だからこそそれほどの強さを手にいれるまで生きて来れたのですね」
「私自身はそう思っております」
「メンバーとの折り合いが悪くなったことはありませんか?」
「もちろんあります。ですが強くなろうと必死に戦う人ほど早く亡くなってしまいます。私の最初の仲間はそうして死にました」
「貴方は悪い人では無いように見えます。最低でも私はそう感じました。ですのであまり自分を責めないようにしてくださいね」
「ご心配ありがとうございます。ですがそこはもう超えたので問題ありません。つまらない話を失礼しました」
「……適度に臆病であるのが大切だと自分で言っているのにいざという時は自分が死ぬ用意をしている。人間とは矛盾を抱えた難しい生き物ですね」
「何のことでしょうか」
「いえ、何でもありません」
彼はまた勝ち筋のない絶望的な状況に陥ってしまった時、味方だけでも生き残らせようとする意志でスキルを取得していた。
自己犠牲は話としては美しいかも知れないが生かされた者次第では意味が無いどころかよく無いものだ。
せめて彼に庇われるのが真っ当な人であることを祈ろう。
会話の途中で莉沙が前からこちらを一度だけちらっと確認していた。
彼女の視線やら感じるに勇はこの後お叱りコースかも知れない。
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