[6].夜中の交流
宿舎の上にて魂器を使わず梟の姿をとり、魔石を一つずつ吸収する。
純粋な魔力だけを抜き、残りは塵に。
辺りは雲に遮られた月明かりのおかげで僅かに明るい。
そんな中宿舎から1人の女子生徒が石碑の方向へ歩き出す。
あの石碑はなんだろうか?
それ向かい祈りを捧げる彼女からは後悔や懺悔などの思いが感じられる。
そっと彼女の後ろに近づき声をかける。
‘その石はどういうものなの?’
びくっと肩を震わせた後、こちらに振り向き挨拶をする。
「ご機嫌よう。こちらはこの学校で亡くなった生徒達の墓石です。精霊さんはどうされたのですか?」
‘こんな夜更けに1人生徒が現れるものだから少し気になっただけだよ。君は何に対して祈っていたの?’
「私のクラスメイトだった女の子です。とても良くしてくれました」
‘その子は死んでしまったの?’
「はい、2週間ほど前に」
‘でもその子はここにはいないよ’
「——ッ、死んでしまったのだから当たり前でしょう」
‘ダンジョンには居たけどね’
「え、それはどう言う——」
‘私が言えることじゃないから自分で探してみてね。それじゃあええと、ご機嫌よう?’
不可視化し、行方を眩ませる。
今の世界は葬式がなされていない。
良くても火葬されて終わりだ。
なぜ最近まで葬儀という文化が残って来たのか、それを考え直した方がいいだろう。
一部では宗教家の金への欲求のためにされているのは事実だが300年以上の歴史を持つ宗教というものはその行為自体に意味が生まれてくるものだ。
死者の慰霊や弔いが無くなるとその霊は現世に囚われる。
それだけならば時が経つことで徐々に引き寄せられた神性を持つ何かによって救われる。
しかしダンジョン内で死した人はその限りではない。
何者かが行動を起こさなければそれらは救われる事がない。
今日ダンジョンに入りそれを理解したから少しでも早くに楽になって貰いたいと思う一心で言ってしまったが……表面上すらも立ち直れない彼女にはちょうどいいのではないだろうか?
怯えて眠れない者に少し声をかけるか。
‘夜くらいは休むといい。この場にいる限り私が守る’
安眠できるよう、力を使う。
これだけで信仰心を得られるのだ、本当にこの国は当たりだと思う。
八百万の神がいるという考え方、良いな。
魔石の魔力を吸収し尽くすと精霊界に戻る。
こちらの方が時間を使えるからだ。
もちろん学校の様子も見続けている。
‘順調みたいだね’
精霊は神出鬼没、王がいらっしゃった。
‘順調といえば順調だけどちょっと大変です’
‘人に興味があるのかい?’
‘はい。人の交流についてとても興味があります’
‘そう。でもね、あまり精霊として干渉するのはよろしくないよ’
‘はい、ごめんなさい’
‘僕は構わないのだけど、ね’
‘そうだ、早速人間から僅かながら信仰を得ることができました。これを王に捧げます’
そう言って王への忠誠心と共に僅かながら得られたモノを渡す。
‘助かるけどいいの?’
‘はいもちろんです。私には分不相応というものです’
‘ありがとう、みんなのために使うよ。ただ自分優先でいいからね、せっかくの君が降格してしまったり消滅してしまう方が寂しい事だから’
‘ありがとうございます’
‘ま、頑張ってね。僕はここから眺めてるから’
そういうとどこかへ行ってしまう。
心でお辞儀して、霊力を増やす作業に戻った。
『精霊として干渉するのは』ということは完全変態すれば多少はいいということだろうか?
ならば、これからは少しずつその時間を増やして……だめだ、それでは契約を遂行できなくなる可能性がある。
それによく考えるとそろそろ10月か。
……あれ、もしかするとはめられた!?
もしああいう事があの街に起こるのならばこの契約は人間にしてやられたことになる。
力を貯めなければ。
男子校舎側の校庭にひとりの男が現れ空を見上げ始める。
周囲を確認するとその場に座り込んでしまう。
あの人間は何をしたいんだ?と思い見る。
この人、ここの長だったんだ。
ならちょっと挨拶にでも行こうかと思って物質界に戻った。
夜の校庭、何もせずただあぐらをかいて休む30代の男性に声をかける。
‘こんばんは、校長さん。私はここの生徒さんと契約させてもらった精霊だよ。仲良くしてくれたら嬉しいな’
声をかけると背筋を伸ばして返答してくれる。
「こんばんは、おいで下さりありがとうございます」
‘私の用事はそれだけ、早く休むんだよ?でもあなたは何かあるみたいだね’
「お分かりですか。さすがでございますね」
‘そんなに持ち上げないでいいんだよ?私たちは気まぐれだからね’
「弱い我々に力を貸してくださる方々を大事にしないはずがないです」
‘そういうあなたは随分と頑張っているんじゃない?毎日ダンジョンに潜ってたら体壊しちゃうよ?’
この男は1日の大半をダンジョンで過ごし、レベルを上げているようだ。
「いえ、それでいいのです」
‘ふーん、そう。そろそろ本題話さないと行っちゃうよ?’
私には挨拶したこと以外用事がないのだ。
「私は今から自分の命を天秤にかけ生徒の過ごす環境を少々良くしようと思いまして、私がいなくなった後に少しでも生徒らを守って頂けるとありがたいなと思った次第です」
連絡が届いていないという訳ではなく、安心材料を増やしたいという考えか。
‘残念だけどそれは約束できないよ、今の私はただでさえ契約を多く負ってしまている状態だから’
「残念です。ああ、お迎えが来てしまいました」
真っ黒い装束に身を包んだ1人の男が近づいてくる。
‘これからどこか行くの?’
「そうですね。行き先のわからぬ旅に行って参ります」
‘そう、行ってらっしゃい’
黒装束、その血に塗れた怪しい姿からは意外にも軽薄そうな声が発せられる。
「ひとりごと〜?」
「いえ、まさか。頼もしい方とお話ししておりました。もっとも願いを叶えて頂くことにはできませんでしたけれども」
「そっか〜、でここに留まってるって事はもうオッケーってこと?」
「はい大事に使って頂けると嬉しいです」
そういうと彼の胸からひとつの力がつまった薄灰色の球体が浮かび上がりそれを相手に渡す。
スキル《封印》。
随分と強い力だ。
これを駆使して彼はここまで強くなったのか。
渡された者はおちゃらけた体から突然殊勝な雰囲気と態度に変わる。
「あなたの献身に感謝します」
「ぜひより良い未来を」
「約束します。俺の命が終わるその時まで全力で」
「はい、では少し離れていてください。何をしようとしているのかあなたは知っているのでしょう」
校長がそういうと男はスッと離れる。
校長の魂が強い光を放つ。
‘——ま、まさか’
「この世から逃げることをお許しください。あなた方がここにいらしたことでどれだけの希望が生まれたことか。それ以上を望むなど欲が過ぎるというもの」
《天秤》を利用したこの星の神との取引。
校舎や門の作りや模様が一新される。
それはまるで星に吸収された過去の建物のよう。
全く新たな建物の中には精霊界にいる同胞がこちらに行き来しやすくなるゲートまで。
しかしその対価は彼の肉体から魂まで彼を構成していたものの全て。
まさか、本当に人間という生き物は理解ができない。
自分という存在が消えることが分かってすることがこれなのか?
他者の為に己を捧げる。
しかも今の自分が価値のあるものだと知ってのいて、だ。
「美しい。なんて綺麗な光だろう。そう思いませんか?精霊さん?」
!?
私は可視化していない。
彼に向かっては声をかけてもいない。
「いない、か。つまんないの。戻りますか〜」
そういうと地面にドプンッと沈みその場から消える男。
びっくりした、鎌をかけただけか。
全く人間は驚かせるのが好きだな。
……それは私も同じか。
夜中にも関わらず校舎内の一階各所に灯りが灯る。
様子が変わったことによる興奮と世界が元に戻った訳ではないことを理解した落胆の気配。
起きてしまった契約者に呼びかける。
‘大丈夫、明日に響かないよう早く寝たほうがいいよ’
私も休もう今日はもう何があっても反応しない。
そう心に決めて精霊界に戻った。
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