間話[海斗].スランプ
足りない。足りないんだ。先が見えない。どうすれば良いのか。どうするべきなのか。男は地面にあぐらをかいて項垂れる。
細身ですらっとした長身。道ゆく人々より一段と飛び抜けた背丈は注目を集め、精巧な顔立ちに誰もが一瞬好意的な視線を向けてしまうような好青年。その綺麗な笑顔、優しげな瞳、落ち着いた声。
自分の体を完璧に操り、観衆から視線を集めるアイドルかと誤解しそうないで立ちでありながらも、その全身からは渇望が溢れ出ていた。
誰の足跡もない、まるで降り積もった新雪のような新分野。誤った方へと進んでいないか心配する以前に、ただの数歩程度しか進めていない魔力の道。踏み込めばあまりにも高い壁に視界が阻まれ足がすくむ。
海斗の成長は擬似魔力剣を得てから、行き先を見つけられずに止まっていた。
簡単に言ってしまうと超記憶。先天的なそれは、趣味の野鳥観察を続ける内に一辺倒に研ぎ澄まされていた。
ものを正確に記憶に留めておける。一度歩いた道は完璧な記憶となり、違う通路を進むことで記憶と合わさって脳内に自然と地図を展開できる。そんなことが誰にもできる訳ではないと知ったのは小学校中学年頃だっただろうか。
しかしそんな超記憶能力は地中から幻想的な光が湧き立った日からゆっくりと失われかけていた。
与えられた力、《形状記憶》はその穴を埋めるように定着した訳だが、贔屓目に見ても戦闘活用できる優秀なスキルではなかった。
《形状記憶》その本質は名前のとおり記憶である。把握したものの形を完璧に記憶する。それを理解してから亮のスキル《魔力剣》を研究して模倣。魔力の使い方が分かればここまでは難しくなかった。
完全に魔力で作られた未知なる物質。非魔力物質や接触面の魔力が少ない対象はバターのようによく斬れた。
しかし当然と言うべきか、ただ模倣しただけのものは鈍く脆い。亮が振るう本物はずっと硬質で砕けない。
あれは盾ごと切り裂く鋭さを持ち合わせていたがこの紛い物は違う。ただ形を真似しただけの贋作。そうだ、ずっと父を真似て、望まれた誰かを演じ続けてきた自分をうまく表すスキルだ。
艶やかな漆黒の羽を翻して鴉が空を舞う。雲に覆われた空を気にする様子もなくただ自由に、それ以上を求めることなく、決まった環境に、限られた空間を。
スキルを使う。あの美しい生き物をもっと間近で見たかった。
手の甲から伸びる魔力の縄。それは上へと伸びて魔力で作られた偽物の鴉につながっていた。
一枚一枚作り込まれた羽。足先にひかる鋭い爪。命を吹き込まれた宝石のごとき瞳。
繋がれた縄がなければ思わず感嘆がこぼれる程に精巧なスキルの産物を見て、再び決意が漲る。
もっと魔力について理解しないといけない。俺たちがパイオニア。誰よりも先を照らす、先駆者なのだから。
順調な過去、止まった現在。いつかこれに完全なる命を吹き込み、大空を駆けることを夢見て剣を握る。
海斗はギルド内でも始めの躍進が目覚ましく、それ故に迎えた長い停滞期間で深く悩むことになります。
ですが彼らパイオニア、最初の予定に居なかった二人以外は目立った大活躍から、静かな基礎、公にできないような貢献まで、各自が大きな実績を重ねていきます。




