間話[慶典].休暇
穴を掘り、固形燃料を設置する。その上には1人用の小さな小さな網置き。
心地よい風が吹く湖畔の見える木の下で、僕は終末の始まりをせめて楽しもうとしていた。
中肉中背というには肩幅が広く少し肥えている男は、折り畳みイスに座り固形燃料に火をつける。
一人焼肉なんて虚しい? いや、これにはこれの楽しさがある。
「社会が崩壊すると言うんなら、その前にやんなきゃね」
亡き祖父が脳裏に浮かぶ。こうやって、小さすぎる網でちまちまと肉を焼き、雰囲気を楽しみながらすごい勢いで酒を空けていた。
飯盒にもビールを水と言い切って投入してたっけ。ま、僕は楽しちゃうけど。
肉を一枚網に乗せ、それが焼けるまでの間にタッパーから炊き立てのお米を解放し、ウーロン茶を呷る。
ここはビールといきたいが年齢的にまだ早い。
薄い雲を突き抜けて真昼間の激しい日光が湖に乱反射し、頭上の葉々は気持ちよさそうにそよぐ。
春だなぁ。
いい感じになった肉を米にのせ、新たな肉を網に置く。焼かれた肉にピリ辛の調味料をふりかけて、お米と一緒に掻き込む。最高だ。
いつまでもこんな日々が続いたらいいのに。そう思わずにはいられない。
僕の役目は■■こと。光栄な話だ。僕がこの国の行末を決めるほどの役割が得られるなんて。
ごめんねじっちゃん。結局僕は継げないよ。
農家業を晩年続けた祖父は慶典が小さな頃に自身の後を継ぐことを望んでいた。
木や花々。動物よりも植物が好きで小さな頃からそれらと触れ合う時間が何よりの宝物だった僕に、それは向いている仕事だった。
とは言っても野菜やお米より、僕は花が好きだった。色も香りも、咲く瞬間も。だから本当は、花屋さんになりたかった。
だけど父さんが継がず、孫が植物に興味があると知るとそれはもう嬉しそうにしていたので、僕は継がないと明言することなんてとてもできなかった。
もっとも経営学を学ぶと言って大学に逃げ、普通ではいられないと未来が宣告された今、花屋になることすら不可能になった訳だが。
「でもまだ時間あるし。せっかくだから、それまでは別のこともやってみよっかな」
この魔法があれば花屋は作れそうだし、これからの時代にこの魔法属性はいくらでも役に立てる。
熱々の肉をご飯に乗せて口に運ぶ。
お腹が膨れれば活力が生まれるんだもんね。
戦争の時代を僅かに知る祖父は食のありがたみを誰よりもよく知っていた。そして最悪、似た状況が近い未来にやって来る。
そうならないのが一番だけど対策をとっておくのも大事だ。この力をなんで渡されたのかを考えながら僕は静かに支えよう。
慶典は特別運動神経が良い方ではない。むしろどんくさい側、メンバーの中では下の方だ。それに英雄願望も特にない。
ただ一つ、恐ろしいほどの才能を除けば学業もふるわず、運動もできない。そんな目立たない、クラスの隅で本を読んでいそうな静かな性格を持ち合わせていた。
ちょっとすればすぐに追いかけれなくなるだろうし。どこまでついていけるかなぁ。
「でも、寂しいなぁ。……大丈夫、きっとなんとかなるよね」
過酷で無限の行末が待つ未来を夢想する。
対戦よろしくお願いします、と。
固形燃料に火をつけて火力を上げる。肉を焼くペースを上げた。




