92.隠密同行
雲の上に太陽が登ると、綺麗にしてもらった給仕服に身を包み、浮ついた気分で街に出る。目的地は学校だ。
転移を一回。占い屋に顔を出して細々とした雑事を行ってから、洵の元へと移動する。校門から覗けば、グラウンドには洵が数人の学友と共に武器を下げて防具に身を包んでいた。
もしかするとこれから迷宮に潜るのかもしれない。そう思いながら私は未だに感覚的な理解までにしか及んでいない《浮遊》を使って、彼らの元へと近づいた。
「おにーちゃん元気〜?」
「元気だよ! 絢は?」
「もうバッチリ!」
どこか視線に含まれる想いが変わった洵の瞳は、溢れんばかりのエネルギーで爛々と輝いていた。そんな彼の手に付けられた手袋をぽんぽんと軽く叩くとそれはすぐに外され、露出した手のひらを目を瞑りながらギュッと握った。
魂は安定。彼に返した半魂がかなり定着したように感じられる。
私はそれを確認してから手を離して目を開く。
「最近体の調子が良かったりしない?」
「そうそう! だんだん良くなってる気がするんだ! もしかしたら絢のおまじないのおかげかもって」
「それもちょっとはあるかも? でも良かった。今日はこれからダンジョン?」
「そうだよ。いつものみんなと一緒にね」
洵の近くにいる数人の学友と思わしき人物。その中に一人、どこかで見覚えのある顔の女子生徒がいた。
じっと見つめるも、思い出せずに首を傾げる。どうやら忘れてしまったらしい。
「どこかで会ったこと……」
そこまで言って、一つの記憶がヒットする。
「あ、あ! 進化前の……!」
「えー! 覚えててくれたんだ! 1,2回しか会ってないし、もうすっかり忘れてるものだと思ってたよ!」
この元気な感じ、少しお姉さんらしくなってるけどあの子で間違いない。
「確か名前……なんだっけ?」
「私は結衣! 絢ちゃん、改めてよろしくね?」
明るい笑顔に似つかない恐ろしさがどこからともなく感じられる少女は、私ににっこりと笑いかけた。
洵の所属するパーティーメンバーは合計7人。男子3の女子が4のバランスが取れたチームだった。
私は洵のレベル上げをできればと思って来たものの、洵は同性の先輩と一緒に行動したいらしく、その人は一度パーティーに受け入れた人と軽々しく別れることは許容できないと言う。これでは効率が良いと言われるレベリングは不可能だった。
そもそも部外者がパーティーに参加するのは難しいらしく、できるとしても前日までに予定を立てなければいけない。それにレベリングと言っても、パーティー内に進化者が3人もいるものだから順調も順調だろう。そこに私ひとりがお邪魔する意味も余地もない。
どう頑張っても今日は参加できないと分かった私は、ガックリと肩を落として帰るフリをして肉体を捨て置き《魂在》、いわゆる霊体でついていくことにした。
『魔力が増えればレベルが上がる』その言葉が私にはしっくりきた。これまで魔物を倒せばレベルが上がると思っていたのも、魔物が倒れた時に放散される魔力が原因であるかもしれないと思えたからだった。
ならばその魔力を効率的にレベルに変換するにはどうすれば良いか。観察を、あわよくば実験をしてみよう。
「は〜、オレもさっさと50行きたいな〜」
「ね〜。でも僕たちもあと2ヶ月ぐらいじゃない?」
「それが長いんだよ!」
洵と親しそうな男子生徒の会話に女子生徒が口を挟む。
「でも一真はビビりだからあと一ヶ月ぐらい長い目で見た方が良さそうだよね」
「べ、別にビビリじゃねーし! 索敵漏れがないか確認してるだけだし!」
長いこと一緒に活動しているのか随分と仲が良さそうで、そんな関係に少し妬いてしまいそうになる。
「ダンジョンはそのぐらいのマインドが合ってるよ。なぁ?」
「そうだね! 安全第一で頑張ろう!」
進化者の女子生徒二人、結衣ともう一人の背の高い女子が言った。
このパーティーは安全志向なのだろうか? にしては全体的にレベルが高い気がする。
私は脇道に身を潜めて、こちらに近づく一団への合流の機会を伺う。そうしていたつもりだったのに、結衣は顔を前に戻すと同時に私の方に鋭い視線を投げかけた。
完全にバレたと思ったものの、敵意が無いと判断されてか視線は外されるが静かな警戒は解かれない。私はそれ以上見られないように頭を引っ込ませた。
びっくりしたぁ〜! なんでバレた? やっぱり魔力かな? でも結衣ちゃんの視線もぼやけてたから完全にはバレてないはず。
「どした?」
「んーん。小さなお友達が居たんだけど……恥ずかしがり屋さんだから隠れちゃった。来てくれてもいいんだけどね、今度会いに行こっかな?」
「ふーん?」
うぇ!? 私ってこともバレてる!? でも……行っていいのなら——
私は彼らが横を通り過ぎるタイミングで、するりと洵に入り込む。邪魔はしないように丁寧に。そのまま体の隅々を確認して小さな綻びを合わせていく。感覚的にはもうそろそろ完全に治りそうだ。
手を出しすぎるのも良くないと思うので、少ししたら今日はおしまい。大人しく居座らせてもらう。
「今日はあったかいね。天気……はあんまり良くないけど」
何かを感じたらしい洵が空を見上げて言うと『いや寒いだろ』と一真くん。『どんなもんさ〜』と洵に抱きつこうとしてきた背の高い女学生を追い払う。
「いった! 静電気? なんだ今の」
「え?」
「冬だしね。あと外ではやめなって」
な、これが日常的に!? 私には守りきれない……。
「ちぇっ、つまんねぇの」
「学校なら、うん。少しならいいよ」
え、許しちゃうの!?
「マジ!? やったぜ〜」
「だってヤダって言っても聞いてくれないし」
ふむ、もし次があったらもう少し強めに叩こう。
「んだよ。でもま、口ではそう言っても心では〜?」
「い、ちょっとはイヤに決まってるじゃん!」
ふーん、まんざらでもないと。なんか悔しい。
「ちょっとだもんな〜! しめしめ」
穏やかな雰囲気のまま迷宮に到着し、一行は入り口を下った。
隊長らしき青年、陽翔くんを中心に慣れた歩調で奥へと進む。パーティーは私が想像していたよりもずっと高い練度で戦闘をこなす。
私はと言うと、空間に漂う魔力の動きをじっくりと観察していた。“抜け殻”は倒された後に魔力を残す。空間に広がった魔力は冒険者の体に吸着するように、それらの内のほんの一部、微量の魔力が消えていく。残った魔力は静かに漂い、少しすれば迷宮自体に還っていった。
魂器は魂の器。では生き物の魂を運ぶ本来の器は? それこそが肉体だろう。肉体は魂の器。死にゆく肉体の代替として、魂器があるのだろう。だとすれば、レベルは肉体にある魔力量で決まると言うのも納得ができる気がする。
私は一戦闘で洵が吸収した魔力を空中から集めて、それを洵の体に流す。しばらく観察していると、洵の魔力に変質していった。
これは成功かもしれない。これならレベルも早く上げてあげられるかも……。
私はせっせと魔力を集めて洵に渡していくと、初めは飲み込むが良かったものの、だんだんと遅まり次第に自然と体に入る分も洵の魔力に変質しなくなっていた。
「なんか今日変かも。《身体強化》がうまくできない」
……やばっ、影響出てるじゃん!
洵と私の魔力はほぼ同型だったので、私は急いで自分のもので中和させる。
「帰ろうか?」
「んー、気のせいかもだからもう少し待って」
「早めに言うんだよ?」
「もちろん!」
リーダーの陽翔くんが洵を心配げな表情で見てくる。
急いでどうにかしなきゃ。でもこれ以上どうすれば? そもそも似てるからって私のと混ぜて良かったのかな?
あせあせと魔力を調整していると、いつからか新しく体が吸収した魔力も洵のものに変わるようになっていた。
これで安心かな? 私色の魔力も……あ、洵のに変わってる。こういう未進化の人にはこう言うレベル上げもアリ? それとも魔力の波長が酷似してたからできたのかな? なんにせよ、量を調整すれば——!
そうして2時間ほどの迷宮探索は終了した。学校まで帰って洵がステータスを開くとレベルが1つ上がっており、実験は大成功で幕を降ろした。
定期的に行うことを胸に秘め学校を後にするつもりだった私は、校門から出たところで声をかけられる。
「待って。そこにいるんでしょ?」
驚いて後ろを振り返ると、結衣ちゃんがこちらを向いていた。周囲を見回すも、私たちの周りには誰もいない。と言うことはやはり私に話しかけているのだろう。
私は球体状から人形に姿を変えて、実体化する。魔力操作量的に厳しいので、衣服はシンプルな白の貫頭衣を魔力で構成した。
「うん……今日は目を瞑ってくれててありがとね」
私の姿を視認すると、彼女は表情に安堵を浮かべる。
「よかった〜。やっぱり絢ちゃんだったんだ。そうかもとは思ってたんだけど確信が持てなくって。だから一応確認したかったんだ」
「あ、やっぱり勝手について行っちゃダメだった?」
「本当はね? でも、絢ちゃんは洵を治したりもしてるって聞いたから。次からは先に一声かけてね?」
私は何度も頷く。
「分かったよ。いきなりごめんね。あとこの前はありがと。おかげで私は本当の意味で私になれた。洵のものを全部元に戻せた」
「それは……本当に良かったの?」
「もちろん! 少し色々減ったけど、思う存分私のしたいように生きれるから」
「そっか、それなら良かった。お互いに、後悔のしないように頑張ろうね!」
彼女の表情からは暗さが消えて、まんべんの笑みが浮かべられた。それに私も元気に返し、実体化を解除する。
レベル上げの可能性の話と、まだ教わってない技能。私に出来ることが増えることを夢見て。
思い付きは成功することも……運が良かったようです。二作目の二章以降プロットを作るためにはこちらも進めねば!
現在執行官の記載を変更予定です。組織名は裁きの剣。役職名は統主/精鋭構成員/一般構成員。彼らの活動内容がアレなので、一般人には処刑人と呼ばれている。そんな空想をしています。最序盤に放送で認知させるのもおかしなものなのでそれもカットですね。もう……これどうなるんだろ。
努力習得系の技能も本物と分けるために呼称を変えないといけませんし……。本文には“偽”。ルビにはLicnesからリを付ける予定です。とはいえそれらは体系化された技能として協会や情報局あたりの文章でしか使われてなさそうですが……。
後日貯まったら情報回としてまとめて出……すかもしれません。
作者のリアルでやるべきことが一つ終わりました。ですがまだ一つ残っています。日付が決まっているしなければならないことも近々に二つ。余裕のある期間が終わって、これから忙しくなりそうです。
そんな余裕のある時間には二作目の執筆を進めていました。まぁまぁそこそこの出来です。一章を確認して、序章をなんとか改善できないか睨めっこしたら、二作目を一章まで編でまた投稿しようと思います。文字数は序章・一章・一章終わりの人物録を入れて六万字ほどの予定です。




