88.対等
魔力球が宙に浮き、内包する魔力が増すと同時にその輝きは一層と強まる。発射前に2つ目、3つ目と数を増やしその場に停止。制御者が離れてもその場に留まり、突然1発が飛び出して見事に魔物の横っ腹へと突っ込んだ。
こちらに待機させてある残弾2発を置いといて新しく“射撃”を構成し、数的不利なひよこへ援護射撃。手負いと言えど凶悪な魔物と切り結びながらの芸当である。正直にわとりの実力は恐るべき練度に達していた。
更にだ。彼らにはスキルポイントで得た交換技能も備わっている。ひよこたちは偶に魔法らしきものを使うがにわとりはそれらしいものを使わない。ただ純粋に努力で得られた技術だけで形勢有利を保ち続けていた。
魔法。それは正統進化を果たした人々が好んで選ぶことが多い交換技能の一種であり、一見魔法名を発するだけで事象を起こす奇跡である。
実際には魔法ごとに決められた対価である魔力が失われているらしいのだが“射撃”のように自分で難しいことをせずに即座に放てるという、喉から手が出るほどに欲しくなってしまう有用なスキルだ。
弱点としては対価と効果が一定であることが挙げられるが、進化すれば手が届くのだからこれが規格外と言わずしてなんと言えようか。
「はぁ……」
私は羨ましくてついついため息が溢れてしまった。
だって普通は50程度あるSPが私にはたったの2だったのだからしょうがないじゃないか。でも頑張れば
待機していた魔力球が魔物へと一直線に進み、胸部を貫く。
——私にもあれはできるってことだよね。
個人目標が目の前にお出しされている気がした。もう一歩一歩確かめるように進む場所はずっと先にある。既に道は作られているのだ。
帰ったら協会で聞いてみよっかな。
ひよこと交代して実戦。お金の心配はしなくて良いということは防具の破損は気にしない。その戦い方を見せても良いということだろう。
頭はなし。手は先だけで、足、膝、肘まではオッケーかな?
木の裏に隠れていたつもりと思われる肩がはみ出て丸見えだったホブゴブリンが奇襲のつもりかこちらに駆け寄る。その顔にはこちらを舐めたゲタな笑み。
学習しないなぁ。……もしかして出来ないんじゃなくてする必要が無い? うーむ、基本的には奥へと進ませないように帰らせないように出てくるけど“抜け殻”ははじめから使い捨て?
どうなのかなと思いつつ、迫る魔物の剣を躱して短剣を腕に切付けようとすると左手で防ごうと手が翳される。
やっぱり痛覚緩いよなぁ。
右を軸に左脚を振り切ると相手の胴体はふたつに分かれ、魔石を残して地面に溶け消える。
左靴の爪先部分は消滅し、そこに何かが通っていたことを示す。体の各部位を魔力で延長する身体の武器化に見せかけた瞬間的な肉体改造。肉がある方が魔力の通りが良いので使って良いと言われて使わない理由がない。
人にも魔物にも、外見で舐めてもらっちゃ困る。何せ私はパイオニアの一員なのだから。
肘打ち、膝蹴り、回し蹴り。踵、爪先、指先まで。体全身が凶器になり得るこのスキルは本来これほどまで使い勝手の良いものでは無い。
初めは再生能力だと思っていたのが肉体変化に使えると分かり、変化速度と強度を伸ばして強化で補えばこの通り。
やっぱりスキルに使われるんじゃなくて自分で研究して理解して、頼り切らずに伸ばさなきゃね。
前衛としての役割がある程度こなせるようになったので次は……魔力ロス無しでできるのはパーティーの先頭で敵や罠を探す索敵、拠点設置、食事ぐらいかな。ご飯は結構簡単に出来そう。設営は身長小さいから適正外。索敵は……教わればいける、かな。
何度も拠点へ戻り、再探索を続ける内に隊長の戦闘能力も見えてきた。言ってしまえば遠距離特化型。魔力は腕輪から補給することができる。それにより、慣れれば自分が強くなったと勘違いしそうになるほどの適時適格な後方支援で、隊長が後ろに控える時は班の安定感が崩れることはなかった。しかし前衛としては見ていてどこか不安になると言うのが正直な感想だった。
魔力剣も発現しているのにどうして……あ、体が逃げてるんだ。
よく観察すると魔物に近づくのに躊躇いが感じられる。
懐に飛び込むのが怖いから? 血とか息が掛かるのが嫌い?
ここで聞くことでもないのでその疑問は胸の中にしまっておくことにした。
4時間程で4階層の測量が終わり、集合して5階層へ。出迎えたのは視界の限りに広がる銀色の葉がついた木々。これまで普通の林はいくらか見てきたがこれは初めてだった。
偽物の陽光が銀葉にあたって輝きを増す。美しく現実味のない景色につい心が奪われた。
「銀葉樹ね。薬になるのよ」
口を半開きにして上を見上げたまま動かない絢に語りかけると、ハッとしたように周囲を警戒する。
かわいい。でも広げた魔力が言っている。
「大丈夫、近くに敵は居ないわ」
斜めに目線を下ろして恥ずかしそうに指をもむ姿を見ながら考えを巡らせる。
やっぱり前より広がってる。でも相変わらず敵影は無い。こんなに大人しいと少し怖いわね。
「隊長はお体の調子いかがですか?」
思案している姿に何かを感じたのか絢がこちらに問いかける。
「いつも通りバッチリよ。絢ちゃんこそ腕はもう大丈夫なの?」
魔力対抗で敗れ、切り飛ばされた腕の調子が良くなかったことを問う。
「もうすっかり戻りました。痛みも阻害感もないので大丈夫です!」
感覚を研ぎ澄ます。確かに混在していた魔力は既に消えていた。
「ここの敵は数は少ないけど強力だから気をつけましょうね」
「はい。動き出すまで分からない植物型の魔物に注意ですね」
後方で魔力が揺れると同時に杖を両手で持ち直す。射撃を多重形成、即座に魔力を増幅して三発連続発射。一発目で樹皮を削り、二発目で陥没、三発目がその樹体を貫いた。
これで倒れずとも魔力効率はかなり悪化しているはずだ。
それを証明するように協会職員が襲い来る満足に強化できない根を切り払って、幹を切断した。
分体であの硬さ、本体には苦労したものね。
会話していた琴子が杖を向けると即座に放たれる三発の攻撃。過剰とも思ってしまった攻撃が全弾命中すると私の予想を下回る損傷の魔物が見えた。
かろうじて貫けた樹体に先ほどの攻撃がいかに必要最低限であったのかを知らされる。
万全の根っこと枝をどうにかするとなるとすごい時間がかかるって聞いてたのに。普通のよりも硬そうだしあの密度は……私とは相性悪そう。
銀林はその美しさとは裏腹に中級下位であっても下層の恐ろしさを垣間みせた。
迷宮全体の傾向として、本体は人が訪れていない場所により多く存在する。この銀葉樹地帯にも踏み込む人はそう多くなく、再び探索班ごとの行動に切り替えられてから待っていたかのように彼らは姿を現した。
「前方敵影確認。数……多数!」
ひよこが班員に警戒を呼びかける。
魔物の影が重なり合って、いまいち数が把握できない。8、10、12……。
「16体です!」
私より少し早くひよこが数え切った。残念。
こちらは5人、1人は守る人だから……4体倒せばいいのか。でもなぁ、歩き方が。これもしかして全部本体?
「散会!」
琴子の鋭い声が響く。瞬時に班員同士で距離を空けるために動く、が向こうのほうが早かった。
ホブゴブリンの持つなたのような獲物がうっすらと魔力光を帯び、一閃。飛刃と呼ばれるそれが複数個、それぞれに向かって奔る。
移動方向に合わせて1つ、まっすぐと低めに1つ、高めに1つ。完全に殺しに来ていた。
それでも冷静に、琴子は状況を思考していた。そして考えつく最悪は——足を止められた!
探知の範囲を狭めると同時に細長い魔力盾を協会職員3名各人に複数展開。杖を左手に預け、更に射撃を複数展開。右手に《魔力剣》を構築すると杖の持ち手の位置を変えて瞬時に魔力盾と射撃全ての魔力を増幅させ、右手にから飛刃を射出。
「《反射》!!」
自分の魔力が大きく消耗するので、あまり使いたくなかった荒技を行った。
迫る飛刃の通過位置に作られたシールドはその全てを跳ね返し、己へと来るものには同じく飛刃をぶつけて相殺。絢は1人でもなんとかするだろう。
「攻撃!」
前衛へと号令をかけると同時に背後で揺れる魔力。トレントはお前らか。
振り向き準備していた射撃を再調整し、二方向へと即座に発射。魔力反応が大きい部分を狙い、一方の魔石は破壊し活動を停止。もう一方は仕留め損ねたようで根が地面を這うように殺到する。が、樹体は射撃によって魔石付近を貫通されているので強化が甘い。魔力剣を投擲しそのまま操る。懐から短剣を取り出すと魔力剣で延長し、根を払うと幹に迫っている念動中の魔力剣で一刀両断にした。
——前は!
地面を蹴り浮遊して逃れようとするも、脛から下を切断される。血の色をした魔力がバシャっと飛び散ったが、即座に損傷部位を《変態》で魔力が溢れない程度に再構成。浮遊解除と同時に走り出すと服のことはそっちのけで戦闘を始めた。
右手に短剣。左手、両足、両膝両肘から突き出る武器化による手数、浮遊と魔力盾での圧倒的機動力によって魔物を圧倒する。
後ろからの援護が来ないということは琴子さんもこっちに手を出せない状況にある。ということは今人目を気にしている状況じゃない!
この探索任務で増えた琴子への信頼は相当なものだった。その琴子がこの状況で何もしていないだけのはずが無いと後ろも見ずに敵へと向かう。
横なぎを回避しようと後ろに体を逸らすとすぐさま刺される横やり。口に笑みが浮かぶ。
懐かしい、何よりも懐かしいこの感覚。ただやられるだけの存在では無く、命を掛け合う戦い。
でも残念、あなた達は分かってないね?
私の本体は今、短剣に在る。私の持つ道具の中で何よりも頑丈なこの武器は、私の核を収めるのにこれ以上なく適していた。
この前の兄との会話で使っている武器に傷がないことが異常で在ることをようやく理解した。そして思いついたのだ。
ここにいれば絶対に死なないと。
斬られ突かれ裂かれ、痛みが無いわけではない。人に近づけていた代償に、それなりの痛みは感じていた。しかしそんなことよりも今この瞬間が愉しかった。
頼られている気がして、並べている気がして、何よりも認められた気がして。
ご主人様、見ていますか? 私はちゃんと戦えます。あなたが越えさせようと思った試練の中で、私は対等に戦えています。
背後からの援護射撃が復活し、残りは1体を残すのみ。周りにお願いをする。最後は一対一で戦わせてほしいと。そのわがままへの返答は驚くことに受諾だった。
自身の核を《人形》へと戻す。もうズルはしないから、だから——
「一緒に戦いましょう?」
既に脚部の再構成は終わり、過剰な武器化も野暮かと思い、手足の先のみに限る。核が体に戻ったことで、より鮮明に痛みが感じられた。
それでも。
戦いが始まる。誰も横から手を出さない記憶に久しい本体との戦いが。
そうだ、私は過去に、継承したばかりのご主人の後をついてこの迷宮に足を運んでいた。そして一階層にいた本体達にオモチャにされたんだ。
ええ、思い出しました。あの時はまだ魂器に囚われていた。その私を飛ばして遊びましたよね?
左手が切り飛ばされる。
あの時はこんな感情ありませんでしたが、思い出してしまった今ならあります。よくもご主人の前であんな風に遊んでくれたなと。
わかります。こんなんでも私だって沢山の本体を殺し、沢山の人の死体を見てきました。迷宮中では力が全てなのだと。弱い者に生きて帰る資格は無いのだと。
だから私を殺したければ、体内魔力を把握できるようになってから出直して来なさい!
戦い切った。終われば残るのは痛みだけ。その痛みも再開した《変態》によって引いていく。
ようやく対等かぁ。
欠損すればもうそれまでのようには戦えない。普通であれば引退ものである。現実は生きるために引退すらできないのだが。
足のズルはにいにもできるし、手のズルは短剣をもう一本持っただけのようなもの。ということはそう。
「……勝った!」
あー、いけない。頭が熱くなりすぎてた。流石にあれはだめだですよね。
むくりと起き上がって協会職員に向き直る。
「今のは、秘密です」
穏やかに微笑む琴子、しばらく泳ぎ目線を測定係に向けるひよこたち、カクカクと頷く測定係。
よし、完璧。
「戻りましょう。服も着替えないといけないし、今のは撤退する理由になり得るわ」
それに、もう目標は達成していることだし。と加える琴子の側に彩花が現れる。
「やっぱりこっちもだったんだ。一応少し余裕あるっていう連絡だったから最後に来たけど、他の二班も迷宮の悪意に遭ってたんだよね」
迷宮の悪意。イレギュラーと似たものだろうか? あれから結構時間も経っているし細分化したのかもしれない。
ポーションいる? と聞いてくるひよこのお姉さんに大丈夫ですと返して班員の被害を確認。大きな怪我はなさそうだ。良かった。
周囲に散らばる本体の魔石だけを取り除き、そのまま探索一班は拠点へとワープした。
いつ魔物が襲ってくるかを戦々恐々としながら歩くのではなく、みんなまとめてそこそこ安全地帯にひとっ飛び。強い。
拠点では地面に座り込むひよこたちの姿。きっと恐ろしい体験をしたのだろう。だとしても、協会の幹部候補ならばこの程度は乗り越えてもらわなければ。
……幹部って何するの? 椅子に座って組織としての方針を決める、上から降りてきたものを役割ごとに割り振る、それを更に人に割り振る。なら戦闘能力要らなくない? でも協会職員自体が街の防衛戦力になってるとも聞いたしやっぱり必要? でも指揮能力の方が必要なんじゃ? うーむ、何を思ってここに送られて来たのだろうか。
まぁそんなことはどうでも良いのだ。メンバーの表情を見ていると安心する。にこーっとしてる慶典、つまらなさそうな亮、欠伸を堪える彩花、目に熱がこもった蓮、協会職員と真剣な会話を交わす琴子と海斗。全員無事。それが何よりも嬉しかった。
絢もなかなかに強くなってはきましたが、同じ探索班となった琴子には遠く及ばず。
新規間話はep.27の前に[慶典].休暇とep.37の後に[海斗].スランプの2話分を追加しました。
活動報告を更新しました。お時間がよろしければ目を通していただけると嬉しいです。
来週の投稿はおそらく蓮の間話になります……まだ書いてません。




