82.必須アイテム
Tips:(属性)の擬似魔石
強力な魔物が遺す魔石は特殊な状態であることがあり、その1例として属性を帯びた属性魔石になっていることがある。しかしこの属性魔石は現状貴重であるので通常の魔石を人の手によって変質させ代替している。
本物の属性魔石と比べ、力は劣るがその分何かと便利であるそうな……。
Tips:ペンギン徽章
協会が大規模或いは困難なイレギュラーを解決した者に送る勲章。
ファーストペンギンのバッジを指す。
Tips:仲間とレベル
迷宮に侵入する時、仲間は多ければ多いほど生存率が上がる。しかしその仲間は信用に、命を預けるに値するか。信頼関係が大前提だ。
更に人数が多いとレベルも上がりづらくなる。魔物を倒した時に発生する魔力の蓄積が一定に達すればレベル上昇に繋がると気づいた者たちには考察されているがどうなのだろうか。
訪れるは学校の街の迷宮、等級は下級中位。
いつもより一段と暗い雲の下、ゲートの周りには学校の服を着て、一目で学生と分かる少年・青年たちが集まっていた。
「……生徒さん沢山いますね」
「今日は実戦日だからね」
「場所を移しますか?」
「このまま行って大丈夫だよ」
「迷惑には」
「ならないならない」
「ではおじゃまさせてもらいます」
武装は短剣1本。防具、というか服は給仕服だ。
エプロンを外すとちょっとオシャレな黒い服にしか見えないこの服は動きづらそうに見えるが実際は伸びるので実は見た目ほど動きづらい訳では無かった。
兄を見て中学生ぐらいの少年たちが遠くから声をかけてくる。
「「亮センセー!」」
少年たちの朗らかな表情に絢の心も少し軽くなる。
「みんな怪我なく元気にしてるかー?」
「「大丈夫でーす!」」
「気をつけて戦うんだぞー!」
「「はーい」」
鞄を下ろした亮と軽いストレッチをする横を休憩終わりの生徒が、脱出した生徒が通り亮に声をかける。
たまに絢にも声がかけられるが亮と違って心配される声が多かった。
私だって弱くはないのに。
中に入ると入り口付近には生徒が多く、奥へと進みようやく初戦。強化無しで戦うことに決めた。
武器が短剣の場合、相手に大振りの攻撃をさせ、その隙に攻撃を入れる。
大剣の場合は相手の武器が自分よりもリーチの短い武器の場合が多いため、初撃を当てられれば武器の重さもあってこちらのペースに持っていくことがしやすい。
相手が槍持ちなら弾いて攻撃だ。
「ここは私に任せてください」
そう宣言した直後だった。
間合いの管理をしようと思った途端にコボルトは距離を詰め、そのままナイフが突き出される。
「——ッ」
探り合いが始まると思っていた絢は下がろうとするも足がもつれ、あっさりと体勢を崩され胸元にナイフが近づく。
服に《強化》をしようとするもうまく乗らずに胸部を深く刺され、衝撃で口から酸素が逃げ出した。
強化が乗っておらず、刃も潰れている武器は攻撃をもろにくらった強烈な衝撃の後肉を割き骨を削りそこで止まっる。
驚き、痛み、恐怖し思わず目を瞑っていると上を何かが通り過ぎる。
転んだ体勢のまま上を見上げるとコボルトは斜めに切られていた。
「——絢!」
コボルトを斬った亮は周囲のコボルトを武器を蛇腹剣のように伸ばして残りの敵を雑に一掃すると周囲を確認し鞄をあさり始める。
「傷は」
「本体には届いていません」
鞄からポーションが取り出され、キュポっと音を立てて栓が抜かれた。
「拭くよ」
茶色い布で傷口があった場所の血を軽く拭き取ると亮は眉を顰めた。
「既に被害部位は修復し終わりました。心配してくださりありがとうございます」
そう言うと困った表情を向けられる。
「……ポーション飲んどく?」
「いえ、私には必要ありません」
《強化》の要領で服に魔力を通すとあっという間に生地は元通りになった。
「血の跡は消えませんね」
「やるよ、《清潔》」
亮がひとこと呟くと胸元の血痕は消えた。
私もできるようになりたい。
「便利ですね」
「少し待って」
亮が立ち上がると手に剣を作りそれを軽く上下に振る。瞬間的に伸びた剣身は曲がり角からちょうど足を踏み出したコボルトの手と顔を切り落とす。
魔物の叫び声と同時に亮は駆け出し、そのまま一団を殲滅したのか急足で戻ってくる。
「今日はもう出よう」
「え、別にこのぐらい大丈夫ですよ。今はちょっと感覚が鈍ってただけですしこの程度の怪我はいつものことです」
まだ出たくないと主張を続けると亮は顔を下に向けて折れる様子を見せた。
「……それじゃあもう少し行こうか。普通は今の1ミスで良くて暫く休養、最悪死ぬんだからね?」
「気をつけます。ですが今のはコボルトが久しぶりだったのと、足がもつれたのと、服のせいでいつもできてた《強化》がかけれてなかっただけでいつもはこんなことにはならないんです」
亮がため息を吐く。
「やっぱり帰ろっか。絢には少し話さないといけないことがあるみたいだね」
いやだ、失望されたまま終わりたくない。
「やっと亮さんと一緒に来れたのにそんなの嫌です」
「ダメ、帰るよ」
こうなったら必殺技もやむなし。
「にいに、だめ?」
上目遣いのお願いを発動!これをするとにいには諦めてくれるはずだ。
「……ゆっくり歩きながら話そうか」
「やった!」
甘える作戦のおかげでそのまま先へと進めることになった。
やっぱりこれは強い。
そう思っていたが戦わせてくれる訳では無いようで道中の敵は全て亮が殲滅する。
亮の持つ剣がにゅっと伸び自在に敵を撫でるとスパスパ斬れていくのだが全く参考にならない。
「絢はこれからも1人で戦うつもり?」
「……いいえ。ですがそうしなけれない状況であるのならそうします」
「この前戻ってくるって言ってたもんね。パイオニアで一緒に戦いたいんでしょ?」
「許されるのならそう希望します」
「それならリーダーの指示には従わないと」
「でも入ってすぐに帰るのはちょっと違うなって思います」
「さっきのも本当はそうなんだけどそれは置いといて、ダンジョンにおける指示っていうのは命令と同じなんだよ。もし自分たちが敵わない敵と遭遇してしまったら?もし自分の魔力が十分に残っていても味方の魔力量が少なくなっていたら?その時はリーダーの指示通りに後退したり、殿を決めて逃げる。分かった?」
「……」
逃げるなんてパイオニアに限ってそんなことあるはずがない。
「リーダーの指示は完璧じゃない時もあるよ?けどね、その指示に1人が反抗することでチーム全体に一体どれだけの迷惑がかかると思う?」
「……」
でもその指示でもっと多くの人が危険な目に遭う可能性もある。
「一度失敗したらもう終わり。ダンジョンっていうのはそういう場所なんだよ。だから決まった人の指示通りに動く。もしも指示が気に食わないのであればせめて落ち着いた休憩とかのタイミングでその時のリーダーに自分の考えを持っていきな?分かった?」
「はい」
確かにわざわざ中で言い合いをする必要は無いけど、中での1ミスが致命的なこともあるはずだ。そう言うとき、私はリーダーの指示に従わない。
結局弱い人が、自分の身を守れない人が悪い。私は悪くない……。
絢の頭には沖縄戦の記憶が居座っていた。
「指示を聞けない気持ちなら自分が考える対案を出せば何か返してくれるから。もちろん何も変わらないかもしれないけど合わないなって思うのならダンジョンを出た後に別のチームを探してみればいいだけさ。命の危険がある場所で揉め事を起こしてわざわざ生存率を下げることをしなくていいと思わない?」
「思います」
「そうだよね。今回の場合は事前に決めた通りにいにがリーダーだった。だからリーダーが戻ると言えば戻らないといけない。分かった?」
でもあれは早すぎると思うのだ。
「……分かりました。ところで生徒さんが増えているのですが今はどちらに」
「もちろん出口だよ」
衝撃を受けて亮に顔を向け、ぐったりと肩を落とした。
「……ひどい。騙されました」
「地図の準備もせずに迷宮に入ろうとした絢が悪い」
「それは……そうかもしれません」
近くに魔物が居ないのを確認し亮は武器を消し、その手を絢の頭に近づける。
「えらいえらい」
「やめてください。生徒さんが見ています」
「大丈夫大丈夫」
頭をずらして避けようとするも手は簡単に頭に乗った。
「大丈夫じゃないです。講師としての威厳にヒビが入ります」
ほら、変にニコニコされてる。次回頑張らねば。
「……それじゃあやめないとか」
「ありがとうございます」
「普通は迷宮に入るのなら武器防具、水と携行食、地図、明かり。これは最低限として回復薬とか最悪を想定して魂器とかも持っておいたら良いかもね」
「魂器はいらないと思います」
「副作用は冒険者なら誰でも知ってるよ。それでも生きてる時間を伸ばせるって言うのは救いなんだよ」
「救いなんてないですよ」
「そうなのかもしれないね。はい、出口に到着!そんな顔しないで。次はもう一度準備をして、終わったらまた一緒に入るから」
「約束です!」
「約束ね。はい、今言った物を街の人から聞いて揃えよっか」
まずはこれ以上入れると巾着袋の重量上限に引っかかりそうだったので入っている魂器仕事用の鎧を地下室に置き、上に戻る。
救助者用に少し準備はしていたが完璧とは言えない。水は給水の魔道具とコップがあり、携行食というか非常食として袋に入った炒り米が、地図はこれまでも使っておらず明かりの魔道具も持っていない。自暴自棄になっていた且つ《人形》使用時に貰った手痛い攻撃の後に買ったポーションに関しては期限切れだろう。
製作陣の一員ではあったが地形は迷宮によって違うため任務なら案内をしていただくので地図なんて使わないし、レベル上げなら白み潰しをするし、明かりは魂器なら必要ないし、ポーションはそもそもこれまで使ったことすらない。
そう思ってしまうがどれも魂器で活動方法が人間とは違うからできていた芸当だ。《人形》で、仲間と一緒に戦うのならこれら必要なのだろう。
「世界交換のポーション高いしやっぱり賞味期限近くても人造ポーションがいいかな?それとも息が長い交換産ポーションにするべきなのかな?」
ひとりごとを呟くと予想外の返答がされる。
「うん、絢ちゃんのポーションは交換のでいいと思うよ」
ビクッと後ろを振り向くと慶典が立っていた。
「慶典さん!いらしたんですね」
「あとこれ。前花冠気に入ってくれてたから作ってみたんだ」
「お花の腕輪ですか?大事にします!」
手渡された可愛い花の輪を腕に通す。
「いってらっしゃい」
「はい!いってきます」
何を揃えるにしても学校の街だ。絢は再び協会が設置した転移所に向かった。
道行く人に目的地を尋ねる。
「すみません。ギルド、カラクリの工房を知りませんか?」
「それは知らないけど魔道具を売っているお店なら知ってるよ」
蓮から直接買って良いものを少し安くと考えていた絢は、誰に聞いても答えが見つからないので魔道具を売っているお店に突撃することにした。
「すみません。こちらに魔道具を卸しているカラクリさんの工房を知りませんか?」
壁に背を預け完全にリラックスしている店員に声を掛けると彼は一瞬驚いて言葉を返す。
「それは教えれないな?魔道具が買いたかったらお父さんかお母さんと一緒に来てね」
やっぱりダメなのか。でも父も母もいないし。
「お兄ちゃんでもいいですか?」
「うーん、難しいかな?」
とは言われてもきっとにいになら良いのだろう。
「少し失礼します」
ずっと離れながらついて来てくれていたのできっとそこら辺にいるはずだ。
そう思い、扉を開けて外に顔を出すとすぐ近くに亮が待っていた。
「来て」
お店に亮を引き込んで目を丸くする店員さんに再び声をかける。
「私のお兄ちゃんです」
「どうも、お兄ちゃんです」
「あっえっと、こんにちは」
「にいに、性能が良い明かりの魔道具が欲しいから蓮さんから買おうと思ってカラクリの工房を教えてもらおうと思ったんだけど何も教えてくれないし魔道具も売ってくれない感じなの」
「い、いえ、そういう訳では」
『いじわるされてます』とアピールすると店員あ慌てふためく。
「すみません。絢、すこし端に寄ろうか」
しかし亮は店員に謝り、絢を呼ぶ。
私悪くないのに……。
お店の隅っこに寄って思案する兄にお叱りを受けることになった。
「まずは絢が周りにどういう風に見えるかを自覚する必要があるかな。絢はまだ子供、子供も子供でとても戦えるようには見えないんだよ」
「確かに子供ではあるかもしれませんが短剣を持ってますし戦えなくは見えないと思います」
「今の時代子供に自衛用の武器を持たせるのは珍しくないからね?子供が良い服を着てたら戦える人の家族だと思われて当然だから」
「でも買わせてもくれないない様子でした」
「戦えないなら《交換》を持ってないからスムーズに取引できないでしょ?」
「……」
「だから店員さんの対応は普通だと思うし工房の場所を教えて貰えなかったことも聞く人全員がいい人じゃない可能性があるから当然」
「私はあんまり悪い人じゃないです」
「そうだね。絢はいい子だけど蓮さん達の安全を考えて秘密にされてるの。分かった?」
「それは分かりました」
「よしよし、いい子だね」
「あんまりいい子じゃありません」
「不貞腐れないの」
ふいっと目を逸らしても受け入れてくれる。そのぬるま湯が心地よかった。
亮は店員に向き直る。
「すみません、少し教育中でしてご迷惑をおかけしました」
「い、いえ!誤解されなかったので安心です。妹さんですか?」
「そうなんです。最近動けるようになったので一緒にダンジョンに入ろうかと思いまして」
「この季節は風邪とか大変そうですよね!ダンジョン気をつけてください、応援してます!」
「ありがとうございます」
「そうだ、魔道具がご入用でしたか?」
「そうですね。絢、何が欲しい?」
「明かりの魔道具、これがいいです」
「手さげ型の一般的な迷宮探索用の明かりの魔道具を1ついただけませんか?」
「分かりました。妹さんには少し大きいかもしれませんがよろしいですか?」
「大丈夫です」
「いいみたいです。それでお願いします」
「それでは——《交換》。お願いします」
「《交換》。ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。今商品をお持ちしますね」
持ってこられた箱を開くと冒険の新しい仲間が顔を覗かせた。
「使い方はご存知ですか?」
「分からないです」
「それでは説明させていただきます。こちらランタン型の明かりの魔道具と言いまして、ご購入された商品の点灯時間は約12時間となっております。中には魔力を十分に含んだ火の擬似魔石と回路が組まれています。火の擬似魔石と言いましたが回路によって明るさ方向に調節されているので光度は十分実用的なものになっています。
ご利用の際はこちらの棒を少し引いていただくと点灯し、押し込めば消灯します。引きすぎても点灯位置の先には消灯位置がありそれ以上動かないようにされております。
構造や回路は気になると思われますが絶対に分解しないようお願いします。分解を感知すると自動的に魔道具が爆発いたします。スイッチの棒を無理やり引き抜いて手榴弾のように使う方もおられるようですが爆発の魔道具は別にあるのでそちらをお買い求めください。
棒を点灯位置に動かしても点灯しない場合は魔力切れの可能性が高いです。こちらにお持ち寄りいただくと次の同型商品を割引価格でお買い求めいただけます。いざという時に命を繋ぐ明かりになりますので躊躇うことなくご使用下さい。
以上で説明を終了させていただきます。お買い上げありがとうございました」
商品説明を聞き終え店を出る。
「それじゃあまた後ろ着いてくから。何かあったら声かけてね」
「分かった。あと」
「ん?」
「ベルトもだけどこれも買ってくれてありがとうございます」
「ギルドから出てるからにいにだけじゃないよ」
「……うん、でもありがと」
亮はふふ、と笑いをこぼす。
「それじゃあ残りを探そっか。いってらっしゃい」
「いってきます!」
次に欲しいものは地図。それを手に入れるには協会一択だろう。
多くの街において協会とはその街における最高戦力と考えられている。
それはなぜか。理由として協会職員になるための試験が挙げられる。
現在、1度進化を成していれば試験は大きく緩和されるが体力試験、戦闘試験。この2つをクリアしても最後の面接が残っているのだ。
面接官は職員だけではなく、一般に知られてはいないが審判官も同席している。
嘘を、過去を、人間性を。何を見透かされるかは人によるがどんなにそれまでの成績が良くともここで落とされることが当たり前にあった。
そんな厳選された人々が協会の職員として複数人常時在駐しているのだ。弱いはずがないのである。
この学校の街にも協会があり、そこでは冒険者証の配布をはじめ最寄りの下級迷宮、1階層の地図を無料配布がされていた。更にPを払うことでそれ以降の階層地図の購入も可能だ。
ここらの迷宮地図の初期原稿には【魂器組】が大きく貢献したため、昔は初版を無料でもらったりもしたが今は所属も違うし無理だろう。
「こんにちはー」
背伸びして受付の人に挨拶をすると職員さんの口元が緩む。
「こんにちは。どうしたのかな?」
「実はあっちの方にある下級中位の迷宮の地図を買いたいのですがいいですか?ちゃんと《交換》は持ってます」
「冒険者証はある?」
「あります。どうぞ」
「……!?これはあなたの冒険者証?」
「はい。最初はそうなりますよね。魔力を流します」
カードに流した魔力はスムーズに巡る。他人のであれば魔力の循環が阻害されるそうな。
「これで大丈夫ですか?」
冒険者証の表には名前と所属が1つ。裏には番号が刻まれている。
「す、すごいんですね」
「それなりに強いつもりです」
「地図は何階分までご所望ですか?」
「今は何階までありますか?」
「13階層まであります」
ここはあまり増えていないらしい。
「全部ください」
「全部で115Pとなります」
「分かりました」
相手を強く意識する。
「《交換》」
「《交換》確認いたしました、こちらをどうぞ」
手渡される地図は記憶にあるものと随分変わっていた。
1枚、2枚とめくってもその緻密さは保たれている。
「すごいですね。昔はもっとこう……ぐにゃぐにゃの線でなんとなく大雑把に構造が把握できるぐらいのものだった気がするのですが」
「まだそのクオリティーの場所はありますが、イレギュラーを除けばこの辺りの初級中位ならばこれと同等の品質を提供しております。地図の見方やスタンプの意味はご存知ですか?」
パラパラと地図を見るとよく分からない印が付いている。
「このマークとかがよく分からないです」
「分かりました。それではご説明しますね」
指を指しながら丁寧な説明が始まった。
「まずはこのジグザグと矢印のマークですね。こちらは階段の位置を示しております。こちらの上向きが帰り道、上階層への通路で、こちらの下向きが下階層への通路です。
次に細い赤線部分ですね。この辺りは魔物が結構な数で群れている可能性が高い場所になります。十分な戦力を確保できていなければ近づかない方が良いと思われます。
こちらの赤いバツ印には罠が確認されています。別の道から先に進むことを強くお勧めします。
こちらの灰色斜線は他より暗く、視界の確保が少々厳しいです。魔物の発見に遅れる可能性がありますのでお気をつけて下さい。
こちら太い赤線には上階層からの落とし穴の落下地点で魔物が多く確認されております。
後は一番多くあるこの黄色い線はその先行き止まりとなっております。撤退時には間違っても入り込まないようお気をつけ下さい。逆に迷宮泊の際は警戒方向を絞れるのでお勧めです。
ここまで言っておいてですが、ダンジョンは時折その形を変える改造が行われます。ですので地図を信用しすぎないで下さい。
最後にこれは地図には関係ありませんが、絶対に単独では侵入しないで下さい。前後を挟まれてしまうと非常に不利です。必ず2人、可能であれば6人、8人でも10人でも信頼できる仲間であれば数は多いに越したことはありません」
強い眼力に自分の行いが見透かされたような気がして思わずたじたじになる。
「わ、分かりました」
「短剣をお使いのようですので先ほどは言いませんでしたが協会では迷宮には短めの武器を携帯することをお勧めしています。狭く武器を振りずらい通路や道を遮る植物を払うなどに活用できますし、武器が壊れてしまった際の安心材料になります。体が大きくなって所持重量に余裕が持てるようになったらお試しください」
「分かりました。もう1つ武器の予備を用意します」
職員さんの目線が外れ、もう一度戻ってくる。
「後はそうですね。迷宮に必要なものとしては防具をもう少し増やした方がよろしいと思います。鞄に水分、携帯食、光源、熱源、回復薬、武器を拭う粗布の携帯をお勧めします」
また視線が絢の後ろに外れ、職員は少し安心した表情を浮かべる。
不審に思って後ろを振り向くと亮が立っていた。
「呼んでないです」
「一回ちゃんとした人から教えてもらったらいいと思ってさ」
「にいにがいなくても職員さんはいつも優しく対応してくれます」
「そうだね。後は何が必要だと思う?」
「……《交換》」
交換産のポーションをポーチ、その中の巾着袋に寄せて収納する。
「これで完璧です」
「よし、もう1回帰って準備しようか」
「分かりました」
受付に振り返り地図を手にする。
「色々教えてくれてありがとうございました」
「迷宮ではお気をつけ下さいね」
「はい!」
この服の特性を自分の戦い方を、ギルドルームで話し合う。
《人形》の時こそパイオニア戦闘服を、と言われた。その考えも分からなくは無い。
《人形》状態では鎖で感覚を麻痺させることはできても痛みは感じるし血も出るし内臓も揺れる。しかし本体への魔力を使った攻撃がされなければ多分死なない。体も魂器ほどではないがそれなりの速度で治せるのだ。でもやっぱり痛いものは痛い。痛いのは嫌いだ。
魂器状態では痛覚を始め感覚を自由に操作できる。表面以外に肉はなく、中には膨大な魔力と核のみ。傷も一瞬で元通り。
…………あれ?人形にこそ強化が乗る隊服を?と思ってしまうがあれを着ていると自分の戦い方、手足の武器化がしづらい。壊れた服は直らず、非常に不自然な見た目となってしまうのではないかと思っているのだ。
壊す度に直してもらうとその度に誰かの魔力が服に馴染んでおり魔力の染め直しが面倒かつしばらくその違和感と戦わなければいけない。あと単純にお金もかかると思われる。
更に言えば、と言うか一番の理由としてあれを胸を張って着れるほど人形の私は強くないのだ。先日の氾濫で目にした人々と自分を比べてしまう。執行官も、ここの仲間も特別だからその人たちより劣るのは良い。しかし一般で闘い始めた人々にまで大きく劣ると言うのに彼の方が作ったギルドの看板を背負うことは出来ないと思った。未だにペンギン徽章も付けていないぐらいである。
「なので私はこっちの服で行きたいです」
防具の変更や追加は必要ないと説明したが亮にバツを突きつけられ、隊服に着替えることになってしまった。
武器も短剣が1本に今は背丈的に使えない大剣が1振り。重量?魂器の時しか使わないので大丈夫。副武器?体があるから大丈夫。……だめ?はい……。
地下室、武器庫に武器を取りに行く。沢山あるがどれを持っていくかはもう決まっていた。
「あれ?前に使ってた私の武器ってどこにありましたっけ?」
「短刀ならこれ、棍棒と盾はまともに使える状態じゃなかったから処分済みだよ」
処分、済み……。確かに買って、奪って、使い倒して、変えてをしてたからしょうがないか。
「前に相談したつもりだったけどもしかしてとっといてた方が良かった?」
「いえ、私が忘れているだけだと思うので大丈夫です」
「何が欲しい?」
「武器の素材ってどんなのがありますか?」
「大雑把に鉄系、石系、植物系。後は魔物の死体から作った魔物系のがあって、前3つは迷宮内外の物で結構変わるね。一部宝箱の中身とか中級ダンジョンで取れる鉄に魔力が染み込んでるものは魔鉄って呼ばれてたりするんだけどこの魔鉄って言うのが良いと思うよ」
「にいにはなんの……もしかして武器使わないんでしたっけ」
「魔力で作ってるよ」
「あれって壊れないのですか?」
「使い方をミスれば壊れるけどそこはもう慣れたし予備があるから大丈夫」
「予備?」
「ストックしてるのさ。それで何持ちたい?」
「盾と棍棒でお願いします」
「こっちきて。これとこれでどう?」
「少し軽すぎます」
「あ、良かった良かった。それがここにあるので一番軽いんだよね。大きさのイメージはどれに近い?」
「これと、これと……です。盾はそれぐらいがいいです」
「はいこれ、少し振ってみて」
2つの棍棒をそれぞれ振ってみる。
「良い感じです。でもこっちの棍棒の方が良さそうです」
「重くない?」
「このぐらいなら大丈夫です。重い方が強いので」
「それをちょっと短剣貸して」
「どうぞ」
「……やっぱりその棍棒少し重くない?」
「確かに棍棒は先端に重心が寄っているので短剣よりも振り回されやすいですが強化もあるので大丈夫です」
「よし。あとは何が必要だと思う?」
「多分もうありません」
「じゃあ軽くもう1回行ってみようか」
「はい!」
ナイフを小楯で受け切り、木製の棍棒で殴り返す。下手に受け流すよりも慣れない物でかつ力がそこそこな敵であれば受け切る方が安全そうに思うのだ。
懐かしの打撃感。魔鉄の短剣を貰ってから魔力を使わない素直な感触はすっかり遠いものになっていた。
「でもやっぱりバランスが崩れます」
「短剣に戻る?」
「そうします」
棍棒は魔力を活用できなくとも、適当に振り回すだけで有効で使いやすくはある。しかし使えなくは無いが体が短剣に慣れすぎていた。
一戦終えると小楯と棍棒を袋にしまい、腰に吊るされているいつもの短剣を抜く。
この全体的なバランス感。やっぱりこっちの方が良い。
敵を視認、接敵までに半身に構え、前にある左手で順手に握る。
こいつらは“抜け殻”。だから攻撃箇所を素直に見ながら、止まることなく殺しに来る。
腕の位置、向きを確認し後ろ足前足の順で敵に近づき、武器を相手の勢いのまま払い、返す刀で二の腕を切り裂——けない。魔力を使わなければこんなものだろうか?
右膝を敵の横腹に入れる。敵、コボルトも“抜け殻”だからといってそのまま何もしない訳ではない。むしろ“本体”よりも負傷後の行動は好戦的だ。まるで痛みを感じないかのようにナイフを横なぎに。しゃがんで回避し右手を地面に付いた体制のまま左脚で蹴り、体勢を崩す。立ち上がり、転んだ魔物の武器を持った右手を足で押さえ短剣を頭蓋に突き立てた。
魔物の体が霧のような魔力となり魔石を残すとパチパチと亮のものでは無い複数の拍手が鳴る。そちらを振り向くと生徒一団がこちらに目を向けていた。
『じゅんセンセ流石!』『容赦ねぇーな』『こわ〜』と口々に感想を言う彼らにペコリと頭を下げ亮に目を向ける。
「やっぱり魔力が上手く扱えない間に盾と棍棒を使っていたのは正解だったのかもしれません」
「実験はもういい?」
「はい。魔力の恩恵を実感できました」
「あんまりそういうのしないでね。今はいいけど強化無しなんて普通するもんじゃ無いから」
「次からは普通にやります」
「お前らもこんなこと絶対にするなよ?」
亮が生徒に警告すると生徒は調子よく返答する。
「もちろん分かってますって」
「当然です」
「そんな余裕ないよな」
「なら良いや、気をつけろよ〜」
「亮センセもお気をつけて〜」
「また学校で!」
学校の生徒から離れ奥へと進む。
「俺、戻ったら告白するんだ」
「おいやめろって!洒落にならんし」
「じょーだんだって、そんな相手そもそもおらんわ!」
「嘘つけ〜」
「いやこれマジなのよ。そもそも恋愛対象が全然居ないと言うか全くそう言う気が起こる相手おらんのよ」
「それ前も言ってたやん、もうええて」
「いやマジ、これマジだから」
「お前らちゃんと警戒しろよな」
「してるって!ほら「全周警戒中!」」
「うざー」
「「あはははっ」」
後ろからは楽しそうな声が聞こえて来る。私が思っていたよりも人々にとって迷宮が身近なものになっているのかもしれない。
投稿目標日から1日遅刻……しかしながら、文字数はたっぷりです!
絢は精神的に未成熟でもあり、同時に人間的な価値観を自身が思っている以上に失っているかもしれません。
新規間話はありません。
「面白い!」「続きを読みたい!」「連載頑張れ!」などと思っていただけた方は、ぜひブックマーク、⭐︎評価などよろしくお願いします。
作者のモチベーションが上がり作品の更新が継続されます。
誤字脱字、違和感のある箇所など教えて頂けたら嬉しいです。




