81.幕の切れ目
ギルドルーム内、絢は自室で目を覚ます。
結局昨日は洵と話せずに寝てしまったようだ。
……どこで?
「たしか……病室?」
自分はどうしてここにいるんだろうと思いながら簡素な服に着替えリビングに向かった。
「おはようございま〜す」
「おはよう。よく眠れた?」
まだ薄暗いのにも関わらずキッチンには人が立っていた。
「あっ慶典さん、早くからお疲れ様です。おかげさまでゆっくり休めました。お手伝いしますね」
キッチンに立ち入り、台を用意して手を洗う。
「いいのに、ありがとう」
「何を切りますか?」
「それじゃあこのトマトをお願いしよっかな」
「分かりました」
小さめの包丁を手にトマトを切り始める。
「お腹減ってない?」
「実は昨日の夜ご飯を食べ損ねてしまったのでちょっと減ってます」
食べなくても死にはしないが食べたら幸福度が増す。幸せになれるのだ。
「そうだったんだ。お雑煮ならすぐに食べれるけどどうする?」
「トマトを切り終わったらいただきたいです。お餅は残っていますか?」
「お餅はもうないんだ」
「残念です……今度またお願いできますか?」
「それじゃあ頼んでおくね」
「ありがとうございます!」
トマトを切り終わり軽く手を流す。その時にはもう食卓に汁物が用意されていた。
「いただきます!」
「はーい、熱いからちゃんと冷ますんだよ」
お椀から登る湯気は良い香りを周囲に充満させ、それに釣られるようにもう1人がリビングへとやって来る。
「おはざいや〜す」
早朝限定の寝癖がついたボサボサヘアーで階段を降りてきたのは海斗だった。
「おはようございます」
「おはよう、海斗くん体調はどう?」
「バッチグー!支度したら掃除してきま〜す」
「お願いしまーす」
「食べ終わったらお手伝いします!」
「お?絢チャン優しいねぇ!そんじゃ」
「はーい。お米もそろそろかなー」
お雑煮をお腹に入れ、掃除を手伝う。自室と2階の通路から階段までのモップをかけた。
「今日の掃除は終了!イェーイ、ハーイターッチ!」
「い、いぇーい!」
両手を打合せてハイタッチ。すかさず頼み事を切り込む。
「海斗さん海斗さん。ちょっとお願いがあるのですが聞いていただいてもよろしいですか?」
「ほう、このワタクシに何の願いがおありかな?」
ジェスチャーをして耳を近づけてもらう。
「実は……ゴニョゴニョ。それで……ゴニョゴニョ」
「何と!……え?なんと?」
「シー!ですから、メイド服を頂いたので振る舞い方を教えて頂きたいのです」
この人なら知っていそう。いや知っていると言う謎の信頼感を絢は持っていた。
「それめっちゃみたいんだけど今度見せてくんね?」
「ダメです、秘密です。あの姿は継承者様にしかお見せしない特別な姿なのですよ」
「良いですか。練習でできないことは本番に出来るはずがありません。分かりますか?」
「なんとなく分かります」
「衣服によって動作の行い方が変わります。その服を着て、練習を行う。大事なことだと思いませんか?」
「思います」
「ではその羞恥心など捨てて、メイド姿をワタクシに見せなさい!」
「え、えぇ……。別に見せたくない理由は羞恥心じゃなくてただご主人だけの特別にしたかっただけですし、それにちょっと……」
気持ち悪い。そのワンフレーズを言外に伝える。
「オーケーオーケー、それ以上は言わなくて良いよ。絢チャンにまで言われてら海斗お兄ちゃんもう泣いちゃうからね」
「……」
分かってるなら言わなければいいのに。本当に不思議な人だ。
「分からんくはないけどちゃんとじゃないから間違ってるかもしれんけど良いの?」
「できれば正しいのを教えて欲しいです」
「そうだねぇ、【近衛】の人に頼めばできるんじゃないかな?」
近衛はちょっと近寄りがたい……。
「そんな完璧じゃなくて良いんです。ただなんとなく……ご主人が気に入ってくれたらいいなぁ、なんて思ってたりしまして」
「……なら変なこと覚えずに自分で考えてやった方があの人は喜ぶと思うよ」
「それで良いのでしょうか」
「うぶな絢チャンを眺めてる方がきっと楽しいでしょ」
「なんですかそれ」
ジト目攻撃をすると海斗のイタズラな笑みが優しいものに変わる。
「完璧って綺麗だよ?綺麗だけどつまんないんだよね。相手と自分の間に大きな壁が見えちゃう。今代の継承者とはどんな関係さ」
「これまで通り、ではなくて今は従属の関係です」
「そ、そうなん!?そうじゃなくて、ほらもっと『信頼してるよ』みたいなさ」
「やっぱり……主従関係?」
「それだけ?」
「……信頼も少しだけしてくださっていると思います。でもそれは手綱を渡してあるから。そんな気がするんです」
少し寂しい気持ちになりながら語ると後ろから言葉がかけられる。
「契りなんてどうかな。命を削ってでも未来を伝えようとする継承者と全てを差し出してでも支えようとする絢ちゃん。その覚悟と信頼は普通の絆では言い表せないと思うんだ」
「慶典さん……」
「嫌だったかな」
「いえ、いいと思います」
ご主人には私の気持ちまで伝わっているのだろうか。分かっててくれたらいいなと願わずにはいられない。
「お掃除ありがとね。お米炊けたから好きなタイミングで来て欲しいな」
「あ、もう少ししたら行きます」
「……オレはもう少し後にしよっかな」
「いつでも良いからね」
「……契り。はい、最初は“お願い”だけでした。その役目を与えられただけでした。ですがもう……それだけではないのかもしれませんね」
私は継承者に対して一方的な尊敬と信頼を寄せている。ご主人はどのように思って下さっているのだろうか。
「最後の置き手紙みたいな?」
「そんな感じのです。今度服装チェックをお願いしたいです。まだ1人で着たことがないので少し心配です」
「もちろん、お茶の淹れ方とクッキーの焼き方ならいつでも聞きにきてね」
「はい!ありがとうございます!」
クッキーを焼けば、つまみ食いもできる。今からその時が楽しみである。
今日は蓮以外全体に共通した予定があった。遅くなってしまったが初詣である。
正装に身を包むと彩花の転移で鳥居から数メートルの位置に到着した。
「これは……残ってたんですね」
明らかに前時代、しかもかなり古い様子の構造物を前に絢は驚く。
「意外と寺社仏閣は残ってるのよ?」
「お城もあるね」
「意外と知られてないけど昔からあった物は消えてないんだよ」
「1歩足を踏み入れたら驚くぞ〜」
「なんかあった?」
「彩チャン!?あの感動を忘れてしまったのかい?」
「……あー、空ね」
「みんな、静かに。絢ちゃんはみんなの真似をしてね。では」
メンバーは鳥居の左端に立ちその手前で一礼をする。それを真似してメンバーについて行った。
空と言われ、上を見ながら奥へと進むにつれてこれまで消えることの無かった雲が晴れていった。
雲は移動しない。ただ消えるのだ。
「暖かい」
記憶に珍しい青空の先からは冬であるのにも関わらず暖かな日差しが降り注ぐ。
澄んだ空気が、まっすぐな陽光が、私たちを歓迎しているように思えた。
「すごいですね。なんだか、なんだかとっても報われた気がします」
「……不思議だよね」
「この現象は崩壊しなかった信仰施設から確認されてるんだけど理由は全く分かってないんだ」
手水で手と口を清め進む。ただ静かに、ただ厳かさを感じる参道を歩き二拝二拍手一拝。
特に何を話すでもなく参拝を終えた。
占い所とその近くにある継承者の家の掃除、起きていた洵と少しだけ会話し、亮と共に久しぶりの迷宮に向かう準備を始めようとしていた。
ご主人曰く給仕服はどこでも使って良い。むしろちゃんと使うべし。ということだったので早速エプロン無しで街を歩く。
多くの休息の時間を過ごしている下級下位迷宮の近くに作った【先駆者】のギルドルームの入り口になる建物もある街は元はと言えば日本冒険者協会本部を安全な場所へと移動させたことが理由で大きくなった街である。その協会本部の街は元から下級下位、人口がそれほど多くない地域に作られたためそれほど土地が広くない。
しかし今歩いている街は下級中位迷宮の近くに作られた為に協会本部の街よりは使いやすい土地だった。学校を始め技術の継承や進歩による様々なものの生産と研究が行われている、そんな学校の街には早くも商店が立ち並んでいた。
「良いですね。お買い物はワクワクします」
「ベルトでいいんだよね?」
「はい。細いベルトが欲しいです。それがあれば武器とポーチを持ち歩けます」
「他にも欲しいものが見つかったら教えてね」
「いいんですか!楽しみです」
今となってはとても珍しいガラス、ショーウインドウから中に飾られた洋服を横目に別の服のお店に入る。そこは戦闘に耐えうる防具を販売しているお店だった。
「失礼しまーす。あっこんにちは」
「あら亮さん。お変わりないようで何よりです」
「こちら、いつもお世話になっておりますので」
亮は手に持った包みを店員に渡す。賄賂を目撃してしまった。
「いいんですか?ありがとうございますねぇ。ところで本日はどうされましたか?」
「実は、この子が着ている服に似合うベルトが欲しくって。細い茶色のものが欲しいそうなんですがありますか?」
「あら可愛らしい。女性に人気ですのでいくつかありますが」
店員は絢をじっと見つめる。
「似合うというのはその性能に、でしょうか?」
一瞬ドキッとする。でも大丈夫、今は魂器体じゃない。きっと服に対して言ったのだろう。
亮がこちらを向き言葉を促してきた。
「いえ、このお洋服のデザインに合うベルトが欲しいです。頑丈だったり強化が乗りやすいと嬉しいです」
「お願いできますか?」
「もちろんです。色は茶系でよろしいですか?」
「はい、お願いしたいです」
「それではいくつか持って参ります」
女性は奥へと向かい何本かを手に持ち戻ってくる。
「どれかお気に召すものはありますか?」
「はい、つけてみてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。鏡はそちらに」
視線を向けると全身が見える大きな鏡が置かれていた。高級品だ。
ベルトを当てて雰囲気を確認する。
「にいに、どう?」
「可愛いよ」
「うん」
少し照れながら別のものも試してみることにした。
店員さんに色々と質問をした結果、動物型の魔物の革で作られた綺麗なベルトに決定する。
「あとこれにつけるポーチも欲しいのですが迷宮用のをいくつか見せてもらえますか?」
「もちろんです」
店員は裏に戻り袋を手に戻ってくる。
「これはいかがでしょうか」
ポーションと地図を丸めて入れれるものを手前に置かれる。
確かに迷宮用だ。でも私には収納袋があるのでサイズ最低限のデザイン重視の方が好ましい。
「小さめのはありますか?」
「小さめでしたらこちらになります」
「にいに、どう?」
「中に入れたいのはアレでしょ?」
「うん」
「なら十分だと思うよ」
ポーチは一瞬で決定した。
「これでお願いします」
「よろしいですか?」
店員の視線の先にいる亮が頷く。
「それでは」
裏からささっと別の店員さんが1人現れ、選ばなかったものを奥へと運んでいった。
「《交換》の用意をお願いします」
兄が一歩前に出ながら何かを見て声を出す。
「《交換》」
お互いを意識してスキルによる取引が行われた。
「お支払いありがとうございます。では調整をいたしますね」
長い分を切り、綺麗に直してもらう。
「早速お使いになられますか?」
「いいんですか?」
「もちろん。それはもう絢のだよ」
「ありがとうございます!」
腰にベルトを巻き、それにポーチを通しキュッと締める。
鏡に映る自分は少しお姉さんになった気がした。
お店を出てギルドルームに戻り収納袋を新しいポーチに入れ、短剣を吊るす。
これで準備は完了。亮と一緒にダンジョンへと向かった。
今回は4500字程度。いつもより少し少なめです。
作者はようやく考えつきました。『あれ?1話長すぎで読みづらいのでは?』と。楽な方へ思考が流れたと言うのもありますが調べると『1話当たり3000字弱が普通では?』という情報に行きつきました。
そこで相談です。ぶっちゃけ文字数的に読み辛いですか?それとも構成的に読みずらいですか?改善案など、ご意見ございましたらぜひお知らせ下さい!作者が喜びます。
更にさらにお知らせです。 ep.0 ひとこと を更新しました。作品前半部分に間話を追加するという内容でございます。
前回の新規投稿から今回の投稿までの期間にep.1の後に亮視点で1話、ep.6の後に彩花視点で1話書かせていただきました。
なぜこんなことを始めたかと言いますと私の物語の中でキャラクターを生きた人としてその視点から世界観を深めていただければ、と思ったからでございます。私の脳内にある世界を文字に起こしきれていませんが少しでも共有し楽しんでいただき私自身も幸せになる。そんなことを画策しております。
このキャラクターは本文に書かれていない主人公の視界の外でこんな風に失敗し成長していたのか。その分野が進んだのはこの時期でこんなことが起こっていたのか。あとは薄くなってきた 地下迷宮探索記 の部分を補強できればなんて思っていたり……。
よろしければこれからも作品を楽しんでいただけたら嬉しい限りでございます!
「面白い!」「続きを読みたい!」「連載頑張れ!」などと思っていただけた方は、ぜひブックマーク、⭐︎評価などよろしくお願いします。
作者のモチベーションが上がり作品の更新が継続されます。
誤字脱字、違和感のある箇所など教えて頂けたら嬉しいです。




