75.錘
Tips:近衛の謎空間スキル
ひとことで言うなら便利そのもの。かなり自由度があるので格さえあれば面白いことができるらしい。
これより命ずる——。
Tips:天秤
自分の望むもの、全てを手に入れるポテンシャルを持つ貸与技能。
さあ、君の望みを言ってごらん。君が同等の価値を差し出せるのなら僕は全てを叶えよう。
Tips:人にやさしく
世界の片隅で生きる君ら全てに視線が注がれている。君がどう生きてきたのか僕は全てを見ている。きっと君らは叫ぶだろう。それでも全てを返すよ。
さあ進むんだ。進んだ先にしか見えない景色と力を用意した。
迷宮のでは冬が進んでいた。雲がかかったいつも通りの空を見るとそれだけで多幸感が込み上げてきた。
「さぶぅ、まだ昼っぽいのに」
「今夜は雪が降るかもしれませんね」
「外、最高!いやー生きてるって素晴らしい!」
外の寒さに驚きつつメンバーは生の実感を噛み締める。
ダンジョン内の気温が寒ければ被害はもっと増えていただろう。
「みんなお疲れ様。報告会は3日後になったわ。今日はゆっくり休みましょう。海斗、お風呂お願いできる?」
「分っかりましたーと言いたいところですが無理っすね。お風呂は明日で」
「残念……」
「絢チャンごめんよ〜。それをするだけの魔力がないのさ」
「戻ったか」
ギルドルームに戻るとメンバーが出迎えてくれる。それがまた嬉しかった。
「蓮チャーン!しんどかったっすよー!」
「五月蝿い。飲み物を用意している。ゆっくり休むといい」
海斗が調子良く騒ぎ、蓮が雑に遇らう。絡みに行く海斗とそれを流すメンバーのいつもの景色。今日は飲み物の労いも追加のようだ。
「この香りコーヒーかしら?」
「そうだ」
「では私が毒味をさせていただきます——ゲホっゲホ!ゲホ、これはコーヒーではありません。コーヒーの香りをした何かです!姫方よ、お逃げ下さい。こやつ、毒殺を狙っておりますぞ!」
「そう、ならまたの機会にさせてもらうわね」
「逃げろー」
「なぜ逃げる?」
海斗曰くあまり良いものでは無いようで女性陣が辞退し蓮は眉をしかめる。
「僕はもらおっかな」
「あぁ、そうしてくれ」
「俺はコーヒー苦手なので失礼します」
「私ももらってみよっかな……」
蓮の淹れたコーヒーを受け入れるメンバーが現れると彼の表情はいつもの無表情気味に戻る。
中級上位の氾濫日が迫る中、短い休養が始まった。
ちなみにこの後、興味からコーヒーを飲む選択をしたことをとても後悔することになった。蓮はギルド外に知られる程に食事に関わらせてはいけない人間だったそうだ。
良くないと知られているものには挑戦しない方がいいのかもしれない。誰か教えてよ……。
次の日、絢は放課後の時間に学校に訪れる。食堂の中央あたりの席に座って2人はお喋りを始める。
「最近にいに学校に来てくれなかったんだけどなんか知らない?」
「お水が欲しいです」
「しょうがないなー」
絢が質問に要求で返すと洵は素直に席を立つと受け取り口の方に向かっていった。
「おじちゃんコップ2こちょうだい?」
「いいよ。あれは妹さん?」
「そうなの。久しぶり会いにきてくれたんだ」
「それはよかったなぁ。ほれ、2つ」
「ありがと!」
水を汲むと席に戻ってくる。先ほどとは違い洵は絢の隣に腰掛けた。
「はいお水。次からは自分でやってね」
「私ここの学生じゃないけど行って貰えるかな?」
「おじちゃんは優しいから大丈夫」
「一緒じゃだめ?」
「いいよ。それでさ、最近にいに何してたか知らない?」
「うーん、……ちょっと迷宮の攻略に行ってたよ」
「攻略!?できた?帰ってきた?どっち?」
少し考えて、話しても良いと思ったので話し出す。話題への食いつきは予想以上だった。
「どっちだと思う?」
「できたって言いたいけどにいに弱ってる感じしたから多分敵が強くて帰ってきたに1票!」
「正解は〜、攻略成功しましたー!わーぱちぱち」
「ほんと!すごい、どこの迷宮!?」
絢が手を叩き祝うと洵は目を大きく開いて驚き、質問を重ねる。
「場所は分からないけど中級中位!」
「あ!それ知ってる!【情報局】の新聞に書いてたもん。確か初めての攻略成功だっけ?結構犠牲者出ちゃったって書いてたけどなんでかは教えてもらえた?」
どうやら情報は一部伏せられながらもある程度出ているらしい。絢は少し悩みながら無難に答える。
「うーん、私は教えてもらってないから分かんないや」
「そっかー、敵が強かったか罠かどっちだろうって話になってたんだけど答えわかんないか〜」
「うん、ごめんね」
「……嘘でしょ?」
どきりという胸が音を幻聴する。
「え?」
「その仕草、下を見ながらほっぺをかくの。僕と同じ嘘の仕草」
「私とお兄ちゃんは別でしょ?」
「でも嘘でしょ?教えてもらってないは本当。分かんないは嘘」
完全にバレている。
「……なんでそう思ったのさ」
「ふっふっふ。この部屋には沢山のクラス、じゃなくてスクールメイト?がいます。ここにいる人は外の話が大好物です。みんな聞いてるんだよ?そしてなんと、その中に嘘が分かる人がいるんだけどその人が僕に教えくれました!」
無難な回答は間違いだったらしい。このままでは良くないと思ったので強めに言葉を話す。
「場所を移しましょう」
「言っちゃダメだったの?でも何て聞けば……あ」
「場所を移しましょう!」
「なんでダメなのさ」
洵はつまらなさそうに聞くが
「……だってみんな心が弱いでしょ?怖い話聞いたら逃げたくなっちゃうでしょ?そしたら日本が全滅する可能性が増えるから」
絢がつまらなさそうに言うがフルオープンできる話題ではない。相手も動かなさそうなので少し考えながら話を続けた。
「そんな怖いの?」
「怖いというより残酷」
「残酷!?どんな風に?」
「……それまで戦うために積み重ねた努力が戦いでは無い理由で弱って結果死んでしまう。それはとても残酷でした」
「罠だったんだ。……えっ、じゃあ絢そこに居たの?」
どうしよう、またやってしまった。でも別に私が迷宮攻略について行ったことは隠すべきことでは無いから……。
「嘘を見抜くなんてズルです。嘘は関係を良好に保つにも必要なことです。それに酷い嘘じゃないしいいじゃん。意地悪」
洵を非難する。
「だってさー」
「いや、その人に言ってるんじゃなくてお兄ちゃんに言ってるの!」
他の人を非難したことにされる前に相手に釘を刺した。
「分かったよ、もう。それでさ、絢はそこに居たんだね?」
「もうってなにさもうって」
「教えて教えて」
「いやです。もうなんも話しません」
「お願い!一生のお願い!」
「じゃあ私も一生のお願いで無し!」
終わり終わり!と言うようにコップを左手で掴み水を飲もうとするとそれを落としてしまう。
「あっ」
「あっ大丈夫?」
「はいこれ」
後ろの席から一瞬で布巾が渡された。
「ありがと。拭いてあげる。……これでいいかな?」
「うん、ありがと」
「返すね、ほいっ」
「冷た!」
「ごめんなさい!絢?大丈夫?」
ぽんぽん、と服にかかった水と周囲に飛び散った水を布巾で吸うと洵はそれを仕切りの向こう側に投げ返す。
向こうからの短い悲鳴に洵は軽く謝り絢に気を遣う。
「それでいいの?」
「多分オッケー」
「……そうなんだ。……うん、やっぱりすぐには治んないなって思ったの」
絢は左手をぐっぱ、ぐっぱとゆっくり動かす。たった1度の食事のために行った6度の自傷の対価は行った行為とは裏腹に軽く、しかも時間が経てば治るであろう後遺症と言うには微妙なものだけだった。
「手怪我してるの?」
「怪我、ではある。うん」
「慎重だね……」
「だって嘘ついたらバレちゃうんでしょ?私だって話しずらいよ!」
「治る?」
「元の状態が分からないから試行錯誤?」
「シコウサクゴ?……なるほど。時間があったら治せる?」
「多分大丈夫。頑張って無理やり治す!」
洵に笑いかけるも心配の色は消えない。
「うん、ちゃんと休むんだよ?それじゃあさ、やっぱり絢って強かったの?」
「どう思う?」
絢は少し期待して質問を返す。
「弱く見える。けど前よりは弱ってるふうに見えないけど前よりも弱ってるふうに感じる。それにほんとに強い人みたいななんだろ、怖さがないから強いとしてもそこそこだと思う」
洵にはあまり強そうには見えないそうだ。
「そっか〜、結構強くなれたと思ったんだけどなぁ」
自分の気持ちをこぼす。実際に自分には飛ぶことしか出来ない。それ以外は魂器の力だ。そう思うから少し悔しかった。
「もう強くなんなくていいんじゃない?やっぱり知らない場所でいつの間にか死んじゃってるかもって怖いよ」
その気持ちは絢も知っている。
「私より強い人が沢山いて私が頑張んなくてももう大丈夫!ってなったら多分私も戦わないよ。みんなで安全なとこでのんびり過ごしたい。でもそうじゃないから頑張んないと」
自分の答えを洵に伝える。自分程度で変わる幸せな未来が無くなった時、ようやく彼に集められた自分たちの役目が終わる。だからその時までは戦わなければいけないと絢は考えていた。
「絢は強いね。僕は弱いまんまだよ」
洵は下を向き弱い口調でこぼす。
「強さの秘訣知りたい?」
「知りたい!」
下を向いた顔を正面に戻させる。
「それはね進み続けること、だよ」
「戦い続けるってこと?」
彼は嫌そうに聞いてくる。でも洵が、世界に見捨てられて欲しく無いから真剣に答える。
「最初はがむしゃらに戦うだけでいいと思うけど多分それじゃあ早い内に壁にぶつかると思う。だから仲間を集めて自分の足りないところを補ってもらって。出来ないこと分からないことは人に聞いて自分で挑戦して。自分の強みを探して、その強みを相手に押し付ける!
でもそれは簡単じゃないし戦えなくても良いと思う。本業は別で野菜を育てるでも物を作るでもなんでも良いと思う。どうしても足りない分は仲間でも無い人の為になることをして支える!でも自分が勝てる場所で戦い続けるのはやめちゃいけないと思う。だけどいつも魔物に勝てるわけじゃない。
……うん。私じゃ勝てない相手に出会った時があるの。あの時はまだスキルオーブを使ってなかったから私のとっておきが無かったの。だから私はその人が一撃を入れるために攻撃を盾で防いだ。そして組長が敵を倒した。懐かしいこと思い出しちゃった」
洵の手を握る。
「お兄ちゃん、焦っちゃだめ。ただその時に出来ることをコツコツと積み上げるの。相手が弱い魔物だとしてもその練習で積み上げたことはきっといつかとんでもなく強い敵に出会った本番で自分に勇気をくれるから。……まぁどうしようもない時は逃げるしかないんだけどね」
最後に相手を見てにへら、と笑い気づく。洵の目は真剣だった。
「……うん、頑張る」
「ねぇ、思ってたんだけど私がお姉ちゃんでも良くない?まぁいいや。私そろそろ逃げるね!これ以上話したら危険そう。じゃあね!」
自分が言ってはいけないことまで話し出さされそうだと思い今日はこのぐらいにして逃げることを決めた。
「うん……あ、もうちょ——」
絢は床を蹴り宙に浮かぶ。そしてそのまま学校から離れた。
しばらくの静寂の後、食堂に洵の驚いた声が響く。
「え、え、え?なんで?どうやって飛んだの!?」
生徒の視線が消えた絢から洵に移る。
どうやら洵はスクールメイトに質問攻めにされる運命。
「洵ー久しぶりにお話しよっかー」
——では無かったようだ。亮に保護された洵は学校で家族と一緒に居られる幸せな時間を過ごした。
◇◆
「——と、いうことで本日は特別講師として絢先生にお越し頂きました!はい拍手ー!」
「はい。ご紹介にあずかりました。古枝絢と申します。会ったことあるな、と思って下さった方ありがとうございます。実はこれまでに2度程こちらにおじゃまさせて頂いたりしてました。それは完全な私事なのでここまでにしましょう。
私がみなさんに教えたいことはすぐに形になる物ではありません。ですがそれはなんでも一緒です。本日は空を飛ぶ感覚を知ってほしいと思いこちらまで来させて頂きました。目的をあからさまに言ってしまうと空を飛べる人を増やそうと思っています。
何回か回数を重ねて人と一緒に飛ぶことで飛ばした人の《交換》に飛ぶことができるようなスキルが出ないかなーと思った訳です。本日はよろしくお願いします」
「ありがとうございます。それではまずは先生で実演してもらおうと思います。ふ、えー、絢先生よろしくお願いします」
「分かりました。両手を下さい。……浮きます、あまり動かないようにお願いします」
相手全体を自分の魔力で薄く包む。そうして浮かび上がる。
「うおっ、おっおお!」
「高度を上げますか?」
「いえっ、このままで結構です!」
「片手を外します。もう片方は外さないで下さい」
そう言って左手を外す。
「分かり——ひぃっ」
高度地上から30cm程度のまま右に左にとスライドする。
「はい。高度を上げて大丈夫な人はもう少し高くしようと思います。私の実力が低いばかりに誰かを連れようとすると鈍足になりますが単独ならもっと早く飛べます。そろそろ下ろしますね」
「ぜひ!」
ゆっくりと着地、教師は両膝に手をついた。
「はい!はい。こんなふうにですね飛ばして下さります!本日は学級委員長対抗ジャンケンで勝った女子B組をお願いします。1日で全員は不可能ですので日程を合わせつつ進められたらと思います——」
◇◆
「ていう感じですっごく緊張したんです」
「うまくできた?」
「もちろんです!6人目までしかできずかなりがっかりさせてしまいましたがその6人だけはちゃんと一緒に飛べました」
絢は自信を持って継承者に今日あったことを報告する。
「そう」
「自分だけを浮かすのはそんなに消耗も無く楽なのですが人と一緒となると難しいです」
「子供たちで人を飛ばすことに慣れたら次は近衛、護衛官、執行官、自衛隊の元パイロットの現エリート。優先順位は下がるけど協会の上位幹部、情報局員、審判官、上位の冒険者。忙しくなるわね」
「そうなんです。手に職をつけれたと言えば喜ばしいことなのですが求める層と数で頭が痛いです」
偉い人、強い人、大きい人、怪しい人。全部怖い人条件でそれを複数含む人にものを教えなければいけないと言うのだ。絢は考えるとお腹が痛くなった気がした。
「飛べる人が増えればその人を適当に雇って飛行教員として回せばいい。その1人目がどこかしらね」
「やっぱり魂器は使わない方が良いですか?」
「えぇ、教える時はその体でしなさい。前にも言ったはずよ?」
「魂器なら数飛ばせれるので良いんじゃと思ってしまいました。申し訳ないです」
「それにしても、いつになったら魂の破損を治せるのかしらね」
ぴくり、と思わず動いてしまう。やっぱり自分から自己申告するべきなのだろうか。そう思ったがまだ自分でできることはあるはずだと考え隠すことにする。
「……延命は確実にできています。現在の生命力の流出は軽微です。ですが完全回復させるとなるとそれは難しいんです」
「嘘おっしゃい。今の流出量は軽微。既に沢山無くしたからもう無くなるものが少ないだけじゃなくて?」
未来を見通す継承者の前では嘘など丸わかりなのかも知れない。
「……おっしゃる通りです」
隠そうとした罪悪感とバレてしまったことからしょぼんと肩を落として白状した。
「分かっているの?今あなたに死なれては困るの」
「申し訳ございません。最近魔物からでも回復できるということがわかったのでもう少し待っていただきたいです」
「自分でも分かっているのでしょう?もう間に合わないわよ?」
「……」
そんな気はしていた。でももうこれを言われたと言うことは手遅れなのかもしれない。
「生贄を使う?」
「……ご命令であれば」
希望が見えたことによる喜びと自分なんかに貴重な道具を沢山消費させてしまって良いのだろうか、という懸念の気持ちが現れ、後者が勝った。
「ならさっさとそうしましょうか。理解度も上がったようですしもう十分よね」
「? 分かりました」
「今から行きましょう。人を呼んだわ」
10分ほど待つと眠そうな、それでいて変な目をした青年が訪れた。
「昼寝してたんだが」
「執行官ともあろう人が無防備ね」
執行官だと言われた青年は黒装束を纏っていない。何も教えられなければそうだとは分からなかっただろう。しかし言葉を聞いてしまったからかその青年の目に殺気が宿る。
絢は固まった。怖い。
「おい、こいつ殺していいか?」
やっぱり!もうだめだ。ご主人どうかお助けを!
「ダメよ。良い訳無いじゃない」
た、助かった!感謝!!
「じゃあこいつはこちら側?」
こちら側って何!?
「……そうね。そちら側よ」
そちら側ってなんですか!!
「なんだよ、ガキじゃねぇか」
子供ですみませんね。
「本気かつ万全のこの子にはあなたを殺せる未来があるのだけれど」
やめて、そんな未来ありません!
「やっぱ今殺しとくか」
ごめんなさい、許してください!
「冗談は言葉だけにして」
あれ、殺されなさそう?
「へいへい。それで?どこに連れてけと?」
よかった〜。ふん、冗談と受け取られない冗談なんて冗談じゃ無いんだよ!
「あなた方のアジトまで。まだ活きがいい生贄は居る?」
アジト、存在は知ったけどそこに価値があるアイテムが沢山眠ってるってことかな?
「またか?そりゃあたっぷりと居るけどよ」
また?と言うことはご主人は何度か貰っていたのだろうか?
「20貰うわ」
20こも!そんなにないとこれ治せないレベルだったの?
「30でも40でも。どうせ何も残しやしねぇ穀潰しだ。なんぼでも構わねぇよ」
穀粒し、と言うことは生き物?
昔に亮と話し、機嫌悪げな彩花が存在を認めた会話を思い出す。
それじゃあ今からさせられることって!
絢は怪しく危険な気配を感じ取り言葉を取り消そうとする。
「わ、私やっぱり大丈夫です。本気で頑張って難しい迷宮行って魔物倒します」
「ある時に貰いなさい。その価値がある内に、ね」
絢の全力の懇願は継承者に拒否された。
価値ってなんですか価値って。人の命を軽く扱わないで。——あ、継承者ってずっと選んで溢してるんだった。命が軽くなるのも仕方ないのかな……。
「こいつ初めて?」
は、初めてかって?
「いいえ、もう数回経験させてるわ」
そ、そうですよ。もう私は殺人鬼ですよ。
「何歳よ」
教えるもんか。
「元の体の年齢は13、今の年齢というか精神が生きた時間は7。ステータスの年齢も今は7ね」
やめて、危険な人に個人情報渡さないでくださいー!
「なんだそりゃ意味がわからねぇ」
体はないので肉体年齢が消えたんですー。
「面白いでしょう?」
面白い……ですかね。
「そうだな。連絡もできたしそれじゃ行くか」
やめて、行きません。えっ地面が、なんで!?
地面に引きずり込まれる。抵抗出来ない暗闇が絢たちを飲み込んだ。
意識がはっきりとしない。言われるがままに歩き、気がつけば牢屋の前に居た。
「おい、起きろ。おい!」
ほおを強めに打たれる。それで意識がはっきりとしだす。
「痛……ここは?」
「ダンジョンだ」
「時間がかかりそうね、仕方ないわ。“番号が振られた順に牢屋の中の人間を最大限活用して破損の修復をしなさい”」
目の前、牢の中には小綺麗な人間。そこから予想できることは。
「ちょっと待ってください!生贄って武器や道具では無かったのですか!?」
元と話が違う!と憤慨する。これは譲れない。
「私がいつそんなことを言ったかしら?」
「ご主人の視野の調整の時みたいに」
「そんなこともあったわね。欲しければそっちもあげる」
これはもう止まらない。
「や、やめ——」
絢の拒否は最後まで言葉にできなかった。
「“やりなさい”」
継承者による命令が絢に伝わる。絢は命令に抵抗しようとする。鎖を手繰り寄せ継承者の手元から離そうとした。
だが当然それが成功するはずも無かった。
「……。承知しました」
殺さなければいけない。ご主人の為に殺さなければいけない。2重にされた牢屋の鍵をひとつ開き中へ。扉に鍵を掛け外で待つご主人に渡す。
そして2つ目の扉を——。
◆
罪人は抵抗した。しかし残忍な方法で殺された。次も、次も、その次も。苦しまない方法なんて無数にあっただろうに。
1人殺す毎に《天秤》を確認する。追加の命令を受けた気もした。最終的に何人殺しただろうか。命令を遂行し正気に戻る間も無く半狂乱となった絢は“記憶処理”と更なる命令を受け、なぜ《天秤》の回数が減っているのか。なぜ状態が回復したのか。その疑問の都合の良い答えが用意されていた。
どのような罪を犯したのか。そもそも本当に罪人であったのか。それは記憶を処理された絢が知るはずも無いことであった。
◇
「そろそろ起きなさい?」
継承者の声で目を覚ます。頭は酷く曇っているのに体は異常に軽かった。
「う……あれ、寝ちゃってました。申し訳ありません。……ご主人の近くで寝てしまったからでしょうか、なんだかとても体が軽い気がします!」
「私の近くで寝ると体調が良くなるって前にも言っていなかった?」
そう言われるとそんな気がしてきた。
「そうでしたっけ?そうだったかもしれません。ご主人の最近の悩みごとなどはありませんか?」
「ないわ。そんなことよりちゃんと訓練を頑張るのよ?」
「もちろんです。何かご相談がおありでしたらいつでもお教えください。実は記憶がちょっとあやふやでして今日何を話したのか覚えていないのですが問題ありませんか?」
「今日は疲れていたのでしょう?服も汚れていたから綺麗にしておいたわ。早めに着ておきなさい」
「あれ……寒いと思ったら。お目汚し失礼しました」
天幕の中央にある机の上に着ていたはずの服が綺麗になって置かれていた。それを受け取りしっかりと着る。
「いいのよ。今日は早めに寝なさい。体をゆっくりと休めるの。いいわね?」
「承知しました。何かございましたらいつでも連絡をいただきたく思います。それでは今日はこれで失礼します。明日も来ますね」
「ええ、また明日」
絢が居なくなると建物の角から黒装束の男が姿を現す。
「健気なもんだな」
「いい子でしょ?とっても優しい愚かな子」
男が呟くとふふっと笑い継承者は優しく話す。
「主人がこれとはひどいもんだ」
「さっさと正常化させないとあの子の命に関わるわ。それはもう大きな損失よ。せめて飛べる人間を生み出してから死んで貰わないと」
「あんた嫌われようとでもしてんのか?随分と言いやがる」
「躊躇うとより多くを失うの。お分かり?」
女の言葉には形状し難い重さが籠っており、男は言葉を返すことができなかった。
「……さて、あなたは少しの優と多くの可。どちらにすべきだと思う?」
「そりゃどの程度の話だ?」
「未来の人間の話よ」
「……少なすぎる優と下気味の可なら意味ねぇからそこはやっぱ継承者様にお任せしますわ」
男は両手をあげて適当に流す。
「無責任ね」
「俺たちゃ剪定するだけだぜ?なに期待してんだ?俺らは所詮兎死狗烹される身だ。そんな重たい選択できっこねぇ」
「残念だけどあなた方も全滅するまで働いてもらうわよ?」
「おぉ、そりゃあこえぇ。それじゃまた」
大袈裟に怖がるふりをする。そこに恐怖は紛れていなかった。彼らはいつも覚悟している。殺すものとして殺される覚悟はとっくの昔に済んでいるのだ。
用事はもうないのだろうと判断した男はトプンと影に呑まれ姿を消した。
「ええ、健闘を祈るわ」
幸せから一転、しかし絢は覚えていない。知らないというのは幸せなことでもあるのかもしれない。
添削中、文間に描写を追加してみました。こっちの方が小説らしい気がします。
最初は魂器の特性ということで省こうと意図的にしていた時期もありましたがいつの間にか書くこと自体を忘れていました。
あとやっぱり感情の描写ができるのって良いですね。
先日投稿した話に旧いいねが2件着きました!ありがとうございます。
リアルタイムで2件ついたのは多分初めてです。幸せ……。
幸せに慣れて、さらに大きな幸せを知って、それを求めてしまうようになる。
人間の欲望は底抜けです。しかしながら、それを文章にうまく転化できれば……うへへ。
ep.1ひとこと更新しました。
「面白い!」「続きを読みたい!」「連載頑張れ!」などと思っていただけた方は、ぜひブックマーク、⭐︎評価などよろしくお願いします。
作者のモチベーションが上がり作品の更新が継続されます。
誤字脱字、違和感のある箇所など教えて頂けたら嬉しいです。




