64.進化
◆◇
「戻りましたー」
「只今帰りました」
「おかえり。どうだっ——あれ?花輪付けてってたんだ」
「せっかく作ってくださったのでこうしている方が良いかと思ったのですがそうではなかったのですか?」
「気に入ってくれたんだったら嬉しいけど、外しちゃだめって訳じゃないから何かする時は外しちゃってね」
「分かりました」
「亮、どうだった?」
「雪降ってましたよ。街はまぁ冬は越せるかもしれないって感じでしたね。今となれば立派すぎる家に住んでたのが当たり前だったんでちょっと分からないです」
「そっかぁ。みんなできることはしたし、大丈夫大丈夫。じゅん君の方は?」
「まだですね。じゅん、《ステータス》に変わりないかみてもらってもいい?」
ステータスを確認すると進化先が消えている。これは《浄化》の影響だろう。それ以外には特に変わった事は無い。
「元の進化先が無くなった以外何も変わりありません。強いて言えば消耗度に気をつけなければいけない程度です」
「魂器用回復薬については話は通してあるからもう少し待っててね。それじゃあ次の作戦で行こう。すこーし、椅子にでも座りながら待ってて。すぐ帰って来る!」
そう言うと亮殿は部屋から出ていってしまった。
私は椅子に座ると頭から花冠を下ろし良く観察をする。まるで本物の様なすごく精巧に作られた花だ。花弁に触れるとしなやかに曲がる。……本物なのかもしれない。《植物魔法》とは植物を作り出す魔法なのだろうか?ならばこれは本物?それとも魔法で作られているのだから偽物?よく見れば絡まれた茎の部分が互いに少しずつ融合している。これは植物にはありえないことだ。ならばこれは偽物かもしれない。偽物だとしても綺麗なので私は少し嬉しくなり花を優しく撫でる。
このようなものを手にするなどいつぶりだろうか?いつも私が手にしているのは武器ばかり。少し寂しい気もするが未来の子供達の選択肢を増やしている一員になれているのだと思えばこのままでも良い気がする。たまにこういうものがもらえればそれだけでいいのだ。
そうだ、花冠を作ってみよう。待ち時間を潰すために体の一部を分離、ほんの僅かにだけ接点を持たせたまま茎を、葉を、そして花を作ってゆく。初めてというのもあってすぐにうまくは行かないが亮殿が戻って来るまでには形になっていた。
「戻りましたー。客人1名いまーす」
「し、失礼します」
「お客さん?弟くんか。ゆっくりしてってね」
慶典殿の弟くん、という言葉に視界を上げる。誰の弟なのだろうか?亮殿と一緒に来たのならもしかすると亮殿の弟なのだろうか?もしそうならば私の兄?それとも弟?そんなことを考える私の目の前に現れたのは私の通常状態を幾らか成長させた私にそっくりな人だった。
「あ、もしかして僕?じゃなくてえっと、じゅん?だっけ?」
「申し訳ありませんが私はあなたを知りません。どこかでお会いしましたか?」
「この子は洵。じゅんの……双子、みたいな。今はそう思ってたらいいよ」
「そういうことはちゃんと伝えたほうがいいと思うよ、にいに。僕は——」
私は“僕”が死にかけた、というよりもその時精神は死に近い状態まで消えかけ、残った瀕死の体が奇跡的な回復を経た過程に生まれたの存在でありダンジョンが現れたりした日に大規模な癒しで“僕”が目覚め、それから時間は短かったが私が寝た後などに体を使っていた事などが明かされた。
「だからどちらかで言うと僕がお兄ちゃんってことかな?実は僕も弟か妹欲しかったんだよね!嬉しいなぁ!」
「私は、私も本物と——」
「じゅんも本物だよ。こんな体を大事にしてくれてありがとう。辛くっても諦めないでくれてありがとう。じゅんは紛れもなく僕自身なんだよ。ただ成長の途中にあった人や物事、スタート地点が違うだけで僕自身なの。だから悲しいことを考えないで?」
彼はそう言うと私を包み込む。優しいながらも慣れない手つきで頭を撫でられた。
「これが狙いだったのですね。案外簡単に見つけられるものなのですね。私はあなたの言う通り僕自身。あの方が私と自身を呼ばせるようにしたのは自己の確立のためなのでしょうか?あなたは私が魂器になっている時、とても優しい言葉をかけてくれた気がします。合っていますか?」
「あんまり覚えて無いかも」
「背はどのくらい大きくなりましたか?」
「ちゃんと測れる機械ないけどちゃんと伸びてるよ!130は絶対超えてるはず」
「後遺症はどうなりましたか?」
「全部が消える前に何度か検査に行ったけど最後に診てもらった時は脳は普通の人とほとんど変わりないって。喉の凹みももう無いし、でも身長だけはいきなり伸びるものじゃないからゆっくりっぽい」
「それは良かったです。《ステータス》、あります。相談しなければ」
“それでいいわ。ゆっくりおやすみ”
「ありがとうございます」
「えっ、何が?」
「いえ、なんでもありません。ですが少し手を握っていても良いですか?」
「うん、そのくらいぜんぜん良いけど」
「では、はじめます」
その決定を下すと途端に眠気に襲われる。懐かしい眠気だ。
「しゅんは、弟と妹。あるいは兄か姉。男兄弟と女兄妹/姉弟のどちらが欲しいですか?」
「えっと、妹?」
「分かりました——」
進化の影響か器との繋がりが絶たれそうになる。急がねば。
まずは魂の補強を、分散している言語化できない力を魂を中心として集める。その魂の中から今なら視えるしゅんの元へ届ける。あるべきものをあるべき場所に戻すのだ。普通は消えてしまうだろう自意識もこの特別な瞬間だけはその限りでは無かった。力で何とか保っているその集合体が新たな形を得ようとしていた。慌てて置いていかれそうになっていた“鎖”を引っ張り新しく変わりゆく自分に巻きつけてゆく。これはきっと役目を果たす為にも必要なものだ。ここまですると完全に自分が器から絶たれる。間に合ったのか、待ってくれていたのか。事を成した今、それは重要ではない。力が増し、全能感に満たされる。あとはただ目覚めの時を待つのみ——。
◆◇
進化を始めたじゅんはその場で力が抜けたように倒れ込みそうになるが、それを亮が支えゆっくりと横にさせると洵が心配そうに呟いた。
「大丈夫かな?」
「きっと大丈夫。信じて待とう」
「今さっきね、なんか分からないんだけどじゅんの手から力が流れてきた感じがしたの」
「力?魔力のこと?」
「そんな感じもするけどそれだけじゃない感じ。《ステータス》も変わってないしなんだろう?」
「んー、その内わかるよ。それまで洵も頑張るんだよ?」
「うん!」
◆◇
進化の最中、自分という存在が変化することを自覚した。変なことをしたからか自身がとても心許ない存在に、しかしこれまでとは比べ物にならない力強さを得る。長いような、短いような、そんな時間の流れが曖昧に感じるぬるま湯の中を出る時が来た。
自身を包む魔力を作用させ魂を浮遊させる。不安定な私は直ぐに地面に落ちた。自分の状態を確認すると生命力が割れた器から流れ出ている。本能的に理解し自分の力を発動させる。《人形》、力の流出を少し抑える為に元の姿をベースに身体を形成していく。過去の情報を元に肉体を完成させるとその後に私の知らない部分が《人形》に補完された。出来上がったそれを具現させ収まる。ひと仕事終えると途端に外が騒がしくなった。耳があるから音が聞こえるのは当然か。……目があるから外の景色が見れるかも知れない。いや、見れるに違いない!そう思いつくと早速意識を覚醒させた。
ドタバタと慌ただしい足音と亮殿の声が聞こえる。
「服!服じゃなくていい!タオル!タオルはあっち!服の方が近い!部屋失礼!服——これでよし!」
「にいに、じゅんが起きたよ!」
「今行く!」
体を起こし周囲を見渡す。広い、なんて幸せな景色だろうか。これが見ると言うこと。きっとこれが普通の人が見る景色なのだろう。それでも今はこの当たり前がこれ以上なく幸せに感じられた。体は使い始めの魂器とは違い、スムーズに動作を始める。上体を起こし手を床に置き、体を支えるとその場に立ち上がる。自分の足を動かし周囲を見渡す。私に背を向ける様に椅子に座る慶典殿、こちらを向いて顔を真っ赤にしながら目を回す洵、周囲の少し無骨な家具と急いで走り寄ってくる亮殿の姿。
「じゅん、ごめん。まさかこんな早く、しかもこうなるなんて分からなくって。そんなことより服、これ持ってきたから——」
「ありがとうございます。それよりも亮殿、2回目のアレを頂きたいのですがどこにありますか?」
「あれって……あれかな?それよりも服着よ?服。ほら、風邪ひいちゃうから」
心配をされるも部屋は暖かく心地良い。
「安心してください。私は寒くありませんので」
「そうじゃなくてね!?隠さなきゃいけないものがあるから」
「禁止事項は破っていません。隠すべきことはしっかりと理解しています」
「いや何も隠せてないから、ね?服着よ?」
「服を着ることについては理解しました。しかし私は自分の失敗を認識できていません。進化時に隷属の引き継ぎを行ったつもりでしたが完全ではないようです。もう一度教えていただけるとありがたいです」
「うん、服を着たら話すから、はい、そろそろ受け取って?」
「ありがとうございます」
少しして。
「ようやく着てくれた……。やばいな、常識が通用しない、あと話し方がまんま、悪くないけど……いーやだめだ。あまりにも単調、ちゃんと人らしい喋り方を……どうすれば?……親って偉大だなぁ。ちょっと頑張るか」
◆◇
何に書かれていない真っ白なキャンバス、と言うには少々“鎖”が邪魔だが絢は亮から様々な常識やアドバイスをすんなりと受け入れる土台は備わっていた。亮の努力と仲間の助言もあり絢は失っていた知識の内少しを取り戻した。ちなみに絢と言う名前はもういない親に変わって兄である亮がくれた漢字名である。あまり遅くなってはいけないとのことで洵は学校に帰ったらしく今は辻本さんからのプレゼント開封会である。
「お待ちかね、これが辻本さんが絢に残したものだよ」
「お兄ちゃんはこの中身知ってるのですか?」
「ッ最高。一応中身は知ってるよ?昔に1回入れ物が消えちゃったから」
「少し残念です。では……開けます!」
箱を開くと輪っかの付いてない魂器がひとつ入っていた。
「これは魂器、ですが下位でも中位でもありません。もっと強い力を感じます」
「使ってみてからのお楽しみって感じかな?1回目は部屋で使ってって琴子さんから」
「はい。自室で使わせて頂きます。お兄ちゃんはこれから何か用事はありますか?」
「無いっちゃ無い。俺が居なくとも何とでもなる。って言いたいけどそれでいいとはならないから行ってきます」
「分かりました。頑張ってください」
「めっちゃ頑張る、今まで以上に頑張って来る」
「頑張りすぎはダメですよ?」
「もちろん、そんじゃこれ以上遅れるのも悪いし行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
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