63.記憶を求め
ギルドルーム、その家の中には誰の姿も見当たらず、『やる事もないしどうしようか』と考えていると外から窓をノックされたので家から出てその人の元に駆け寄る。
「慶典殿、どうしたのですか?」
呼び主に声をかけると彼はゆったりと話し出す。
「暇そうにしてたからせっかくだしお喋りしないかな?と思ったんだけど今、大丈夫だった?」
「はい。慶典殿は今何をしているのですか?」
「僕?今はね種の実験をしてるんだ」
「種、ですか?」
「栄養満点で、成長速度が早くて、収穫倍率が良くて、連作障害がない植物の種だったり苗を作ろうとしてるんだ。前々から手をつけてはいるんだけどどうしても術者しか成長を促せない種しか出来なくって特にそこをどうしたらいいかな〜って」
「慶典殿のスキルは確か《植物魔法》で合っていますか?」
「そうだよ」
「では何の為に種の開発をされているのですか?」
「《交換》に頼らない自給自足の食を成立させるためだよ」
「食料問題ですか。どうして《交換》に頼ってはいけなのですか?」
「簡単に手にした力には制限がある、と思っていたからなんだけどね。一度進化したら大体の人が《交換》でできることが増えて、自分の持ち点でスキルを得ることが出来るようなるんだ。でも基本的にスキルオーブによって獲得した力やレベルアップで渡された力も《交換》出来るようになってるの。《交換》に関してはかなりの高値で。スキルを強くするとかじゃなくて新規獲得でも無い欄にそれらがあるから、それらを《交換》しないといつかスキルが制限されたり、最悪全く使えなくなるんじゃないかな?って思ってるんだ。もし何百人もの人が高いポイントを払ってそれを選んだとしてもその人は日本にいる全人口の内の何割か?って言われたらそれはものすごく少ないわけなのさ。ほとんどの人がいきなり《交換》が出来なくなったら暴動になっちゃうかもしれない。もし起こってもすぐ鎮圧されるのは分かってるけど、それは血生臭いものになるし何よりこんな状況で無闇矢鱈と人を減らすことは国の弱体化にも繋がる。だからそんな時に食べ物の心配だけでもなくなれば、みんな安心できるんじゃないかなって思ってるんだ」
「なるほどです。でもそもそも、そのもしもがない可能性も十分にあるのではないですか?」
「そうだと嬉しいんだけど、残念ながら今日伝えられた継承者からの伝達で、それが起こる未来が近くはないけどあるって言われちゃったんだ。それも結構最悪の時期に」
「最悪の、というと?」
「上級ダンジョンの氾濫だよ」
「……それはいつですか?」
「多分2年は猶予があると思う。初級が3週間ごと、中級で3ヶ月ごと、ならば上級は3年ごとなんじゃないかなっていう予想が合っているのなら大体残り2年と3ヶ月後だね」
「“改変”の日からですか」
「うん、今はそう考えられてるんだけど、重い話をしてしちゃってごめんね。じゅん君は最近大活躍してきたって聞いたけど何か欲しいものとかあったりする?」
「そういったものは特にありません」
「そっかぁ、……それじゃあこれ、どうぞ」
一瞬で作り出された花の輪を頭に乗せられる。
「3日ぐらいで消えちゃうけど。うん、よく似合ってるよ」
「あ……ありがとうございます」
「僕は他のメンバーみたいに強いわけでもないし、役に立つものを作れるわけじゃないけど何かあったら相談してね。喜んで力になるから」
「はい。相談なのですが、早速よろしいでしょうか?」
「うん。どんなこと?」
「本日とある方と少しお手合わせさせて頂いたのですがこの短剣の攻撃を素手で受け止められてしまいました。なぜ攻撃が防がれてしまったのでしょうか?」
「全く傷が付かなかったの?」
「はい、私のみる限りそのようでした」
「うーん、それなら《魔力装甲》かも知れないね。体の外側に魔力で作った防具を作れるスキルだよ。その人は手袋とか着けて無かったかな?」
「おそらく何も着けていなかったと思います」
「そっかぁ。武器も防具もスキルも、あっという間により強くなって行っちゃうからね。でもそんなに強い人があの街にあるなら安心だね」
「……そうですね。スキルももっと工夫が必要でしたか」
「力になれなくてごめんね。でももしかしたらだけど《交換》でスキルを強化したんじゃないかな?それなら力の幅が大きく広がるから」
「進化が必要ですか」
「うん、焦らずにゆっくりと地道に強くなろ?」
「実は私レベルが頭打ちと思われまして、進化先が1つあるのです」
「そうだったの!おめでとう」
「ドッペルゲンガーって知ってますか?」
「——そっか」
「心のどこかで人を羨んでたのかもしれません」
「でもほら、……ごめん魂器の2次進化分からないや。でも人の中にも半魔だったり魔人とかになる人もいるから」
「その内のどの程度が人として生きていますか?」
「2割、かな」
「思ったより多いですね。もしもの時でも何とかなるかもしれませんね」
「選択肢がないのなら今の自分に妥協してもいいんじゃないかな?」
「このままではだめなのですよ。あまりにも足りなさすぎます。3-4のボスすら1人ではギリギリでした。このままでは継承者を支え守ることが出来なくなってしまいます」
「1人で3-4を攻略できる人は多くないからじゅん君は良くやっていると思うよ」
「ありがとうございます……そういえばドッペルゲンガーってどのような魔物なのですか?」
「簡単に紹介するなら姿を変えて人を油断させたり混乱させる魔物かな?特に姿を変える能力に関しては見破るのがすごく難しいんだ」
「判別方法はどのようなものがあるのでしょうか?」
「強いドッペルゲンガーならもう切って確かめるしかないと思うよ。大体が見えるとこしか変化させてないから」
「内側まで作り込まれていたら?」
「その時は本物偽物両方縛って、そういう役の人に見てもらうのが最終手段かな?」
「手間がかかりますね」
「うん、とっても厄介なんだよね。間違いがあったらいけないから」
「でもなんで私がその進化先を与えられたか理解できました。それだけでも良かったです。もう1つ相談なのですが攻撃を重くする方法ってありますか?」
「重くかぁ。人なら増量するだけなんだけど……。重さって速度と質量で決まると僕は勝手に思っているんだけど、突進の勢いを殺さずに攻撃するか重たい防具を装備するぐらいしかないんじゃないかな?魂器なら多少重くとも普通に動けるから防具の方が簡単かな?」
「分かりました。もう少し考えてみます」
「そうだ、亮ならそういうスキル持ってたんじゃなかったっけ?相談してみたらどうかな?」
「亮殿ですか。そうしてみます」
「噂をすれば、帰ってきたね。亮、おかえり」
「戻りましたー。じゅん、ちょっと遠くに行こっか」
「分かりました。家におりますので出ても良い時に一言お声がけ下さい」
「……あっ、そういう意味じゃなくてね?一瞬旅に行きませんか?っていうお誘いだったんだけど」
「旅ですか?」
「ちょっと北海道まで、数時間で戻るけど行かない?」
「北海道、私は問題ありませんが一体何の用があるのですか?」
「……いや、もしかしたらあっちが先の方がいいのかな?」
「あっち、とは?」
「んんー。よし、北海道に行こう。2時間ぐらいで帰ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
決定事項ならば大人しくついていく事にしよう。部屋から出るとコートとマフラーを手渡される。
「これで寒さもいくらか良くなるよ」
「失礼ですが私は寒さを感じないので必要性が無いと思います」
「でもほら、そんな薄い服で外を歩いてたら見てるだけで寒いよ。もう冬も近いんだし、あったかくしよ?」
「分かりました」
ありがたく防寒着を受け取ると亮殿がマフラーを巻いてくれる。
「ありがとうございます」
「いいって。少し歩くから準備はいい?」
「はい。戦闘でもいつでも対応できます」
「……その心配は無いと思うよ」
ワープを1回、ダンジョン協会では無くその近くに隣接する建物に足を運んだ。
「ご連絡させて頂いた【先駆者】所属、ギルドメンバー古枝亮です」
「これはこれはお待ちしておりました。お呼びされていた方も既に来られております。無論こちらも準備はできていますよ」
「今回はどなたが?——」
見知らぬ人たちと亮殿が話し、前金を払うと転移がされる。何度か跳ぶと亮殿ののぞむ場所に到着したようで一歩前に進んだ。
「これは——」
「雪降ってるし……しかも軽く積もってる。毎年こんなもんだったっけなぁ?」
「亮殿、ここはどこですか?」
「この山の下に見える場所が俺たちの故郷だよ。……今はもう何も残って無いけどね」
「ここがですか?残念ながら私の視界では少し先の雪と植物しか見えません」
亮は一緒について来ていた転移役では無い人に目配せをした。
「失礼、《視界共有》」
誰かに肩に手を置かれると視点が高くなりそれと同時に世界が輝く。まるで見たこともないような広く美しい世界、遥か遠くに見える山々の連なり、どこまでも広がる平野。きっと人はこの表現を『あまりにも誇張している』と言うだろう。しかし今と比べてしまうと遥かに狭く小さな視界しか持っていなかった私からするとそう称するしか無かったのである。
「……」
「何か、感じない?」
「きっとこれが本当にすごいと言うものなのだと思います。これは正確な表現ではありません。私は驚いているのでしょうか?それとも怖がっているのでしょうか?私には分かりません」
「すごく綺麗だよね、良かった。たまにここまで登ったね。……良かったら言ってね。次は下の、はい。あっちの空き地でお願いします」
この景色を目に、魂に焼き付かせると返事をした。するとすぐさま視界が移り変わる。
「ここはどこでしょうか?」
「ここはじゅんにとって大事な人と出会った場所だよ。僕らはあっちから来て、その人達はそこに居た。どう?」
「……何も思い出せません。その大事な人とは……あ」
「何か思い出した?」
「初めてあの方に出会い私はそこでこれからどう生きるかを決めました。全てはあのような未来を回避するため」
「うん。いいね。視界元に戻すね?」
「はい、ありがとうございました」
私の視界が元に戻る。しかし知ってしまうと求めてしまう。“ドッペルゲンガー”になれば——。いや、それは良くない。そもそもそうなることであの視界を手にいれることができるかも分からないし何より役目を果たせなくなる可能性が高い。でも……曇天なんて関係ない、あんなものを見せられてしまったら——人が羨ましい。私も人でありたかった。人のようになりたい。……今だけはこの記憶が、思いが早く消えることを願った。
その後、北海道の街を回った。皆がギルドホームがある街やそこと繋がっている街にいる人よりも良い服を着て良い家を建てている。後から聞いた事によれば寒さが厳しくなる地方に重点的に支援を行っているらしい。何もせねば多くの人が冬を越せないからだそうな。戻った記憶と照らし合わせると建物や衣類のレベルは低いが、それでも1年目という事を考えればなかなか良いところなのではないだろうか。
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