61.兄弟
外は暗く人気がない。地面に生える植物もこころなしか元気が無いように感じた。もうここに用はないので帰ろうとすると協会職員らしき男性に呼びかけられる。
「すみません。迷宮改造が行われてから戻って来た人の確認をしているのであちらで冒険者証の提示をお願いします」
示された場所で冒険者証を渡すと確認作業が行われたのだが中々終わらない。それどころか帯剣した職員がゾロゾロと集まり出していた。周りの様子を見ていると対応してくれている職員が口を開く。
「君、これ偽装した?それと無断侵入もかな?」
冒険者証を指差しながら男はそう問い詰める。
「いいえ、私は入場時にきちんと冒険者証を提示しています。もし正確に記録されていないのであれば未踏区域入場前にも提示しているのでそちらも確認していただきたいです」
「あのねぇ、君みたいな子がこのギルドに入れる訳ないでしょう?名前もいい加減だし番号も若すぎる。背伸びしたい気持ちがあるのかもしれないけどこんな危ないことは大人達にませせとけばいいんだよ。分かったら大人しくどうやって作ったか教えてな?」
「私は偽造も無断侵入もしていません。もう一度確認して下さい」
背後からジャラララアンと武器を抜く音と共に警戒心がたっぷり含まれた声が発せられる。
「先輩、こいつの服まるで胴体が両断されたような切れ方だ。魔物が化けてるに違いない!」
その声が聞こえたと思うと短く詠唱のような声が響き周囲が明るく照らされた。そして私の格好がはっきりと目視されると張り詰めた声がその場に響く。
「戦闘準備!」
集まった職員の内2人が離脱し残りは一斉に距離を取り臨時受付を包囲する。さっきまで話していた男もいつの間にか武器を手に取り離れていた。
「落ち着いて下さい。私がもし魔物ならこうなる前に攻撃していますし魔物がこんな姿な訳がありません」
それはそうとして暗くて見えづらかったからか小さいから油断していたのかは分からないが服装の違和感に気が付かないのは良くないと思う。
「迷宮改造も起きたんだ、どうせ魔物の種類も増えたんだろう?なあ“ドッペルゲンガー”。責任は俺が取る、全員戦闘開始!!」
左右の2人が私に向けて駆け出し、ワンテンポ遅れて前後の人間が動き出す。
「それは困るな、大事な——仲間なんだ」
《身体強化》した私と同等程度の速さで駆けてくる職員に仕方なく武器を抜くと私の真後ろから強めの着地音と小さな声が聞こえた。それと同時に目の前に何かが現れる。それは剣のようで持ち手に繋がれている鎖は隣の剣、そのまた隣の剣へと繋がれ男の持つ剣まで続いている。
次々と襲いかかる職員たちによる嵐のような連撃は全てその連なる剣に防がれ勢いを失うと職員はいきなり現れた男のせいか再び包囲の輪を広げたと思うと職員が口を開く。
「古枝さん!?そいつは危険です、離れて下さい!」
「いや、仲間だよ。ドッペルゲンガーでも無い。安心して、武器を下ろして欲しい」
渋々といった表情で職員は武器を下ろしたので私は質問を投げかける。
「亮殿がなぜここに?」
「これ、寒いから着ときな」
質問には答えられずその代わり背中にさっきまで彼が着ていた上着がかけられた。
「大きいですね」
「そりゃね。それよりも袋からもう一枚の冒険者証出してくれない?」
「……あっ、ここにはあのカードで」
「そうそう。だろうと思った」
亮殿に任務用の冒険者証を渡すと彼のおかげでその場の混乱は収まった。
「先ほどは申し訳ございませんでした——」
少し青い顔をした職員さんが確認が取れた後に謝罪をしに来たがその言葉を遮るようにこちらも同じく言葉を返す。
「——こちらこそ申し訳ありませんでした。冒険者証のミスはこちらの落ち度です。お騒がせしました」
「……はい。私共も考えが及ばず申し訳ありませんでした」
「元を辿れば私の失敗ですので。それよりも最近はどうですか?」
「あぁ、4週間程迷宮内にいらしたんですもんね。最近ですか、11月に入ったのもあって肌寒い日が増えて来ましたね。山間部の街では陽もさらに短くなっているそうで日中の暗さもあって体調を崩す者が増えております」
「そうなのですか。冬が近づくと色々と大変ですね」
「はい。それにえっと、3が4だから……10月にあった第六次大規模氾濫の対応に手が回って無くてどこも忙しない様子ですね」
「五次氾濫はもう解決済みですか?」
「いえいえ、四辺りのものから後は全然ですね。特に中級ダンジョンは全国合わせて10個も氾濫を抑えられてませんから。それ以前のものも収束出来ていなかった場所は大体そのままのようです」
「そうでしたか。ありがとうございました」
「そろそろ行ける?」
「亮殿、申し訳ないです。もう行けます。それでは、ありがとうございました」
転移所を使いギルドルームまで戻ると迷宮内の様子を伝えて欲しいと言われる。継承者の未来視でも未踏区域は人を通しても全然視えなかったようでまるでブラックボックスだそうだ。そこで私は内部の様子、同じ構造の空間を無数の魔物を倒しながら進んだ事を伝え、後ろには戻れないことや左右の2択を迫られることなどを伝える。
「それじゃあ全部倒し終わった後に長居する場合は分からないけど跳んでも跳んでもモンスターハウスと。うーん、それは無理だね。どれだけ用意しても餓死確定とかどんな……拷問、そっかもしかしたらそれでこそダンジョンなのかもしれないね」
「どういう意味なのですか?」
「もともとのダンジョンって呼ばれてた場所ってさ拷問部屋だったり、優しめにいうとお仕置き部屋って感じなんだよね。日本には無いんだけど——」
「ある。あんたらは知らないだけ……ごめん。おはよ、じゅん君も戻って来たみたいでよかったよ」
「え、あ彩花さん、おはようございます」
「彩花さんおはようございます」
「邪魔してごめん、ボードに書いといたから。行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
ひどく暗くやつれている様に見えた彼女を見送り、少しの静寂の後私は話し出す。
「お仕置き部屋あるのですか?」
「いや、最低でも俺は知らないけど……彩花さんがああ言うならあるんだろうね。どこまで話したっけ。そうだ、ダンジョンの有無か。残念だけど今の日本にもあるみたい。それはそうとそんなコストがかかる改造をするなんて……でもじゅんが進み続けて25日かかるなら結構でかい、なら一時的なものなのか?」
「それとそこのボスがこのような物を持っていました」
そう言って巾着袋から剣を、人間換算大剣と言うべき大きさの武器を取り出す。
「魔鉄っぽいね。無くは無いけどいい武器持ってたんだ。よく勝てたね、凄いよ」
「ありがとうございます。ですが防具が切られてしまいました。申し訳ございません」
巾着袋から更に両断された盾と布切れを出す。
「派手にやられたね、けどこの武器相手じゃ仕方ないか。同等のは無いけど替えの服は部屋のタンスにあるから着替えて来な?」
「はい、ありがとうございます」
部屋に戻ると相変わらず閑散とした室内の一角にあるクローゼットを開けると中にタンスが入っていた。目隠し帯もある。最高の準備がそこにはされていた。その中にあった服に適当に着替え共同エリアに戻る。
「おかえり、そういえばステータスはどうなった?結構進んだんじゃない?」
ステータス
個体名:じゅん 種族:半人 レベル:50
スキル:下位自己鑑定・交換・変態
魔力操作・身体強化・武器強化
片手棍棒・短剣・盾
装備:中位魂器・隷属/召喚の腕輪
魔鉄短剣・収納袋
消耗度:11/300
「レベルが50になっています。それと消耗度がかなり進んでいます。これまでの適応もあって省エネモードなら6日は持つかもしれませんが私は追加の回復薬が欲しいです」
「おー!50おめでとう!とりあえず頭打ちかな?進化枠は何が出てる?」
種族欄を開くとそこには1個の進化先が書かれていた。
「1つありました。進化先は……妖魔“ドッペルゲンガー”だそうです」
「え」
亮殿の信じられないと言うような目線が私に突き刺さる。
「他に、他に何かないの?」
「ありません」
「はは、は。笑いしか出ないよ。半魔はこれまでもあったけどドッペルかよ……」
「妖魔というのが良くないものというのは分かるのですがドッペルゲンガーとはそんなにも嫌がられるものなのですか?」
今日会った職員さんの厳しい表情を思い返しながらそう問う。
「すごく悪名高い魔物だよ。人に化けて人の社会に、心に入り込む油断ならない奴だね」
「ならない方が良さそうですね」
「そうだね。……それはとりあえず置いといて消耗度が間に合って良かった。案外300って長持ちするんだね」
「いいえ、それは違います。行く前にほぼ最大値にしたのはその通りなのですが集めていただいた残りの回復薬全てを迷宮内で使用しています」
「あれを全部?」
「はい」
「まじかぁ……分かった、また貰ってくるよ」
「相談したらもらえるものなのですか?」
「いや、当然《交換》、人から買ってるんだよ」
「そうでしたか。でしたら私が代金を用意します」
「いや、それはしなくていいよ。……仲間としてね」
「今、なんと言おうとしたのですか?」
「いや、何も?」
「……私は亮殿が仲間以上に大切だと思える存在で、ですがその関係性は元マスターというだけだったとは思えないのです」
「いつから?」
なぜだか何かを期待するような目でこちら見つめられる。
「今回の迷宮のボスとの戦い、最後に起こった出来事で何か大切な事を思い出せそうになりました」
「どんなことがあったの?」
「両脚を切られました。綺麗にスパッと」
「ああ、なるほど。それで何を思い出したの?」
「前にもそんなことがあった事とその時彩花さんにお世話になったこと。そして怒る貴方の姿です」
亮は下を向き肩を震わせながら聞く。
「うん、うん。それで自分が何者かは分かる?」
「私は元人間で、……」
「間違っててもいいから、言ってみて?」
「私は元人間で、あなたの家族。私たちは兄弟ではありませんでしたか?」
「そう、そうだけど、違うよ。今も、今も兄弟なんだよ?——お帰り、じゅん」
いつの間にか力強く、でも優しく私を包み込んだ彼は『ありがとう、ありがとう』と呟きながら私を抱きしめ続ける。
なんだろうか、この湧き上がる衝動は。
「ただいま、……にいに」
それからは家族の話がされた。信じられないがもう1人の私のような兄弟のような双子のような家族が居ること。母親の住んでいた町が守り切られずに崩壊してしまいお葬式すらあげられなかったこと。残った家族を守るためにも戦い続けていること。多くの話を教えてもらい、亮殿もといにいにの話したいことを全て聞き終えると階段方向から声がかけられた。
「大変話しかけずらいのだけれど降りてもいいかしら?」
その声にハッとした兄は恥ずかしさからか顔を軽く叩き答える。
「もちろんです」
いつもより少し幸せな1日が始まる気がした。
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