【コミカライズ配信開始記念ss】少しでも触れていたくて
「へくしっ……!」
アドルフとともに薬を売りに、とある街に来ていた。その地域は一年のほとんどが雪に覆われていて、極寒の地だった。
暖かい格好をしてきたセルミヤだったが、くしゃみをし、鼻水を垂らしながら身震いした。
「うっ……寒い。特にこの、右手の辺りが……!」
セルミヤは手袋を外した右手を、アドルフにこれみよがしに見せつける。セルミヤの小さくて細い手は、冷気に晒されてすっかり赤くなっていた。指先はかじかんで震えている。
防寒対策に手袋は持ってきているが、右手だけ外している。その理由は、右隣に立っているアドルフと――手を繋ぎたいから。
なんとなく、自分から『手を繋ぎたいです』と誘うのが恥ずかしくて、彼が察してくれるのを期待していたのだが……。
「手袋をつければいいだろう」
期待外れの返答に、セルミヤはがくっと膝を折る。
アドルフはセルミヤの気持ちに全然気づく様子がない。
しかし、セルミヤはまだ諦めていなかった。さりげなく手を繋ぐために、頭の中で作戦を練る。
「て、手袋はどこかで落としちゃったみたいです。あれれ……おかしいな」
「鞄からはみ出てるぞ」
「ハッ!」
アドルフは手袋の指先が鞄からぴょこっと出ているのを指さした。セルミヤは慌ててそれを鞄の奥に押し込んで、「見間違いじゃないですか?」と誤魔化した。
(アドルフの鈍感……)
少し前を歩くアドルフの後ろ姿を睨めつけながら、むっと頬を膨らませる。
せっかく恋人になったのだから、もっとスキンシップをしたい。しかし、それを素直に口にできないのが、もどかしかった。
セルミヤは、両手を擦り合わせながら息を吐く。白い息は霧のように辺りに広がった。
「このままだと、凍え死ぬかもしれません……ああ、一刻も早く暖を取らないと……」
チラチラとアドルフの左手を見つめ、手を繋ぎたいアピールをする。これでどうだ!
すると、こちらを振り向いたアドルフが歩みを止め、身をかがめた。そして、セルミヤの顔を覗き込みながら、意地悪に口角を持ち上げる。
「そんなに俺と――手を繋ぎたいのか?」
「……!」
心を見透かされたセルミヤは、目を見開く。
「バレてた……」
「バレバレだな。素直に言えばいいもんを。――ほら」
そう言ってアドルフは、手袋をしたままの左手を差し出した。セルミヤは首を横に振る。
「手袋は外してください」
「は? 俺も冷えるだろ」
「だって……ちょっとでも、アドルフに触れていたくて」
手袋をつけていては、体温を感じられないではないか。
ほんのりと頬を朱に染めながら告げれば、彼はわずかに眉を上げた。アドルフは目を細め、セルミヤのわがままに応えて手袋を外し、その手を差し出した。こちらを見つめる眼差しに愛おしさのようなものが垣間見えて、セルミヤは胸をきゅんとときめかせる。
彼はセルミヤの冷たい手を優しく握り、自分の外套のポケットに入れた。ポケットの中が、アドルフとセルミヤの体温で次第に温かくなっていく。
「こうすれば、寒くない」
「はい。すごくあったかいです」
ふたり一緒にポケットに手を入れ、セルミヤはすっかり満足げな様子で雪道を歩いた。
アドルフは白い吐息混じりに呟いた。
「お前の手は、小さいな」
「アドルフの手は大きいです」
この手にずっと、守られてきた。指が長く、少しだけ筋のある、たくましい男の人の手。触れているだけでセルミヤの胸を高鳴らせるのは、アドルフの手だけだ。
「大人だからな」
「私も大人ですよ」
「ふ、そうか?」
「なんですか今の笑いと疑問形は」
アドルフと些細な言い合いが楽しい。こんな時間がずっと続いてほしいと思う。
「私、ふたりで話しながら歩く雪道が好きです。こう……胸の辺りがぽかぽかします」
「ああ、そうだな。……とても暖かい」
彼はセルミヤの手を包み込む力を少しだけ強めた。手のひらから伝わってくる温もりが、セルミヤを安心させる。
セルミヤは気分が良くなり、手袋がついた左手もかざした。指を握ったり広げたりして、にやにやとアピールする。
「こっちの手も寒いです!」
「ったく。両方繋いでどうやって歩くつもりだ? ふざけてないで行くぞ」
「ふふ、はぁい」
真っ白な雪の上に、ふたりの足跡が刻まれていく。朝方に止んだ雪が再び降り始め、セルミヤとアドルフの頭上にふわりと優しく舞い降りてきた。
本日2024年12月19日よりコミカライズ配信開始です!
作画:井上らい 先生
キャラクター原案:さんど 先生
私が幸せすぎるコミカライズになっております。ちょっと天然なセルミヤとクールなアドルフ、それぞれ魅力的に描いていただだき、とても嬉しいです…!
ふたりのやり取りがかわいく、ほっこりするのでぜひ読んでください︎^_^




