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【電子書籍配信記念SS】

 

「きゃあああっ……!」


 セルミヤはその夜、悪夢を見て目が覚めた。怖いお化けに追い回されるような、不気味な夢。ばっと半身を起こして両手で胸を押さえる。心臓は音を立てていて、額には汗で前髪が張り付いている。


(ああ……怖かった。夢か……)


 お化けに追いかけられたのが、現実ではなく夢でよかったと胸を撫で下ろす。しかし、もう一度横になって目を閉じるが、全然眠れない。羊を必死に数えても、お化けが脳裏を過ぎり邪魔をしてくる。


 すっかりお化けに心が囚われて1時間くらいが経過し、セルミヤは一旦寝ることを諦めてベッドから立ち上がった。


「……喉乾いた」


 水でも飲んでこようと、階段を降りてダイニングに行く。明かりのついていないダイニングがいつもより不気味に感じられて、背筋に冷たい汗が流れた。


(大丈夫、大丈夫。お化けなんて出たりしないわよ。落ち着くのよセルミヤ……)


 なんとか自分に言い聞かせて、すぅはーと深呼吸をする。

 部屋の明かりをつけるが、やっぱり恐怖心は消えない。窓に反射して変なものが写ったりしないか、チェストの引き出しから何かが飛び出してこないか、そんな想像が膨らんでいき肩を竦める。


(アドルフ、起きていたりしないかな?)


 悪夢を見たのだと話を聞いてくれるだけで、少しは落ち着く気がする。彼が起きている姿さえ見れたらきっと安心できるのに。そんな気持ちで、アドルフの部屋の扉に手をかけ、そっと押し開くと……。


「――ミヤ?」


 ちょうどすぐ目の前に立っていたアドルフが、こちらを見下ろしていた。まさか扉の後ろに人が立っているとは予想しておらず、暗闇に突然現れた彼の姿に驚く。セルミヤはびくっと肩を跳ねさせ、悲鳴を上げながら後ろに尻餅を着いた。

 

「ひゃあぁ@☆#&*%◎$+¥!?」


 ――ごん。後ろにひっくり返った拍子に、テーブルの脚に頭をぶつける。


「お、おい!? 大丈夫か!?」


 セルミヤの驚きっぷりにアドルフは困惑しつつ、心配してすぐに駆け寄ってくれた。ぶつけたところを怪我していないか確認しようと顔を近づけてくる彼。悪夢を見て心細くなっていたところに、アドルフの姿を見て安心し、じわりと目に涙が浮かぶ。

 頭の痛みなんてどこかに吹っ飛んでしまった。


「怖い夢を、見て……」


 ぐすぐすと泣き始めると、アドルフはふっと苦笑した。


「夢を見て泣いたのか? 子どもみたいな奴だな。頭は痛くないか?」

「少しだけ。でも平気です」


 彼はセルミヤの頭を優しく撫でた。その手つきが優しくて、伝わる体温が温かくて、心細かった気持ちが和らいでいく。


 アドルフに話を聞くと、物音がしてセルミヤが起きたことに気づいたらしい。セルミヤ一度寝ると朝まで滅多に起きないタイプなので、気になって声をかけようとしたところ、タイミングよくセルミヤが扉を開いたらしい。


「驚かせて悪かったな。今飲み物を用意してやるから、そこに座っとけ。何が飲みたい?」

「ホットミルクがいいです」

「――蜂蜜入りの、だな」

「はい」


 彼はセルミヤの好みを熟知している。厨房に行ってセルミヤのお気に入りのマグカップを取り出し、慣れた様子でミルクを温める。ミルクが入ったマグカップをダイニングに持ってきて、蜂蜜を溶かしてくれた。


「ほら、飲め。体があったまったらよく寝れるだろう。生姜を少し入れておいた」

「ありがとうございます……!」


 セルミヤは受け取ったミルクをほとんどひと口で飲み干し、カップをテーブルに置いた。よほど喉が渇いていたみたいだ。生姜が効いていて体の内側からぽかぽかしてくる感覚がする。


 お化けに追いかけられる夢を見たのだとつたえれば、彼が「生きてる人間の方がよっぽど怖い」と笑うので、セルミヤはムキになってお化けの恐ろしさを熱心に語った。

 そうこうしているうちに、また夜が更けていく。


「さ、俺はもう寝る。お前も部屋に戻れ」

「ま、待って……」


 そう言って椅子を立ち上がる彼。引き留めようと、咄嗟に後ろからぎゅうと抱きついた。


「なんだ? ひとりじゃ怖くて寝れないってか?」

「その……あの……」


 お化けが怖いというより、アドルフと話すのが楽しくて離れがたくなってしまったのだ。もう少し一緒にいたいけれど、どう伝えていいか分からず言い淀むセルミヤ。すると、アドルフは彼女の心を全て見抜いた様子で、口角を持ち上げる。


「――今日は一緒に寝るか?」

「……! い、いいんですか?」

「ああ、いいよ。だから一旦離れろ」

「あぅ……」


 しがみついているセルミヤだったが、肩を軽く押し剥がされる。


 セルミヤは急いで部屋に戻り、枕を持ってアドルフの部屋に入った。セルミヤはアドルフと同じ布団に入り目を閉じる。彼の傍で安心してすぐに意識を手放していた。アドルフは愛おしげにその寝顔を眺め、頬を撫でる。


「……おやすみ、ミヤ」


 実を言うと、アドルフも今夜はなかなか寝付けずにずっと起きていた。けれど、彼女の寝顔を見ていると、日々の悩みさえどこかへ飛んでいってしまうから不思議だ。


 彼女の寝顔を見ているうちに、アドルフも自然と眠りに落ちていたのだった――。


 これは、2人の何気ない夜のお話。

電子書籍の上下巻が、本日2023年11月24日より配信開始です。2万字以上加筆し、番外編の書き下ろしもさせていただいております。

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