第三話 幽霊屋敷の怪(1)
それは市電の牛込見附駅から徒歩十分ほどの所にある、古びた洋館であった。
広い敷地は高い塀に囲まれ、鉄の門は錆びついた鎖と鍵でしっかりと閉まっている。
「こちらです」
宇崎の案内で進んだ先には、蔦に覆われた塀がある。宇崎が蔦を持ち上げると、壁の一部が壊れていて、そこから中に入れるようだった。
「なんだかわくわくするな」
「お邪魔します」
「だからこれは不法侵入で……」
「もう観念しなよ一谷」
花村達の後に続き、理人は一谷を宥めつつ、屈んで塀の穴をくぐる。
人が長年住んでいないせいか、庭は随分と荒れていた。下草はぼうぼうと伸び、庭木の葉は鬱蒼としている。
用意してきたランタンを掲げて、花村を先頭に七人は庭を進んだ。
夜空は晴れ、白い弓張月が洋館をほの白く浮かび上がらせている。屋敷の壁には罅が入り、塗装が剥がれ落ちて薄汚れていた。割れた窓の向こうには暗闇が広がり、何とも不気味だ。
人が住んでいない家は荒れて痛むものだが、『幽霊屋敷』というだけあって、なるほど、確かに今にも幽霊が出てきそうな雰囲気である。
「なあ、もういいだろう。幽霊なんて会ってどうする、何を話すというんだ」
ガタガタと震える一谷は、理人の腕を掴んで引き返そうとする。
ふと、宇崎が「あっ」と一階の窓を指さした。
「どうした、宇崎」
「今、窓を光るものが通ったような……」
「何⁉ どの窓だ?」
吉永と花村が宇崎の指さす方を見るが、すでに光は無い。
「……ねえ、やっぱり帰りましょうよ」
寧々子が不安そうに言うが、花村と吉永は聞く耳持たず、光の正体を確かめようと、庭を横切って建物に近づく。
その時であった。
――キィィャアァァァァ……
甲高い音……何か苦し気な、締め殺されるような声が理人の耳に届いた。
「……今、何か聞こえなかったかい?」
「おい千崎、脅かすようなこと言うな――」
文句を言いかけた一谷だったが、再びあの細く、耳障りな高い音が響いてくる。「ひぃっ!」と一谷が大仰に飛び上がった。
今度ははっきりと聞こえた音に、皆も気づいたようで辺りを見回す。
「今の音は、一体……」
「あれを!」
吉永が声を上げ、二階を指さした。
二階の窓には、ぼんやりと人影が映っている。こちらを見下ろすように、じっと佇んでいる。
「出たあぁぁぁぁ!!」
人影を見た一谷が悲鳴を上げる。
さらには、庭の隅から低い唸り声がして、四つの青白い光が浮かび上がった。
まるで人魂のようにゆらゆらと揺れて近づいてくる。それは光る目を持つ巨大な化け物――大きな角が生えた巨大な犬のようなもの――だった。
「な、何なんですか、これは」
「きゃああっ!」
怪談上手の桐原も狼狽を見せ、寧々子は悲鳴を上げて一谷にしがみついた。
――ギィィャアァァァァ……
聞くだけで鳥肌が立つような、神経を爪でがりがりと削られるような、恐ろしい悲鳴。それだけではなく、今度は白く浮かぶ影が草むらから現れて、一同に襲い掛かってくる。
「うわっ⁉」
「ひぃぃっ!」
皆が怯えて外へと逃げようとする中、しかし理人と花村だけは呑気だった。
「花村さん、あれが幽霊ですか」
「うむ、初めて見るな」
もっとよく見たいと花村と理人が化け物や白い影を追おうとすると、その首根っこを一谷が掴んだ。
「この馬鹿者! 祟られたらどうするんだ!」
言うなり、一谷は理人達をそのまま引き摺り、一同は幽霊屋敷から退却することになったのだった。