(2)
次第に慣れてくると、皆思い思いに食事をし酒を飲み、語らい、そして時に歌い踊りながら、パーティーを楽しむ。
まさに宴もたけなわ、盛り上がっている真っ最中――ノックの音が響き、ぎいっと扉が開いた。
皆が驚いて扉の方を見ると、ビルの管理人である淑乃が佇んでいる。無表情でこちらを見つめる目は、鋭く冷たい。
その無言の圧に皆が息を呑み、先ほどの喧騒はどこへやら、部屋はしんと静まり返った。
「――皆さま」
低く、そして静かな怒りに満ちた声が室内に響く。
「ただ今の時刻は、お分かりになりますか?」
「ああ、ええと……九時かな」
理人が代表して答えると、淑乃は頷く。
「ええ、九時です。皆さまも重々お分かりのこととは存じますが、ここはバーでもダンスホウルでもございません。他の住人の方々のご迷惑になりますので、どうかお静かに願えますか?」
「……大変申し訳ございません」
淑乃の言葉に、すでに何度か彼女から注意を受けて怖さを知っている理人らビルの住人は謝罪したが、吉永は空気を読まず、にこやかに淑乃を誘う。
「まぁまぁ、そんなにかたいこと言わずに。どうですか、ぜひ貴女も一緒に――」
「お静かに、願えますか」
「……これは、どうもすみません」
淑乃の鉄壁は崩れず、吉永は引き攣った笑顔で謝る。「チャレンジャーだな、吉永君……」と誰かが呟いた。
淑乃が「それでは、おやすみなさいませ」と去った後、花村が呑気に言う。
「いやあ、久々に淑乃嬢の怒った顔を見たな。相変わらず美しい」
確かに綺麗だったが、それ以上に怖かった。無表情な分、内心の怒りがじりじりと肌に直接伝わってくるような怖さがある。花村以外の一同はぶるりと身震いした。
気を取り直した理人が皆を見回して問いかける。
「さて、どうしようか。もうお開きにするかい?」
「何をおっしゃるやら。まだまだ宵の口ではないですか。せっかく我々も打ち解けてきたのですよ、もっと楽しみましょう」
吉永が言うが、寧々子は首を傾げる。
「でも、歌もダンスも駄目なのでしょう? 静かにするよう言われたじゃありませんの」
「静かに楽しめること……ここはやはり、怪談か」
「なぜそうなる⁉」
理人の提案に、間髪入れずに一谷が突っ込んだ。
しかし花村や桐原は「おお、いいな!」「前回も楽しかったですからね」とやる気満々だ。
「怪談か。偶にはいいな」
「あら、なんだか面白そう」
「僕も、その、ぜひ……」
吉永や寧々子、大人しげな宇崎も意外に乗り気な中、反発するのは一谷だけだ。
「よし。決まりだな、一谷。怪談だ」
「お、おおおお俺は参加せんぞ! もう帰るからな!」
「帰ってもいいけれど……一谷、大丈夫かい?」
「な、なんだ」
「怖い話をすると、霊が集まってくるという噂がある。怪談をしようと決めた時点で、もしかするとすでに霊が集まってきているかもしれない。そんな中、一人で帰る一谷に霊の一体や二体付いていって、暗い夜道や一人きりの部屋で何かが起こるかもしれないけれど、それでも大丈夫かいってことだよ」
「だからお前は毎度人を脅かすようなことを……!」
あっはっはと呑気に笑う理人の胸倉を一谷は掴み、恨めしく揺さぶる。
仲の良い二人をよそに、周りでは「蝋燭あったぞ」「マッチはありますか?」「電気消しますよ」と怪談の準備を進めていた。
「よし、それでは怪談を始めるぞ!」
花村の開始の合図に、結局一谷は一人で帰る方が怖いと判断したらしく、観念して席に着いた。
それぞれ怪談を披露していく中、とうとう桐原の出番になる。
「桐原君は話が上手だからな。楽しみだ」
わくわくと花村が目を輝かせる一方、一谷は強張った顔で耳を塞いでいる。理人はこっそり一谷の背後に近づいて耳から手を外させた。
「おおおおい、何をする!?」
「人の話はちゃんと聞かないと。ねぇ、花村さん」
「うむ」
完全に面白がっている理人と花村に、一谷は恨めしい視線を送りつつも、律義に話を聞く体勢をとる。
桐原は一つ咳払いした後、静かに語り始めた。
《舞台感想》
激おこ淑乃パート2。
取り付く島もない淑乃さんが素敵。びびる皆さんも素敵。
そして怪談話へ移行。逃げる一谷を逃がさない花村と理人のタッグ、後ろでてきぱきと準備する皆さんが素晴らしい。
結局怪談に参加するはめになった一谷が体育座りしているのが可愛かった。