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(3)


 遊馬がとうとうと話し終えたところで、カホルが新聞へと目線を落とした。


「……お話を聞く限りでは、今回の事件の手口と、その『音楽隊』の手口では、だいぶ違いがあるように思えますね」


 カホルが示した記事には、「夜中に侵入して家人を襲い、金品を盗み出した」と一文があった。


「なぜ、こんなに違う内容の事件なのに『復活』と銘打っているのでしょうか?」

「ああ、それは、現場に残されていた紙に『音楽隊参上』とふざけたことが書かれていたからで――あ」


 思わずといった風に答えてしまった一谷が慌てて口を閉じるが、カホルは「なるほど」と頷く。捜査情報を話してしまった、と落ち込む一谷の肩を、理人は宥めるように軽く叩いた。

 理人はカホルに近づき、新聞を覗き込む。


「しかし、かつての音楽隊が復活したのだとしても、二十年以上経っているのだろう? 当時の犯人達はすでにご老輩になっているんじゃないかな。こんな強盗のような、体力が必要な事件を起こすのは難しそうだ」

「ええ。過去の事件の模倣犯、あるいは名前だけ名乗っている愉快犯という可能性もありますね……」

「おい千崎、それに小野君も。警察が捜査しているのだから、今回はあまり首を突っ込まないようにしてくれ。相手は強盗で、現に被害に遭った家では怪我人も出ている。物騒な真似はするなよ」


 理人とカホルが顔を突き合わせて話していると、苦い顔の一谷に窘められる。理人とカホルは顔を見合わせ、そして一谷に向かい、揃ってにこりと笑った。


「ええ、もちろん」

「わかっているさ、一谷」

「……本当だろうな」


 一谷の疑わしそうな眼差しを、理人もカホルも笑って流した。

 そうしている間に、珈琲と読書を堪能した客が帰っていき、カフェーの中は一時静かになる。

 その時、カフェーの扉が勢いよく開いた。扉に付いた呼び鈴がカランカランと激しく鳴る。


「やあやあ、ごきげんよう! 僕が来たぞ!」


 快活に挨拶するのは、小柄で、目がくりっとした栗鼠のような青年だ。彼の名は花村宗介。乙木ビルの住人であり、カフェー・グリムの常連客の一人である。

 花村の後ろからは、ぞろぞろと若者たちが入ってくる。青年が二人と、女性が一人。どれも初めて見る顔であった。


「いらっしゃいませ、花村さん」


 理人が会釈すると、洋シャツに赤い浴衣を羽織った奇妙ないでたちをした花村は、ぱっと顔を輝かせた。


「おお、ダビデ君! 今日もいい首筋をしているな」

「はは、どうもありがとうございます」

「ダビデ? まあ、あなた、ダビデと仰るの?」


 花村の後ろにいたワンピース姿の女性が小首を傾げる。


「ハイカラで素敵なお名前ですわ」

「ダビデというと……たしか、旧約聖書に登場する古代イスラエルの王の名前ですね。巨人のゴリアテとの戦いが有名です。美しい青年と謳われ、様々な芸術家が彼の姿を絵画や彫刻で表しています」


 とつとつと説明したのは、眼鏡を掛けた、大人しそうな書生姿の青年だ。傍らにいたもう一人の青年――こちらは三つ揃いのスーツを着た優男である――が感心の声を上げる。


「へえ、宇崎。随分と詳しいね」

「その、絵を描くときに勉強して……」

「せっかくだ、宇崎、絵のモデルになってもらえばいいんじゃないか? ダビデさんに」


 勝手に話が進む中、理人は苦笑して訂正する。


「あの、ダビデは花村さんが付けたあだ名のようなものでして……」

「ダビデ君はダビデ君だ。名は体を表し、体は名を表すのだよ。……おお、なんと! その背中の形は仁王君! 仁王君もいたのか」

「うっ」


 入店した花村に気づき、背中を向けてこっそりと隠れようとしていた一谷が、ぎくりと振り返る。

 一谷は決して花村を嫌っているわけではないのだが、会う度にモデルになってくれと迫られて、苦手としているのだ。

 対して花村は、喜色満面に理人と一谷の腕を掴む。


「ああ、何という巡り会わせか! ダビデ君と仁王君、二人が揃って僕の前に現れるとは。さあ、こうしてはいられない。二人とも、僕のアトリエに来たまえ。今すぐこの僕の情熱を粘土に叩き込み、いや、キャンバスに思いの丈をぶつけ――」


 過熱する花村を、理人は急いで止める。


「花村さん、落ち着いて下さい。今はカフェーの仕事中ですので……」

「ん? おお、そうだったな。いかんな、僕としたことが」


 聞き分けよく花村の暴走は治まったが、すぐにポンと手を打って言う。


「では今夜、僕の部屋で宴会をするから、二人ともぜひ参加してくれたまえ! この宇崎君がコンクールに入選したので、そのお祝いをするんだ」


 花村は、眼鏡の大人しそうな青年の肩を掴んで前に出す。宇崎という青年は、「え? あ、あの」と狼狽えながら理人達を見上げてきた。

 誰の予定も意見も聞かず、花村は言葉を続ける。


「なぁに、遠慮はいらんぞ、みんなでお祝いした方が楽しいからな。それでは夜の七時に僕の部屋に集合だ!」


 理人と一谷が口を挟む前に勝手に決められてしまった。

 すでに花村は「三宅さん、珈琲を四つお願いする。皆にぜひ振舞ってくれたまえ」と宇崎を含む三人の男女と共にカウンター席についている。

 賑やかに会話を交わす彼らを横目に、理人と一谷は顔を見合わせる。理人は「仕方ないね」と苦笑し、一谷は諦めたように肩を落とした。





《舞台感想》


一谷が事件に首を突っ込むなと釘を刺した際に、

主演二人が顔を見合わせた後、それはそれはいい笑顔と声で「ええ、もちろん」「わかっているさ」と掛け合う姿が、まさに理人とカホルでした。


そして花村登場。花村でした。原作でもそうですが、にぎやかですね。

さらに、三人のオリジナルキャラクターが登場します。


一応それぞれご紹介を。ついでにカフェーの二人組も。


宇崎善太郎 … 乙木サロンの新人画家。純朴で生真面目そうな青年。

吉永侑哉 … 乙木サロンの新人音楽家。ヴァイオリンを弾く。飄々とした陽気な青年。

長尾寧々子 … 乙木サロンの新人歌手。美人で勝気な女性。舞台女優を目指す。


遊馬義行 … カフェーの客。品の良い老紳士。

遊馬ミドリ … 遊馬の娘。朗らかなお嬢さん。


皆、それぞれ秘密を抱えております。

最後にどんどん謎が解けていきますので、更新をお待ちください。


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