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(2)

 一谷がカウンター席の奥に座っているカホルに近づくと、カホルは「ようこそ、一谷さん」と出迎える。

 軽く咳払いした一谷は、カホルに頭を下げた。


「小野君。先日は事件への協力、本当にありがとう。君のおかげで、行方不明の子供達を親元へ返すことができたよ」

「お役に立てて何よりです。ですが、礼には及びませんよ。私は犯人の居場所を探し当てただけですし、そもそも私の根拠のない推理を一谷さんが聞き入れて下さったからこそ、事件も解決したのです。むしろこちらの方こそ、あなたに感謝しなければなりません。それに、その後の子供達の捜索や救出は、あなた方警察の尽力の賜物ではないですか」

「小野君……!」


 なんて慎ましい子だ、と一谷は感銘を受けたようだが、理人はよそゆき用の猫かぶりをしたカホルにやれやれと肩を竦める。

 一体何を企んでいるのか、と理人が様子を見ていると、カホルが「そういえば」と話題を変えた。


「近頃また、物騒な事件が多いようですね。この『強盗団現る。音楽隊の復活か!?』など、大変な事件ではないのですか?」

「ああ、そうなんだ。俺も今、その捜査の手伝いに駆り出されていてな――」


 言いかけた一谷が、慌てて口を押さえる。しかしカホルが聞き逃すわけも無く――むしろ誘導していたのだから――、「おや、そうなんですか」と白々と相槌を打った。


「先日の浅草の件といい、立て続けに事件を担当されているのですね。ご活躍何よりです、一谷さん」

「う、うむ……」

「ところで、この記事によると、『音楽隊』という強盗団は明治の末頃に現れた集団だそうですね。なぜ二十年以上も前にいた強盗団を『復活』したと判断したのでしょうか?」

「い、いや、それはまだ捜査中で、話すわけにはいかんのだ。だいたい、俺もまだ音楽隊についてはよく知らず……」


 しどろもどろになる一谷であったが、ふと、その背後からのんびりとした声が響いてきた。


「おや、『音楽隊』ですか? 懐かしいですなぁ」


 声の主は、テーブル席に着いていた老紳士だ。突然話しかけられた一谷は戸惑いつつ尋ねる。


「あの、失礼ですが、あなたは……」

「おお、これは失礼しました」


 老紳士は帽子を取って挨拶する。


「私は遊馬といいます。いやはや、懐かしい名前を聞きまして、思わず口を挟んでしまいました」


 三つ揃いのスーツを纏い、首元にお洒落なスカーフを巻いた彼は、口ひげを撫でながら目を細める。


「最近の若い人は知らないかもしれませんなぁ。何しろ彼らが活躍したのは明治四十年頃の、一年にも満たない期間。君らが生まれて間もない頃でしょうからな。そこの坊ちゃんなど、まだ影も形もなかったに違いない」


 カホルに向かって言う遊馬を、同じテーブルに着いたモガが諫める。


「父さま、失礼よ」


 モガは、淡いクリーム色のワンピースの胸元に、鮮やかな緑色の石のブローチを嵌めていた。緑のリボンと相まって、良く似合っている。

 モガに窘められ、遊馬はおっとりと謝罪した。


「うむ。これはすまないね、坊ちゃん」

「いいえ、お気になさらず。……それより、あなたはどうやら音楽隊にお詳しいようですね。よろしければ、若輩者の私達に教えて頂けますでしょうか?」


 カホルが丁寧に頼むと、遊馬はワクワクとした表情で身を乗り出した。


「もちろん、よろしいとも!」




 ――音楽隊は、明治末期に活動した窃盗団である。


「彼らはいわば窃盗団であり、決して強盗団ではなかった」


 遊馬は語る。

 音楽隊のもっぱらの標的は、華族や財界人といった、いわゆる富豪、金銭的に余裕のある者であった。

 そして盗むのは美術品や装飾品、宝石の類のみで、金は奪わない。

 彼らの手口はこうだ。メンバー全員が西洋楽器を演奏することができ、楽団を装っては、夜会やパーティーを開く富豪の屋敷に入り込んだ。そうして演奏中、皆が気を取られている間に、仲間の一人が屋敷内の美術品などを盗み出すという方法だ。

 しかも巧妙に、すぐには盗難がばれぬように他の絵を飾っておいたり、中身をすり替えたりしていた。富豪達は、楽団が去ってからしばらくして、数日後あるいは十日以上経ってようやく盗難に気づいたのだった。


「そちらの店員さんだったら、ご存じでしょう」


 遊馬が水を向けたのは、カウンター内にいた三宅だ。三宅はいつも通り微笑を浮かべて頷く。


「ええ、存じております。当時は話題になっておりましたから。確か、最初の頃は夜会の参加者や屋敷の使用人を調べておりましたね」

「そう。それで余計に警察は混乱したのです。まさかパーティーの余興のために呼んだ、いわば背景の音楽を奏でさせるための楽団が犯人とは、当時の警察は思いもよらなかったのだろう」

「ええ。警察は幾度も煮え湯を飲まされ、結局彼らを捕まえることはできませんでした」


 月に一、二件同様の窃盗事件が起こり、半年も経てばさすがに警察も楽団が怪しいと気づいた。

 しかしながら捜査は混迷した。窃盗団に関わりのない普通の楽団員が疑われる事態になり、仕事が激減し、職を追われて生活が成り立たぬ者も一部出てきた。彼らが抗議のデモを起こしたこともあったそうだ。

 次第に自宅の屋敷でのパーティーを控える家も増え、ついにはそういう場で楽団を呼ぶことを止めるよう、警察からもお達しが出た。

 警察の懸命な捜査は続くも、結局『音楽隊』は捕まることなかった。やがて一年が経つ頃には窃盗団は姿を消し、事件は終息したのだった。


「不謹慎ではありますが、当時の『音楽隊』は民衆に人気がありましたね。金持ちからしかとらない、誰かを傷付けない、と」

「そう! 人を傷付けることなく、彼らは鮮やかに美術品を盗み出した。今でも覚えていますよ。受胎告知の油絵、雪舟や探幽の水墨画、神秘的な志摩の黒真珠、ロマノフ王家のダイヤモンドの首飾り、宝石をちりばめた太陽と月の時計、ミケランジェロの幻の片腕の女神像、黄金と白銀の宝冠、青の炎と称されたブルーサファイアの指輪……どれも新聞に載るたびに話題になったものだ」




《舞台感想》


もう一人の主演である渡部さんが演じるカホル君がもう本当にあざと可愛いこと!(褒めています)

おだてられた一谷がチョロいこと!(褒めています)

小悪魔がいる…恐ろしい子!と舞台を観ながら思っていました。


そして、老紳士二人目の登場。

謎の老紳士の遊馬は飄々とかっこよく、モガの娘さんはキュート! 衣装がみんな素敵でした。


この強盗団の説明のくだりはミュージカルになっているのですが、老紳士二人の歌唱が素晴らしくて。

遊馬さんはステッキ片手に、三宅さんはモップをマイク替わりにノリノリで歌って頂きました。

くぅ…もう一度見たい…!


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