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(3)


 一方、その頃――。


 カフェー・グリムにはちょうど吉永が来店していた。吉永は店内を一瞥すると、にっこりと愛想のいい笑みを浮かべる。


「ごきげんよう、乙木夫人」

「あら、ごきげんよう」


 吉永は店内につかつかと入って、宇崎に大きな風呂敷包みを差し出す。


「やあ、宇崎。これは僕からの選別だ」

「吉永。どうしたんだ、いきなり……」

「さて、僕はこれで失礼するよ。じゃあね、宇崎。……君の前途に、幸あらんことを」


 呆気に取られる宇崎に柔らかな笑みを見せた吉永は、颯爽と店を立ち去った。

 吉永の行動に、宇崎達は首を傾げる。さらに首を傾げる事態になったのは、乙木夫人が不思議そうに尋ねてきたからだ。


「……宇崎さん、今の方はどなた?」

「えっ⁉」


 宇崎はおろおろとしながら答える。


「どなたって、あの、吉永です。吉永侑哉ですよ。音楽家の……」

「おかしいわね。うちのサロンに吉永という者はいないわ。そもそも、彼の顔は初めて見るのだけれど」

「で、ですが……」


 どういうことだ、と皆が戸惑う中、一谷が「とりあえずその荷物を確認した方がいいんじゃないか」と宇崎の持つ荷物を示す。

 急いで荷を解いた宇崎は仰天した。


「こっ、これ……探幽の水墨画です! それにこっちは岡倉秋水の……」

「この指輪、ダイヤですよね。こちらのペンダントのルビー、すごく大きいですが……一体いくらするんでしょうか」


 騒然とするカフェーに、理人とカホルが戻ってくる。


「どうしたんだい、この騒ぎは……」

「お、おい、千崎! 吉永君に会わなかったか⁉」

「いや、会わなかったけれど……来てたのかい?」

「ああ。それでこれを置いて行ったんだが……」


 広げられた宝の山を見たカホルが、はっと何かに気づいて、カウンターに置いていた新聞を取った。


「……二十年以上前に盗まれた絵画が戻る……ああ、そうか、遊馬さんの言っていた『償い』は、このことだったんですね……」

「カホル君、一体どうしたんだい?」

「……これらはおそらく、かつて宇崎さんの家から盗まれた品物でしょう。『音楽隊』によって」

「え?」

「吉永さんは、盗品をかつての持ち主に返却しているんですよ。かれもまた、『音楽隊』の関係者だったんです」

「え、で、でも……」

「彼を見つけて問い質せば、明らかになるでしょうが……きっと、もう現れることは無いでしょう」


 悔しそうに顔を顰めるカホルの手の下で、新聞記事がくしゃりと音を立てた。




***




 重い荷物が無くなった吉永は、軽やかに路地を歩く。

 やがて道の先に見知った二人の姿を見つけて、吉永は片手を上げた。


「やあ、父さん」


 吉永が声を掛けたのは遊馬だ。隣にいたミドリが吉永に向かって「兄さん、どこに行っていたの?」と尋ねる。


「カフェー・グリムさ。ちゃんと宇崎……竹中善太郎君に返してきたよ。本来、彼が引き継ぐべきだった物をね」

「そうか。ありがとう」


 礼を言う遊馬に、吉永は軽く肩を竦めてみせる。


「まったく……今回は大変だったよ。わざわざサロンに潜入しろ、なんてさ。乙木夫人は不在がちだったら、顔を見られずにすんだけれど。サロンの庭師の伸樹ってやつと、番犬の怖いシェパードに見つからずに出入りするのに、どれだけ苦労したことか。いつも通り、こっそり部屋に忍び込んで物だけ返す方法だったら楽だったのに」

「仕方ないじゃない。調査してたら、あの乙木サロンが強盗団の次の標的だってわかっちゃったんだもの。対処できるようにしておかなきゃ」

「だったらミドリが潜入してもよかっただろう?」

「あたしよりも兄さんの方がヴァイオリン上手でしょ。それに潜入は、面の皮の厚い兄さんの方が得意じゃないの」

「へえ、お前も十分面の皮厚いと思うけど?」

「何よ! もう、ちょっと、頬を触らないでよ!」


 騒ぐ兄妹を、遊馬が「やめなさい」と宥める。ふん、とそっぽを向くミドリに、吉永は苦笑した。


「どうしたの。今日はミドリ、やけに機嫌が悪いじゃないか。父さん、何かあったのかい?」

「いや……少しね。あの坊やに、してやられたものだから」

「坊やって、もしかして、あのカホルって子かい? なかなか面白そうな子だよね」


 カフェーの片隅に座っていた、良家の子息のような子供。

 幼い見た目に反して、眼差しは大人びて時折鋭く光る、どこか不思議な子であった。


「ああ……実に興味深い子だよ。だが、次に会う時は気を付けた方がいい。お前も油断すると、痛いところを突かれるぞ」

「おっと、それは怖いね」


 吉永は(うそぶ)くと、うんと背伸びをした。


「……まあ、父さんの尻拭いをすると決めたときから、覚悟はしているからね」

「侑哉……」

「仕方ないから、もうしばらくは『償い』に付き合ってあげるさ。なあ、ミドリ」

「もう、いちいち偉そうなのよ、兄さんは」


 再び言い合いになる侑哉とミドリに、遊馬は小さく微笑んだ。





《舞台感想》

遊馬親子のやり取りがよかった!

ぷんすこする妹のミドリをからかう兄の吉永。それを諫める遊馬。仲の良さと信頼感があって、いいなあと舞台観ながら思っていました。


そして、乙木夫人の「今の方はどなた?」の言い方が好きだった。

コーヒーを飲みながらだったか、新聞を読みながらだったか、何かをしながらさりげなく、ぽんと爆弾落とすような感じで、すごく合ってたんだ…!


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