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(2)

 そんな中、遊馬とミドリが席を立ち、支払いをして店を出ていく。見送ろうとした理人の腕をふいにカホルが掴んだ。


「カホル君?」

「千崎さん、一緒に来て下さい」


 理人は首を傾げながらも、カホルに連れられて店の外に出る。一体どこに行くのかと思えば、カホルは先ほど店を出た遊馬を追いかけて声を掛けた。


「すみません、遊馬さん。お嬢さんがこれを落とされましたよ」


 そう言って、カホルは白いハンカチに包んだ緑色のブローチを差し出した。すると、ミドリの顔色がわずかに変わる。


「このブローチ、お嬢さんのですよね? 以前来店されたときに、あなたの胸元に付けられていたのを覚えています」

「え、ええ、そうね。どうもありがとう」


 ミドリが手を伸ばして受け取ろうとするが、触れる直前でカホルはさっとブローチを取り上げた。


「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。このブローチが飛んできて、寧々子さんの手に当たらなかったら、私は今頃ここにはいなかったかもしれませんから」

「っ!」


 ミドリが顔を強張らせた。


「……何の話かしら?」

「幽霊屋敷で私を助けてくれたのは、あなたでしょう? そして――」


 カホルが遊馬を見る。


「遊馬さん。あなたがかつての……本物の『音楽隊』ですね」

「……おや、面白いことを言う坊やだ。どうしてそう思うのかね?」


 遊馬は表情を変えずに、むしろどこか面白そうにカホルを見つめ返す。


「かつての『音楽隊』のことを調べました。新聞、雑誌……あらゆる記事を読んだときに、違和感を覚えました。以前、あなたがカフェーに来た時に、『音楽隊』のことを詳しく話してくれましたね。その中であげた盗品『受胎告知の油絵、雪舟や探幽の水墨画、神秘的な志摩の黒真珠、ロマノフ王家のダイヤモンドの首飾り、宝石をちりばめた太陽と月の時計、ミケランジェロの幻の片腕の女神像、黄金と白銀の宝冠、青の炎と称されたブルーサファイアの指輪』……」


 つらつらとカホルが羅列する。素晴らしい記憶力だ。

 遊馬も感心したように「ほお」と目を瞠った。


「これらの中で、『太陽と月の時計』と『ブルーサファイア』は、いずれの記事にも載っていませんでした。警察に確認したところ、持ち主が名称を出さないように頼んでいたようです。つまり、この二つが盗まれたことは、警察と被害者、そして犯人しか知りえません。遊馬さん、どうしてあなたはこのことを知っていたのですか? ちなみに、あなたが被害者でも警察でもないことは、すでに調べています。それに――」


 カホルは、遊馬のスカーフが巻かれた首を指し示す。


「あなたは弦楽器を弾かれるようですね。スカーフで隠してはいますが、私の目線だと、あなたの顎の左下にある痣がちょうど見える。ヴァイオリン奏者の方によく見られる痣です。……あなたは、一体何者なのですか?」

「ちょっとあなた、何を言いたいの? 変な言いがかりはよして――」

「ミドリ、やめなさい」


 カホルに詰め寄ろうとするミドリを、遊馬が制する。そうして、カホルの前へと進み出た。


「……たとえ私が本物の音楽隊だとしても、どこにも証拠はない。君の記憶の中の、私の証言だけだ。私が否定すれば、それで終わりだよ」

「ええ、その通りです」

「確たる証拠もないのに、なぜそんな話を私にしたのかな?」

「……以前、あなたは音楽隊をこう評しました。『人を傷付けることなく、彼らは鮮やかに美術品を盗み出した』――と。ですが、違います。あなた達が行った盗みは、少なからず誰かを不幸にし、道を踏み外させるきっかけとなった」


 カホルはまっすぐに遊馬を見上げ、黒い眼差しに力を込める。


「誰から盗もうが、人を傷付けようが傷付けまいが、盗みは盗み、犯罪は犯罪です。褒め称える要素など、どこにもありません」


 普段より厳しい口調のカホルの言葉は、登坂や寧々子の心を代弁するものだった。


 今回の『音楽隊』は、過去の『音楽隊』がいなければ存在しなかったはずのものだ。

 犯人でありながら、被害者でもあった彼ら。

 生きるため、そして遣る瀬ない思いをぶつけるために犯罪に手を染めた。

 警察に捕まり罪を償うことになる寧々子達と違い、遊馬は今も自由の身である。


 カホルが抱いたのは、寧々子達への憐憫、遊馬を含む過去の音楽隊への義憤。……そして、彼らを捕まえる術を持たぬ己自身への無念だったのかもしれない。


 カホルの非難を、遊馬は静かに微笑んで受け止める。


「……ご忠告、痛み入るよ。だが、私も私なりに、過去への償いを続けるつもりだ」


 それだけ言うと、遊馬はミドリを連れて背を向ける。悠々と立ち去る彼らを、カホルと理人は見送ることしかできない。

 ふと、遊馬が振り向いて、カホルの手の中にあるブローチを指し示した。


「ああ、そうだ。その緑色の――翡翠のブローチは、おそらく君達が探しているものだろう。乙木夫人に渡してもらえるかな、小野カホル君」


 遊馬はカホルをじっと見据えた後、今度こそミドリと共に去っていった。






《舞台感想》

この時の遊馬とカホルのやり取りが素晴らしかったです。本気で怒るカホル君を初めて見た。



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