第八話 めでたしめでたしでは終わらない(1)
幽霊屋敷での捕り物から一週間ほど過ぎた頃。
カフェー・グリムは普段通りの客の入りで、三宅が淹れた珈琲の香りが店内を満たしている。テーブル席には、先日も着ていた遊馬が、娘のミドリを連れてのんびりとくつろいでいた。どうやらカフェー・グリムの常連になりつつあるようだ。
そんな中、乙木ビルの住人で常連客でもある花村と桐原、そして事件がひと段落して休みが取れた一谷が、カウンターで先日の捕り物のことを話している。
「――はあ。それでは、あの屋敷で見たのは幽霊ではなかったのですね」
「うむ。まさか強盗団だったとはなあ。……しかし、あの時のダビデ君の活躍ぶりはすごかった。まるでほら、あれだ、名探偵とかいうやつみたいだったぞ!」
「ははは……ありがとうございます」
花村の称賛に、理人は曖昧に笑む。
実際は、あの時披露した推理はほぼカホルが考えたもので、理人は探偵の代理として言っただけだ。カウンターの隅を見やれば、カホルは新聞を広げて知らぬふりをしていた。
一谷は腕を組んで苦い顔をする。
「まったく、結局今回も事件に思い切り首を突っ込んできたな。小野君も危ない目に遭わせて……無事だったからよかったものの、あのまま人質に取られていたら、今頃どうなっていたかわからないんだぞ」
確かに一谷の言う通り、カホルが寧々子に人質に取られた時は流石に焦った。
……そういえば、あの時、何かが飛んできて寧々子の手に当たったように見えた。
よくは見えなかったが、あれのおかげでカホルは助かったようなものだ。
一体誰が、何を投げたのか――理人が考えていると、扉のベルが鳴った。
入ってきたのは乙木夫人と宇崎だった。
「いらっしゃいませ、乙木夫人」
「ごきげんよう、千崎さん」
乙木夫人は紅い唇に笑みを浮かべる。
「今回の事件、解決してくださってありがとう」
「ですが、結局依頼されたブローチについては取り返すことができずに……すみません」
「謝る必要はないわ。私の依頼は音楽隊とブローチの調査。今回の強盗団が二十年前のものと違うことが分かっただけで十分よ。それに、今回あなた達は、私のサロンの危機を防いでくれたんだもの」
そう、強盗団は寧々子を潜入させて、乙木サロンを次の標的にしていた。強盗団を捕まえたことで、図らずもサロンの危機を救ったのだ。
「……まさか寧々子さんが……とても素敵な歌声を持っていたのに、残念だわ」
乙木夫人は憂いの息を吐いた後、気を取り直すように「ああ、そういえばね」と後ろにいた宇崎を招く。
「宇崎さんのこと、全部聞いたわ。それで……私、あの屋敷を買い取ろうと思っているの」
「え!?」
乙木夫人の提案に、一同は驚く。乙木夫人は「うふふ」と楽しそうに笑った。
「宇崎さんから、頼まれたのよ」
「宇崎さんが?」
「ええ、取引だと言ってね。これからもっともっと素晴らしい作品を描く、いずれは有名画家になって、その時に屋敷を僕が買い取ります、って宣言したの」
「は、はい……」
宇崎は顔を真っ赤にしながら頷く。
乙木夫人はそんな彼の肩を叩きながら言葉を続けた。
「まあ、ちょうど今のサロンも手狭になってきたことだし、第二のサロンを作ろうかと考えていたところだったのよ。うちのサロンの子達の展示会の回数を増やしてほしいってお客様からの要望も多くてね。いっそギャラリーを併設しようかしら……うふふ、楽しみだわ……」
さすが『昭和の女男爵』、女性実業家として名を馳せるだけある。単に宇崎に同乗して屋敷を買うわけではなく、未来への投資、宇崎への大きな期待も抱きつつ、自分の利益が損なわれないように考えていた。
宇崎はばっと顔を上げる。
「僕……僕、いつか必ず有名になります! 家を買い戻すだけじゃなくて……父に、きっとどこかにいる父に、僕の絵に気づいてもらえるように。そうして、いつ帰ってきてもいいように、あの家で待つんです」
母や妹達にも手紙を出し、今度会いに行くのだと、宇崎は頬を赤くしつつも告げる。その表情は、全てを失っていたと諦めていたあの時と違い、力強いものだった。
宇崎を力づけるように、花村が言う。
「宇崎君なら大丈夫だ。君はきっと、素晴らしい画家になる」
「花村さん……ありがとうございます」
「まあ、僕の方が上だがな!」
相変わらずの花村節に、店内に笑いが零れた。




