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(2)


「!」


 宇崎がばっと顔を上げる。

 理人の隣にいた一谷は、「本当か?」と目を瞠る。それに答えたのはカホルだ。


「ええ、本当です。この屋敷のことを調べた時に、住んでいた実業家についても調べました。竹中氏は先の震災の折に会社と工場を失って破産、六年前にこの屋敷を手放しています。そして彼の息子である善太郎さんは、美術学校に通う優秀な学生でしたが、学費が払えなくなり辞めざるを得なかった、と」

「六年前……美術学校……ああ! 花村さんが言っていたことと同じだな」

「その通り。善太郎君はその時に花村さんと出会い、乙木サロンを紹介されたのだろう。もっとも、苗字は違うけれど」

「ち、違います、僕はっ……」


 否定しようとした宇崎の前に、理人が写真を出す。


「君が美術学校にいた頃の写真を、花村さんの友人から借りたよ。その際に、君が『竹中善太郎』であることも聞いた。まあ、そこの棚にある家族写真を見れば、明白になることではあるけれどね。さて、これでもまだ否定するかい?」


 宇崎は理人を呆然と見つめ、やがて観念したように大きく息を吐きだす。


「……“宇崎”は、母方の姓です」


 ぽつりと宇崎が答えた。


「確かに、ここは僕達家族が住んでいた屋敷です。この部屋は、僕の部屋でした」


 宇崎は暗い部屋の中を見回した。


「……父は屋敷を手放すとき、僕ら家族に迷惑が掛からないようにと、母と離縁しました。そして母は妹達を連れ、遠い親戚を頼って九州へと行きました。僕は幸いにも、花村さんに出会うことができて、この帝都に残り、何とか絵の道を進んでいます。父は……その後の行方は知れません。屋敷を出てから一度も、何の連絡もくれませんでした。……僕達家族はばらばらになりました。父や母、妹とも、もう何年も会っていません。……きっとこれからも、家族みなが揃うことは無いのでしょう」


 宇崎は項垂れる。


 行方の知れない父親。きっとすでにこの世にはいないのだろうと、宇崎は感じているのだ。

 宇崎は家族を恋しく思うとき、この屋敷に来ていたという。塀の抜け穴は子供の頃に見つけたらしく、それを使って中に出入りしていたそうだ。

 そうして度々、家の様子を見に来ていた宇崎だったが――


「半年前、この屋敷に僕以外の何物かが出入りしていることに気づきました。……それが、あの強盗団だったのです」

「なぜその時に警察に通報しなかったんだ?」


 一谷が尋ねると、宇崎は泣きそうな顔で答えた。


「最初は、警察に連絡しようと思いました。でも、そうしたら自分がここに出入りしていたことが警察に知られてしまう。いずれ、僕がこの屋敷に住んでいた『竹中善太郎』であることも、気づかれてしまうのではないかと……」


 父は、家族を守るために離縁し、子供らの姓まで変えさせた。その思いを踏みにじることになるのではないかと、宇崎は警察への通報を躊躇ってしまった。

 宇崎が悩んでいる間にも、強盗団の画策により、自分達の住んでいた屋敷が『幽霊屋敷』と呼ばれるようになってしまい、誰も寄り付かないようになっていた。


「どうにか、彼らを追い出せないかと考えました。でも、僕一人では強盗に立ち向かえない。そうしたら、あの夜……僕のお祝いを花村さんがしてくれたときに」


 そこで宇崎は一谷の方を見た。


「あなたが警察官だと聞いて、ある考えが浮かんだのです。肝試しにかこつけて、警察官のあなたを連れて屋敷に行けば、強盗団に気づいて……追い出してくれるのではないかと、そう思ったんです」

「なるほど……けれど、一谷が予想以上に怖がりでヘタレだったため、失敗に終わってしまったわけだね」

「おいこら千崎!」


 ばっさりと言った理人に、一谷が顔を赤くして怒鳴る。

 宇崎は首を横に振った。


「いえ……いいえ、そうじゃないんです。結局僕は、何もできなくて……強盗団を追い出したとしても、結局ここは空き家に戻るだけです。そうして、いつかは誰かに買われてしまう。どのみち失ってしまうものなんです」


 そうして宇崎は、体の両脇で拳を強く握る。


「僕はすべて人任せで、何もしてこなかった……父さんの時もそうだった。父さんの言う通りにして皆離れ離れになったけど、本当は、あの時無理やりにでも父さんを止めればよかったんだ。父さん一人に背負わせずに、皆で父さんを支えればよかった。家なんか無くたって、一緒にいるだけで、きっと、それだけでよかったのに……!」


 無くなったものに気づいた時にはもう遅い。

 残ったものを慌ててかき集めてみたところで、それは本当に欲しかったものではないのだ。


「家よりも大事なものを、もう僕は失っていたんです……これは、僕のわがままだったんです。一谷さん、千崎さん。あなた達を利用して、本当にすみませんでした……!」


 頭を下げる宇崎に、理人は近づいた。棚にあった写真立てを取り、彼に差し出す。


「……失ったと決めるのは、まだ早いんじゃないかな」

「あ……」


 写真立てには、竹中家の家族写真が入っていた。


「何もしてこなかったと思うなら、今からすればいいだけさ。後悔しているなら尚更だ。……それとも、これから先も、君は何もしないで後悔だけするつもりかい? それこそ、すべてを失ってしまうんじゃないのかな」


 理人の言葉に、宇崎はぐっと唇を引き結ぶ。

 やがて写真立てを受け取ると、宇崎は深く頭を下げた。彼の足元に落ちる雫と小さな嗚咽に、理人は気づかないふりをした。



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