(4)
理人が言うが、女性はなぜか愉快そうに笑った。
「おかしなことを言うねぇ。……あたしら、二人だけだって?」
女性は隣の男を見上げた後、すっと視線を理人に――いや、理人のはるか後ろの方へと向けた。そこには、カホルと寧々子がおり――。
寧々子がいきなり、傍らにいたカホルの首に腕を回して羽交い絞めにする。
「なっ……!?」
「……ごめんなさい、坊や」
カホルを拘束した寧々子は、強張った表情を浮かべる。
「カホルさん!」
「カホル様!」
伸樹と淑乃が助けようとすると、すかさず寧々子は「来ないで!」と腕に力を込めた。その腕は小さく震えており、力の加減ができていないのか、カホルの顔が苦し気に歪む。
「動かないで! この子がどうなってもいいの?」
「寧々子君……」
花村が「どういうことだ」と眉間に皺を寄せた。
形勢が逆転し、女性がくくっと低く笑う。
「悪いねぇ。寧々子は、あたしらの仲間なのよ」
「……」
「この子を乙木サロンに潜入させていたのさ。あそこには、美術品も古書もいっぱい置いてあるって噂だからねぇ、次の標的にしていたんだよ。……そこの宇崎ってやつのお祝いに参加させたのも、あの高級な乙木ビルの偵察ができる機会だと思ったからだけど……まさかここに肝試しに来るなんてねぇ。まったく、なんで引き止めなかったんだい、寧々子」
「……ごめんなさい、姉さん」
「……まあ、いいわ。こうしてちゃんと役に立ってくれてるし」
女性は微笑み、理人達の方を向く。
カホルを人質に取られて、理人も一谷も為すすべもない。カホルはもがいて拘束を外そうとするが、寧々子が顔を顰め「大人しくして!」と腕に力を籠める。
「カホル君!」
「さあ、その坊やの命が惜しければ――」
女性が言いかけた、その時である。
「きゃっ……!」
夜の闇に紛れて飛来した何かが、寧々子の手に当たった。
ナイフを取り落とした隙を逃さず、一息に飛び掛かった伸樹が寧々子の腕を掴んで引きはがし、淑乃がカホルを取り戻す。
そのまま伸樹は寧々子を抑え込み、理人に向かって「千崎さん!」と声を上げる。
理人は女性に向き直った。
「さあ、どうする?」
「くそっ! ――乾!」
女性は傍らの大柄な男に命令する。
乾と呼ばれた男は、改めて見ても大きな男だった。理人と同じくらいの背丈のうえ、幅ははるかに広い。さすがに彼を倒すのは難しいかと思った矢先、理人の隣に無言で一谷が並ぶ。
どちらからともなく目配せして、先陣を切ったのは理人の方だった。乾に攻撃してできた隙をつき、一谷が木刀を振るう。見た目も性格もまったく異なる二人ではあるが、喧嘩の際には妙に息が合うのだ。
とはいえ、乾は相当な手練れであった。恵まれた体格と力に加え、何かしらの武術をやっているのか、理人達の攻撃をいなして反撃してくる。
苦戦はしたが、二対一。次第に生まれる隙をついて、一谷の木刀の一撃が入ったところに理人が追い打ちをかける。
そうして二人がかりで何とか乾を地面に抑え込んだ。荒い息を零して顔を上げると、吉永が女性と対峙していた。
「……あなたが『音楽隊』ですか?」
「何をいまさら……」
「いや、僕の知る音楽隊とずいぶん違ったものだから。……まるで偽物だ」
すると、吉永の言葉が気に障ったのか、女性が激昂する。
「何が偽物だ! 本物も偽物もない! 盗みは盗み、気取ったところでしょせん只の強盗だろうが!」
女性は吉永に殴りかかるが、吉永は軽くその拳を躱す。しばらく二人の攻防は続いたが、やがて吉永が女性の腕をひねって拘束した。
「放せ! この野郎! 悪いのは『音楽隊』なんだ!」
「……」
吉永は無言で、ただ女性を見下ろしていた。




