(2)
一方、それより少し前のこと――。
夜更けの牛込見附の幽霊屋敷の前には、理人とカホル、淑乃と伸樹、そして一谷、花村と、前回肝試しに参加した宇崎、吉永、寧々子が揃っていた。桐原は夜勤のため不在であった。
暗闇の中、古びた屋敷は黒々とした影となって聳え立って、前回と同様に薄気味悪い。寧々子が不安そうに屋敷を見上げた。
「どういうことですか、花村さん。また肝試しをするなんて……」
「いやあ、ダビデ君に幽霊の正体を暴きに行こうと誘われてな」
「ええ、実は幽霊の正体に心当たりがありまして。それを確かめたかったのです。皆さんも、幽霊の正体が分かれば安心するのではないかと思いまして」
理人は花村に頼んで呼び出してもらった宇崎らを見回す。宇崎はおどおどと視線を逸らし、吉永は微笑む。寧々子は眉を顰めつつ、カホルの方をちらりと見た。
「そんな子供まで連れてきて……危ないんじゃありませんこと?」
「すみません。幽霊屋敷に興味がありまして、無理を言って連れてきてもらいました」
カホルは澄ました顔で弁明した。それでも不満そうな寧々子を宥めるように、吉永が前に出る。
「まあまあ、人数が多いに越したことはありませんよ。幽霊の正体も気になりますし、そろそろ行こうじゃありませんか」
「そ、そうですね……」
宇崎も賛同し、一同は先日と同様に塀の穴から屋敷の庭へと入った。
「おい、千崎、本当に幽霊の正体なんてわかったのか。大丈夫なんだろうな」
理人に連れてこられた一谷は、持参した木刀を抱きつつ、相変わらず緊張した面持ちで周囲を見回している。
鬱蒼と荒れた庭を進んでいくと、再びあの甲高い、『キィィャアァァァァ……』という悲鳴のような音が聞こえてきた。
皆がぎょっと立ち止まる中、草むらががさがさと音を立てる。
低い唸り声と共に現れたのは、あの光る目の化け物だ。青白い四つの光が揺らめき、唸り声と共に勢いよく近づいてくる。
すると、一同の前に淑乃と伸樹が前に立った。動じた様子のない二人の手には、長いロープが握られている。ロープの端を持った二人は、飛び掛かってきた化け物の前にタイミングよく、それをぴんと張った。
ロープに引っかかった化け物は、「キャンッ!」と声を上げて地面を転がる。
よくよく見れば、それは二匹の大きな犬だった。地面を転がった二匹はすぐに起き上がり、警戒するように唸る。その頭には角が生え、目は青白く光っている。
「あ、あれは犬なのか……?」
「ええ。角は頭に付けているのでしょう。ほら、よく見るとベルトで固定されています。それから、おそらく夜光塗料のようなものが目の周りに付けられていますね。だから青白く光って見えるのですよ」
呆然と呟く一谷に、カホルが淡々と答えた。
その間にも、犬は体勢を立て直して、再びこちらに襲い掛かってくる。化け物ではないとわかったが、人の背丈ほどもありそうな大きな犬だ。狂暴に振るわれる爪や牙に、しかし淑乃も伸樹も慌てる様子は無い。
「いやあ、犬の躾は得意なんですよね、俺」
乙木サロンでシェパード犬を調教している伸樹は、ロープをぴしりと鞭のようにしならせて、楽し気に笑った。淑乃も黙々と犬の攻撃をかわしては、ロープを鞭代わりにして容赦の無い一撃を与えている。
一同が呆気に取られている中、今度は先日と同様に、白く浮かぶ影があちらこちらから近づいてきた。周りを取り囲み、ゆらゆらと白い影は揺らめく。
「ひっ!」
一谷めがけて近づいてきた影に、理人が立ちはだかった。飛び掛かってきた白い影を避けて、すれ違いざま、白いものを掴んで引く。
すると、白いものがばさりと外れ、中から人間――柄の悪そうな男が姿を現した。
「なっ……!」
「一谷! これが幽霊の正体だよ」
理人は手の中の白いもの――白く薄汚れたシーツを放り投げる。
そう、白く浮かぶ影はシーツを被った人間。幽霊のふりをしていた只の人間だったのだ。
さらに、その足元には、古びたヴァイオリンと弓があった。理人が拾い上げて、弦を弓で鳴らすと、引っかかるような手ごたえと共に「キィィャアァァァァ……」と耳障りな音が鳴った。
「そしてこれが、幽霊の悲鳴の正体だ」




