第六話 幽霊屋敷の戦い(1)
それから数日後――。
月もとうに沈んだ真夜中、牛込見附にある古びた洋館に、人目に付かぬように黒い人影が入っていく。洋館の奥まった一室に集まった彼らは、黒い覆面を取って一様に笑い出した。
「ひゃははっ! 今回も上手くいきましたね、団長!」
「ほら見てよ、これ、江戸の頃の小判だって!」
「こっちはダイヤの指輪だぜ。このでっかいダイヤ、売ったら幾らになるんだろうなぁ」
盗んだ金品を自慢げに広げるのは、『音楽隊』と称して世間を騒がせている強盗団の一味だ。
騒ぐ彼らの中心で、団長と呼ばれた女性――登坂栄子は悠々とソファーに座った。
「みんな、今回もよく働いてくれたね。まずは祝杯といこうじゃないか」
登坂の言葉に、大柄な男――乾健次が近づいてワインの瓶を渡す。登坂は瓶を掲げて声を上げる。
「それじゃあ、我らの成功を祝して――乾杯!」
「乾杯!!」
登坂の音頭に、男達は戦利品を前に思い思いに酒を煽る。
登坂も豪快に瓶ごとワインを呷り、唇を拭った。
「乾、お前も飲みな」
「いえ、俺はやめときます」
ぼそりと断った乾に、登坂はカラカラと笑う。
「あんたねぇ、気ぃ張ってんじゃないよ。今日の盗みも上手くいったろう? 警察にはまだまだ捕まらないよ。偶には気を抜きな。他に見張りもいるんだからさ」
「ですが……」
「だいたい警察なんて、昔の『音楽隊』だって捕まえられなかった連中だよ。どいつもこいつも、役立たずの能無しばっかに決まってるさ」
登坂の声に、わずかな怒りが滲む。
かつて、登坂の両親は小さな楽団に所属する音楽家だった。
父はヴァイオリン、母は歌い手として活躍していた。父は浅草オペラで演奏したこともある腕前で、登坂はこっそり舞台裏に入らせてもらい、オペラを間近で見て感動した覚えがある。幼い登坂は、妹と共にオペラの真似をして歌っていたものだ。
しかしある日、家族の生活は一変した。
窃盗団『音楽隊』の登場のせいだ。
彼らのせいで、登坂の両親の楽団――いや、それ以外にも、多くの楽団が窃盗の疑いをかけられた。盗みがあった富豪の屋敷の夜会で演奏していたことがあるからと、たったそれだけの理由で。
噂を立てられた小さな楽団はどこの夜会にも呼んでもらえなくなり、やがて両親は職を失った。別の楽団を探そうにも、『音楽隊』のせいで職を失った楽団員達があぶれて難しい。
結局、父は慣れない力仕事に就いたものの無理がたたって大怪我を負い、それがもとで一年後に亡くなった。その後は母が登坂と妹を育ててくれた。バーで女給として働くも、生活は困窮していた。
登坂も小学校を出てすぐに働きに出て家計を支えたが、母は酒浸りになり、やがて体を悪くして亡くなった。その後は登坂と妹二人で、苦しい思いをしながらも何とか生き延びてきた。
そんな時、登坂は乾と再会した。
乾はかつて、両親と同じ楽団に務めていた楽団員の息子で、登坂とは幼なじみのような関係だったのだ。乾の父は大柄で、コントラバスという大きな弦楽器の奏者であった。乾もまた、父譲りの立派な体格をしている。
乾も登坂と同じく、親の失職によって随分と苦労してきたそうで、二人は互いの苦境を慰め合い、そして積年の恨みを語らった。
――どうしてあたしらがこんな目に。
――『音楽隊』のせいだ。あいつらさえ現れなければ幸せな人生を送れたのに。
――あいつらにあたしらの人生は盗まれた。だったら、あたしらだって、盗み返してやればいい。
やがて登坂は、同じような恨みを抱く者を集めていった。
そして考え付いたのが、『音楽隊』を名乗って強盗をすることだ。
「何が『音楽隊』だ。金持ちからしか盗らない、貧乏人には手を出さない、人を傷付けない正義の窃盗団? はんっ、ふざけんじゃないよ! あいつらのせいで、あたしらの人生めちゃくちゃになったんだ!」
ドン、とワインの瓶をテーブルに叩きつける。
「あたしらがやってることと、あいつらがやったことに何の違いがあるんだい。気取ったところで、盗みは盗みなのさ」
その通り、と周囲から声が上がる。
「これからも盗んでやって、『音楽隊』の名を地に落としてやればいい。気取ったあいつらの顔が見たいもんだよ。どうせ今頃は老いぼれて、どこかでくたばっているだろうけどね」
登坂が勢いよく立ち上がる。
「そうさ。あいつらよりもたくさん盗んで、あたしらが本当の、悪名高い強盗団『音楽隊』になってやろうじゃないか!」
登坂の掛け声に、皆も気合の声を返す。
しかし一人、乾だけは不安そうな面持ちで登坂の肩を握った。
「団長、騒ぐのもほどほどになさって下さい。誰かに気づかれたら……」
しかしそんな乾の忠告も、見ていた一同がからかう。
「ははっ、乾の旦那は心配性だな。声に気づいたところで、誰も寄り付きゃしねぇよ。なんせここは、見るも恐ろし聞くも恐ろしの幽霊屋敷だからな」
「そうそう、誰か来たところで追い返しゃあいいのよ! この間みたいに、肝試しする好き者連中は、要望通り、たぁっぷり脅かしてやりましょう」
「あの時、一番ガタイのいいやつが一番ビビってたよな。あれは笑えたぜ」
げらげらと笑い合う一同だったが、そこに見張りの部下が早足でやってきた。
「団長、また誰かが庭に入って来たようです」
「まったく懲りないねぇ……よし、存分に脅かしてやりな」
登坂の命令に、意気揚々と一同は庭に向かう。乾は一人溜息を付いた後、彼らの後を追った。
《舞台感想》
とにかく団長が綺麗でかっこよかった…!
衣装もお姿もばっちり合っておりました。手下役のダンサーの方々も素敵でした。
そして乾さんもかっこよ……いや、舞台上ではかっこよかったのですが、役者さんと舞台後にお話させて頂いた時とのギャップがすごかった…。




