表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

プロローグ


 これから語る物語は、僕らが解決した事件の一つである。


 もっとも、僕らの活躍を知っている人にとっては、聞き覚えのない事件であろう。

 何せ、この事件は解決に至ったとはいえ、僕の雇い主が少々お気に召さなかった事件だからだ。


 ……さて、事件のことを語る前に、なぜ僕がその事件にかかわることになったのか、そもそもなぜ僕が事件を解決する『探偵』のようなことをしているかを説明することにしよう。

 

 僕の名は、千崎理人。

 ドイツ人の母と日本人の父を持つ。父は華族であり、僕はいわゆる御曹司であるが、元・御曹司と言った方が正しい。

 帝都大学を卒業して家を出た僕は、職にも就かずにふらふらと遊びまわって、友人の下宿に世話になり、二年間も居候をしていた。


 やがて友人……こいつが一谷高正というのだが、いかにも生真面目で強面な警察官で、まあ、かなりのお人好しではあるのだけれど。

 とうとう一谷は、堕落した生活を送る僕に痺れを切らし、「職と家を探せ」と言って、僕は下宿から追い出される羽目になった。


 そこで僕が頼ったのが、“昭和の女男爵バロニス”と称される女性実業家・乙木文子夫人だ。

 かつて僕は、彼女の経営するカフェーで知り合い、乙木夫人のサロンに招かれた。通称“乙木サロン”といって、若い芸術家達が集う場所だ。乙木夫人は、カフェーやミルクホウルの経営だけでなく、貧乏な若い芸術家達の支援も行っていた。

 サロンに行けば、しばらくの間は糊口を凌ぐことができる。乙木夫人の伝手で職も探せると期待して、僕は乙木サロンに向かった。


 思えばこれが、僕の生活が一変するきっかけであった。


 サロンで出会ったのは、一人の子供だった。

 薔薇の香りがするサンルームで眠り続ける彼は、まるで童話の中のいばら姫のよう。


「いばらの城のお姫様、目覚めの接吻キスはご入用かな」


 そう言ってからかった僕に、子供はこう返してきたものだ。


「あなたが私の王子様で、呪いが解けるのなら、喜んで所望したいところですね」――と。


 いばら姫の話はもちろん、彼はグリム童話が好きらしい。

 僕が持ち掛けた暇つぶしのゲームに、この子供は、鋭い観察眼と推理力で、僕の素性をあっという間に当ててみせた。

 そして、グリム童話のルンペルシュティルツヒェンになぞらえて、こんな賭けを持ち出したのだ。


「あなたの願いを叶える代わりに、私の名前を当てて下さい」


 僕の願い――職と住居を提供する代わりに、子供の名前を当てる。三か月という期限付きの賭けに、僕は乗った。

 面白そうであったし、何よりこの子供――仮の呼び名は“小野カホル”――に興味が湧いたからだ。


 そうして僕は、職と住居を得た。

 住居は、乙木夫人の所有するしゃれた洋風建築のビルディング“乙木ビル”だ。


 乙木ビルで出会ったのは、破天荒で奇矯な売れっ子画家の花村宗介。

 近くの国立病院で働く新米医師の桐原隼。

 そして、ビルの管理人である高倉淑乃。


 僕は、この乙木ビルに入っている“カフェー・グリム”で働くことになった。

 店主のカホル君、そして先輩である三宅さんの元で、給仕として働いている。


 ……表向きは。


 そして裏では――秘密の探偵稼業。


 乙木夫人から持ち込まれる依頼を解決するのだ。

 もっとも、解決するのは僕ではない。カホル君だ。子供である彼の代理として僕が『探偵』役を演じ、カホル君は『助手』の役をする。

 そうやって、今までいくつかの事件を解決してきたものだ。


 金の鳥の館の事件では、隠された遺産を探し当てた。

 白石邸の雪子姫事件では、継母に命を狙われているという令嬢を救ったこともある。

 ハーメルンの笛吹き男を模した、浅草近辺で起こった子供の連続失踪事件では、友人で警察官である一谷や、乙木サロンの庭師である高倉伸樹――ちなみに彼は高倉淑乃の兄である――と協力して、犯人を捕らえることに貢献した。


 カホル君と共に事件を解決する一方で、僕は彼の本当の名前を探っているのだが、いまだに進展がない。


 さて、どうやって彼の名前を当てればいいのやら……。

 

 前置きが長くなってしまったが、以上が、僕が『探偵』をしている理由だ。


 それではこれから、事件のことを話していくことにしよう。


 この事件……名付けるとしたら『音楽隊ブレーメンの幽霊屋敷』というところだろうか。


 午後のカフェー・グリムから、物語は始まった――





2020年1月29日~2月2日に舞台で公演されていた『帝都メルヒェン探偵録 ~幽霊屋敷のブレーメン~』の原案小説です。

ひい、もう2年半前…!

当時、コロナが流行る直前で、もう少し遅かったら舞台は中止か配信か…というような状況でした。

感染対策しながら尽力して下さった関係者の皆様に、本当に感謝しかありません。


さて、このプロローグ部分。

理人の独白部分の長台詞、主演の冨森さんが頑張って下さいました!ありがとうございます、長い文章を本当にすみません…!

途中途中で、一谷や乙木夫人、カホルや花村が登場するのですが、仕草が皆、本物みたいで(?)。いや、彼らが動いていたらこうなんだろうなと思わせて、役者の皆様がそれぞれのキャラクターをしっかり演じて下さっているのが、初っ端から分かって嬉しかったです。

また、プロローグ部分には歌が入るのですが、「ここは帝都」の歌とみんなの動き、ダンサーの振付が本当にすばらしくて…!「現れた探偵」の流れからがものすごく好き。ここの部分は、たぶんまだTwitterで動画があるはずなので、是非とも見ていただければ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ