35・まるで世紀末の賊だな
翌日、外が白み始めた頃には多くの者が起き出して準備を始めている。
ブルーコのエンジンはガスタービンほどの騒音はしない。なので乗車中に会話が出来る利点があるが、何と言ってもそのツインチャージャー化したソレはデリケートなシロモノらしく、1日中爆走した事で整備が必要になっている様で、早くも起き出して点検が行われている。
「油が減ってやがる。おい、食用油どこやった?」
などと言う声が聞こえる。
食用油で動かすのかよと思うが、記憶によるとそう不思議な事でもないらしい。
前世地球においてもゴマの一種から採れるひまし油という植物油は後の鉱物油系潤滑油に劣らない性能を有しており、カストロールと言う世界的なオイルメーカーの名前の由来ともなっているとの事だった。
実はそれはこの世界の魔木油でも同じだ。
いや、もっとすごかった。
普通であれば熱によって劣化するはずだが、魔素を取り込んで劣化を防ぐ性質があるらしく、エンジンオイルとして他の油脂は考えられないらしい。
ちなみに、変速機に使うオイルは、普通なら劣化している筈のエンジン廃油である。
魔素を多く含んで燃料油のようになったそれは性質が変わってギアの潤滑に適した特性になるらしい。
ただし、タービンエンジンと違ってピストンリングから燃焼室へと抜けていくオイルがあるのでオイルを消費してしまうため、消費した分のオイルを補充しながら使う事になる。もちろん、ある程度使えば変質してしまうので、エンジンから抜いて変速機用オイルへと転用する。
そんな、前世知識を真正面から破壊していくこの世界の常識には驚くしかないが、それがここでの常識だ。
万能すぎるだろう、魔木油。
ドワーフ達がブルーコに取り付いて整備や修理を行い、日の出頃にはすべてを終え、湯煎した缶詰とパンと言う朝食を摂って出発となった。
「行くぞ!野郎ども」
ホーカンの世紀末な掛け声とともに出発し、都へと向かう。
もう、ここからであれば全速で向かえば開門直後くらいに到着できるという距離だ。
都の門が開くのは他よりも遅い。
治安や警備のためにまずは周辺を一通り巡回してから開門しているからだ。
何とも非効率ではあるが、大きな国の都なのだから仕方がないのだろう。
雪上を疾走する40台のブルーコ。
公爵館で夜を明かしたので寝ずに走った伝令が都に俺たちの事を知らせているかもしれないが、常識的に考えて、普通の軍勢であればまだ1日は余裕がある。騎兵であっても日没頃までは掛かる。
だが、俺たちは開門してそう時間が経っていないところへと殺到した。
ブルーコは大型の荷馬車に比べて随分小型なので、都の門を通る事に何の支障もない。
門番は雪煙を見ているうちに何かが見え、どうしようか考えているうちに門まで迫ったように見えたはずだ。
それだけ速度が速い。
判断の時間なく、急停止したブルーコに乗るドワーフが飛び降りて門番を制圧してしまった。
「おいおい、もう終わりか?」
ホーカンは自身のブルーコの取り付けた銃を構えてそんな事を言う。
撃つ気だったのか、コイツ。
一発の銃弾も撃つことなく俺たちは門を通り抜け、大通りをひたすら宮殿方面へと突き進む。
冬の大通りは人影もまばらで、駆ける馬並の速度を出していても何とかなった。
「あれだ、あの角を右だ」
先頭を走って道案内する俺やモアが乗るブルーコ。
後ろに多くのドワーフを従えて総監府へと迫る。
土地勘のあるヤンデレを裏門制圧に回したのだが、なぜか場所を教えたら帰って来ると言って先行していく。
ホント、何やってんだろうか。
その行動に呆れながらも正門へと道案内をし、特に誰何もされずに玄関先まで突入した。
そりゃあ、いきなり時速40kmくらいで走る乗り物が向かって来たって、そんな速さに慣れていない憲兵が対応できるはずもないんだが。
玄関先で門を見ると、ようやく職務を思い出したらしい憲兵は、誰何しようと妨害したブルーコに乗るドワーフに、鎧の上から腹パン食らって崩れ落ちるところだった。
うん、ドワーフ怖い。
「中に居るんだろ?」
ニヤニヤしているホーカンがそう言って促すので建物へと入る。
「止まれ!」
と言う、屈強そうな憲兵を無造作に張り倒すホーカン。鎧が凹んでないか?それ。
「邪魔だ!お前ら」
そう言いながらまっすぐ進むホーカン。先に言おうな?張り倒してから言っても聞こえてないからさ。
「ホーカン、総監執務室はこっちだ」
ズカズカ進むホーカンが執務室への通路を超えて裏門へと向かっているので呼び戻す。
「チコ、遅れてごめんね」
などと場違いな事を言うヤンデレも合流してきた。
軌道修正したホーカンを引き連れて総監執務室へと到着した。
憲兵が居るので、用件を伝える。
「総監にチコが来たと伝えてくれ」
そう言うとアタフタするが、気を取り戻してドアの前に立ちはだかった。
「邪魔だっつってんだろ!」
ホーカンが腕の一振りで立ちはだかる2人組を吹き飛ばす。
その後ろから扉へと手を伸ばせば、鍵などは掛かっていないらしく、普通に扉は開いた。
「ずいぶん早いじゃないか、チコ」
扉を開くと、兄上は威厳のある声でそう言った。




