24・後に退けなくなった
「アキッレ皇子は『東方権益』を最大限に利用して東方の鎮定を画策しておられる」
と、公爵は聞いてもいないことまで喋り出した。
「東方の鎮定は遠征として行うには陛下の勅令を要する大事業だが、国内の治安維持として行うならば憲兵総監の職権で行動が起こせる。少しでも切り取れたならばアレホ皇子など足元にも及ばない功績となるだろう」
なるほど、憲兵総監の地位と「東方権益」を拡大解釈して遠征を行うのか。
「そんな事を考えていたのか。だが、俺の様な弱小を真っ先に狙ったのは何故だ?」
そこが分からない。俺など皇位継承レースに関する情報など入って来ない立ち位置に居る。放っておけば乗り遅れて何も出来なくなるのだから下手に突く必要はないではないか。
「お前が居ると娘がアキッレ皇子にとtu」
そこで公爵が吹っ飛んだ。
「この肉ダルマがまだ言うか!」
ヤンデレ渾身のシュートである。
しかし、ドンという広間どころか屋敷全体に響く音とともにゴールは防がれてしまった。
「さすが鉱人ね。そんな細い体のどこに力があるのかしら?」
予備動作なしに目の前に飛んできた公爵を叩き落としたモアに牙を剥くヤンデレ。
「鉱人ならばこれくらいは普通の事です。他の騎士より少々力がおありの様ですね」
なぜかモアも煽りに来ている。
「そこまで言うなら手合わせしてみましょうか?」
喧嘩を即座に買うヤンデレ。
「シモネッタ」
「何?チコ」
ハートマークが飛び交ってそうな笑顔でこちらを振り返った。切り替え速いな・・・・・・
「公爵は生きているのか?」
そう、渾身のシュートで吹っ飛んだ公爵。容赦なく叩き落したモアに聞くのは憚られる。
「どうでも良いでしょう?あんな肉ダルマ。チコを排除して私をゴリラに差し出そうとする邪魔者はいない方が良いでしょう?」
いや、一気にヤンデレモードかよ。切り替えはっや!
「モア?ソレは生きているか?」
仕方がないのでモアに聞いてみる。
「脈と息はあります」
平然と答えるモア。そうか、かなり丈夫なつくりをしているらしいな。
「まだ続きがあるようだったが聞けなくなった。シモネッタ、どういうことか説明できるか?」
息はあるがどうやら会話は不可能な公爵はとりあえず放置しよう。ヤンデレから事情を聴いて対応を決めても遅くは無いと思う。
そのヤンデレの説明によると、五日ほど前に公爵がいきなりアキッレ兄上にすぐに嫁げと言い出したらしい。
さらには俺を「東方権益」で陥れるからもう無理だと言ったとの事だ。
公爵もバカな事をしたものだ。
キレたヤンデレがその場で公爵を叩きのめしたらしい。
「反撃?そんなものを許す必要があるの?」
という事で、一方的にいたぶり倒した上で、鎧を着せて馬車に放り込み、館に檄を飛ばしてここまでやって来たと。
何だよこの考えなしは。イノシシ武者にも程がある。
「穏便にしろとは言わん。だが、公爵領の事はどうするんだ?」
そう、トップが居ないと政務が動かないじゃないか。
「肉ダルマが居なくても勝手に動くでしょ。アレに領地経営の知識なんかないんだもの」
とんでもない言われようだな。
だが実際、文官連中が政務を回しているのでいてもいなくても日常業務に支障はないのかもしれない。だいたいうちもそうだしな。
「あと、問題は審問官が向かっているということか」
そう、話しに出てきた懸念事項を言えば審問官の存在だ。
「五日前に聞いた話だから、もう都を発っていてもおかしくないかしら?」
いや、そんな他人事で言われても困るんだがなぁ
さて、どうしたものか。
ふと公爵を見る。死んではいない様だ。
「早ければ数日で審問官がエイデールにやって来るだろう。ソレを普通にしゃべれるように治療しておいてくれ」
と、文官たちに頼んでおく。
「どうするの?あの肉ダルマ」
と、あまり心配もしていないヤンデレだが、コイツが持ち込んだ騒動ではないか。
「公爵の口から今回の『東方権益』に関わる問題が単なる誤解だと証言させれば話は終るんじゃないか?少なくとも時間稼ぎにはなる」
ホント、ヤンデレが脳筋過ぎてどうしようもない。
カッとなって公爵を叩きのめす前に聞くべきこと、考えるべきことあなかったのか?
ホント、困ったことになったな。
審問官か。一体どんな奴が来るんだろうな。
二日後、公爵が意識を取り戻したので話を聞くことにした。
「なかなかの飛びようだったな」
初っ端からそう牽制しておく。下手に出る必要性が感じられないからだ。
「何という事をしてくれたのだ。これでは俺の計画が水の泡ではないか」
などとうわ言を口にしているが、本当に意識は戻っているのだろうか?
「シモネッタの事ならば、後宮内では常識だったがな。公爵が変な気を起こさなければ後宮騎士筆頭になってさぞ活躍した事だろう。アキッレ兄上に嫁がせるよりも公爵の利益も大きかったと思うぞ?」
そう言うとこちらを睨んできた。
「後宮騎士筆頭が務まるのは『鉱人級』だけだ。その様な女子がどれ程居るというのだ」
と、まだ現実が受け入れられないらしい。
「自分の姿を見ればわかるだろう?その一握りしかいない後宮騎士にゴミクズにされているではないか」
そう言うと、天井を見上げて何も言わなくなった。
「後宮の事は市井どころか貴族の間にすらあまり流れて来ない。知らないのも仕方のない事だが、もう少し慎重に事を進めるべきだったな」
そう言うと、こちらを向いて口を開いた。
「今更もう遅い。アキッレ殿下は俺を切り捨て、別の方策を考えているだろう。審問官が来ればすぐに分かる事だ」
それだけ言ってまた天井を見だした。
そうか、時間稼ぎすら無理なのか。




