16・脱線も成功の基
二枚重ねで喜んでいるコーレには悪いが、その程度じゃリーフスプリングとしては弱い。
そこで更に重ねたり、違う織り方の布に替えたりいくつか試作して何とか合金バネと同等の仕様が達成できたが、ここで更なる発想が出て来た。
「バネが作れるなら、鎧にもなるんじゃないのか?」
俺がそう言うと、コーレも頷く。
「モア、悪いが鎧を持ってきてくれ」
そう言って領主府へと取りに行ってもらう。
その間にアレコレ組み合わせの中から防具に合うモノを選んでいくのもなかなか楽しかった。
「お前、本当に普人か?やたらと詳しいじゃねぇか」
と、コーレも上機嫌だ。
そして、ふと、気になった糸くずも材料として使えるんじゃないのかと思い付いたので、薄い布に糸くずを散らして固めてみた。
「なんだそりゃあ。これまでただのゴミだったもんがそこらの木板並に使えるじゃねか。すげぇ発見だぞ」
と、作ったものを見て驚いている。
FRPと言えばガラス繊維のシートを樹脂で固めるモノで、GFRPの事を指す場合が多い。対してカーボンと呼ばれているのは炭素繊維を編んで作ったカーボンシートを樹脂で固めたモノを指すのが一般的らしいな。記憶によると。
なので、バネや鎧に使おうとしているのは、前世で言うカーボンに構造が類似し、今作ったのがFRPと一般に呼ばれる素材に類似する性質を持つことになるだろう。
「これならば廃材利用も出来て木板の代替にもなる。家の窓や馬車の戸に使うには最適ではないか?」
ガラスのように透き通ってこそいないが、半透明で光が透過しているので明り取りにも使える。強度に問題はないし、鎧や法衣を見るからに耐久性では木に勝る事だろう。
「ああ、使える。ってか、馬車か」
ドワーフは馬車を使う必要もない強靭さと俊敏さがあるもんな。人間とは体が違うらしい。
そんな事をやっているとモアが帰って来た。
「持ってまいりました」
そう言って鎧を渡してくる。
「おい、それはお前のじゃなく、モアのじゃねぇか?」
コーレがそう驚いているが、何を言ってるのだろう。
「そうだが?俺はミスリルの鎧もあるし、わざわざ鎧が新たに必要ではない。狩りに行くモアの鎧の方が重要だろう」
そう言うと、信じられないといった顔で見てくる。何でだ?
「そんなことは良い。ホラ、コイツの形取りをして作るぞ」
そう言って鎧の形取りをして、モア用の蜘蛛の糸鎧を製作した。
「予想通りの軽さだ。強度も鎧として十分だろう?」
わざわざコーレは自慢のミスリル斧で鎧と材質が同じサンプルを殴打しているが、傷すらついていない。
モアが試着してみたところ、驚くほど軽いのだろう。感想を聞く前から分かるよ、その驚いた顔で。
「はい。これは軽い上に動きやすいです」
そう言って手足を動かしている。
「よし、お前の分も作ってやる」
コーレがいきなりそんな事を言い出して弟子だか工員だかを動員して俺を拘束して形取りされた。
「どうだ。素材が金属じゃねぇから体になじむだろ」
なるほど、モアが動きやすいというのが分かる。
「すまない。ところで漁網の件だが・・・・・・」
コーレが明らかにつまらなそうな感じだ。
鎧やバネは作りごたえがあってやる気もあるが、漁網を蜘蛛の糸で作るのにはあまり気が向かないのだろうか。
鎧が作れると分かったから余計かも知れない。
「ホーカンの酒を2樽でどうだ?」
追う提案してみる。
「手樽じゃねぇよな?」
と返してくる。当然、そんな貧乏くさい事は言わない。
と言っても、税金と称してかっぱらってくるので元手が掛かる訳ではないんだが。
「当然、普通の樽が二つだ」
そう聞いて今までの悩み顔が一気に晴れた。
「受けようじゃねぇか。それだけあれば二、三日は酒を買わなくて済みそうだ」
え?聞き間違いかな?
まあ、ドワーフの酒事情は置いておこう。気にしたら負けな気がする。モアが普通程度にしか飲まないのであまり気にしていなかったが、うん、考えるのは止そう。
これで網もどうにかなる。
ん?
これ、軽いから長槍作れば結構振り回せるんじゃね?
「旦那様。槍の長さは軽さ重さだけではなく、その槍法によって仕様が異なります。軽くて長ければよいというモノではありません」
どうやら個人技としての槍と集団戦の長槍を混同してはいけないらしい。そりゃあそうか。リーチが違えば扱い方も変わってしまうもんな。
さらに残念な事に蜘蛛の糸はあまり耐火性はないらしい。耐熱素材として使うのは無理らしい。
それからしばらくしてパーツを蜘蛛の糸製で作り替えた馬車が完成した。自重は軽くなり、乗り心地は良好だった。
で、馬車の製作に夢中で漁網の製作を忘れていたコーレは、指摘した二日後にサクッと漁網を持って来た。
どうやら好きな事をやり出すと他の事が手に付かなくなるらしい。ドワーフだもの・・・・・・
「漁網が出来た。魔物を獲りに行ってみるぞ」
意気揚々と出発した。
「お前さん、本気で言っとるのか?」
猟師がそんな事を呆れた顔で言ってきたが気にしていなかったんだ。
しかし、川に差し入れた網にかかったのは得体のしれないバケモノだった。
それはハゲ散らかした人面ナマズとでも言おうか。かなり気持ち悪い顔をしている上に、歯が鋭い。いや、あれってそこらのナイフより切れるよね?短剣に加工したら重宝しそうだ。
「これ、食えるのか?」
その姿を見てそうこぼしてしまった。
「だから言っただろう。鉄砲でも無きゃ簡単には大人しくならねぇバケモンだ。そのうえ見た目がこれだ。これを見て食いたいと思うか?」
ニヤリとそう言う。
「だがな。コイツを焼いた身はそこらの陸の魔物とはまた違った旨さがある」
だったら切り身だけで良かったよ。うん、たしかに後で食った切り身は旨かった。これなら缶詰にしても大丈夫だろう。
だが、もし今後、缶に何か画を描くとしても、人面ナマズだけは止めた方が良い。誰も手には取らないだろう画になってしまうこと請け合いだから・・・・・・




