表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/47

マリーナの心

 侍女たちがクルクルと働き、マリーナの支度を整えていく。

 人形のように彼女はされるがまま。それは逃亡生活前には普通の生活だった。しかし、今ではこれがいかに普通ではないかを知っている。


 ──それは、悲しむことではないわ。


 正装が整えられ、侍女たちが去り、クロードと二人残された。


「神々しいほどに美しい、クソッ、むちゃ美しい……。アッ、です」


 マリーナの視線に気づいたのか、クロードは恥ずかしそうな表情を浮かべ、口もとを抑えた。


「クロード。あなたは美しいわ」

「俺は……。いや、わたくしは美しいと言われたくなかった」

「俺?」

「ご、ごめんなさい」

「気にすることないわ。わたくしの前ではそのままでいなさい」

「マリーナさま。俺、男言葉を使うのが普通で。だから、でも。あ、しかし、マリーナさまは本当に美しいひとだ」


 熱い視線で見つめるクロードに、彼女はため息まじりにつぶやいた。


「どうでもいいことよ」


 このクロードという自分に似た男。なんの傷もなく無垢で、かつての自分のように純粋だ。たぶん、女も知らないと思うと愛おしく感じた。


「赤いドレスがお似合いです」

「あなたの声は、とても低いのね」

「俺、いや、まあ」と、彼は言葉をにごす。

「不思議ね。わたくしは心を失ったけれど。それでも、なぜか、あなたには親しみを感じるわ」


 クロードにはじめて会った気がしないのは、なぜだろう。


 ──それを、考えるのはやめておこう。感情を持てば苦しむだけ。


 ウエディングドレスは光沢のある緋色でゴージャスだ。この色はフレーヴァング王国では聖なるもの。ラドガ辺境国で結婚式をすれば白いドレスになったろう。


「式のお時間です」と、いつの間にか、アトリが横で平伏している。

「行きましょう」


 マリーナは顎を上げ姿勢を整えた。

 母国からフレーヴァング王国まで、帆船に乗って一時間。船着場からパレードに参加して三日。疲れたが態度には出さない。


 そういう訓練は子どもの頃から受けてきた。

 いかに惨めな立場だろうと、尊厳は失わない。


 背筋を伸ばし、幼いころから訓練された完璧な動作で歩を進める。

 彼女は生まれながらの女王だ。


 ドアが開かれると、飾り剣をたずさえたふたりの従者が最上級の礼服を着て待っていた。


 導かれるままに、城から庭園に出る。その先に大きな祭壇が見えた。


 祭壇に入る門柱の手前、父が警備兵を従えて待っていた。

 前日に父は到着しており、さまざまな取り決めや、協力関係に関する調印を夫となるヴィトセルクとしたはずだ。結婚式が終わり次第、今日にも父は帰国する。


「行くぞ」と、父が腕を曲げた。

「はい」


 父の表情は硬いのは、交渉があまりうまくいかなかった証拠だ。

 ヴィトセルクは政治的手腕に長けていると聞いた。マリーナの不祥事がなければ、優位な取り決めができたろう。まあ、父のことだ、それなりの成果もあったにちがいない。


 マリーナはチラッと険しくシワの刻まれた父の顔を見て、腕に手を添える。


 ゆっくりと進む。


 飾り付けられた門柱のかなり先に祭壇があり、その道のりには列席者が並んでいる。彼らが一斉に立ち上がった。


 中央の赤い絨毯を歩く。


 マリーナの右側にはラドガ辺境国からの列席者。そして、左側がフレーヴァング王国の要人たち。正面にヴィトセルク王が待っていた。


 ちらりと王を見た。

 祭壇で待っている王は無表情で、その顔を見ることができず、顔を伏せた。


 彼女が歩を進めるたびに、周囲から感嘆のため息が聞こえてくる。


「お、お美しい。なんという美貌だ」

「確かに天下一の美女だ」

「妖艶さで素肌がきらめいているぞ」

「あの肌の白さを見て、うらやましい」


 さまざまな囁き声が聞こえてくる。まるで奴隷の値踏みだとマリーナは感じた。


 彼女は昔から神経過敏なところがあって、なにかに関連づけては、その意図を探ろうとする悪い癖がある。良い時には力を発揮するが、時に単なる悪弊あくへいにすぎないこともある。


 列席者のヒソヒソ声を聞き流しながら、姿勢を正し、前に進む。祭壇は目前だ。


 10段ほどの階段を上ると祭壇に到着する。


 階段の一段ずつに松明が掲げられ、最上階には大きく火がたかれていた。聖なる炎が白い煙となって天に向かい漂っている。


 父は腕を下ろすと、祭壇手前でヴィトセルクにうなずいた。


 ヴィトセルクは祭壇前で祭祀さいしと話をしていた。こちらと目を合わさない。


 凛々しく雄々しい王は、マリーナをなんと思っているのだろう。彼は、この結婚に期待などしていないだろう。


 マリーナは夫となる男のもとへ階段を登った。最上段に登ると、軽く頭を下げて、王と祭祀に礼をした。


 祭祀が儀式のはじまりを告げる。


「大いなる火神のみもとで、二人に祝福をあたえんことを。幸いなるかな、幸いなるかな」


 祭祀が両手をあげて祭壇に向かって一礼する。

 それから、振り返ると、式に挑む二人に向かって高らかに宣誓した。


「これより、ヴィトセルク・リングラール・聖王フレーヴァングとマリーナ・ド・ヘルモーズ妃との婚礼をはじめる。巫女のおわすシオノン山に向けて拝礼を」


 ヴィトセルクが右手を背にあて、片膝をついた。マリーナもそれに従う。


「大地に拝礼を!」


 ふたりは、ならんで、大地に向かい、厳かに礼をする。


「契りを結ぶものよ、互いに拝礼を」


 ヴィトセルクが立ち上がり、はじめてマリーナに向きあった。その目には、なんの感情も色もない。彼は軽く首を垂れると、礼をする。

 祭祀が背後に控える従者から赤い紐を受け取ると、二人の手首に巻きつけた。


「この赤き紐によって結ばれた二人が夫婦となることを宣言する。ふたりに祝福を。幸いなるかな、幸いなるかな」

「火神のお恵みを」と、祭壇の背後から斉唱する声が聞こえる。


 祭祀が両手を天にあげると、それを合図に、祝祭の鐘が周囲を圧倒する音量で鳴り響いた。

 花火が大空に向かって、打ち上げられ、ドドーーンという音とともに、花吹雪も舞う。


 祝福するかのように祭壇の炎が燃え上がり、ふたりの顔を照らし出した。

 マリーナははじめて、ヴィトセルクの顔を見た。彼の顔にふっと笑みが浮かび、すぐに消えた。


 ──さようなら、さようなら、ユーセイ。


(第2章完結:第3章クロードにつづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ