華々しい結婚式
フレーヴァングでは王の結婚セレモニーに、国をあげてわいていた。
伝統ある国家だが、20年という長きに渡り辛酸をなめてきた。シオノン山の噴火による降灰のためだ。大地を覆い尽くす降灰は白い雪のようにふり続き、作物を枯らし、人々を飢えさせ、希望を砕いた。
2年前、炎の巫女が忽然と出現して、聖なるドラゴンとともに、シオノン山の噴火を止めた。
その結果、降灰によって隠された太陽が現れ、大地が生き返った。
『聖なる乙女、炎の巫女の奇跡』として、それは、フレーヴァング王国のみならず、世界の人々に強烈な印象を与えた。
長い飢えと貧困に喘いできた国は、今、若き新国王の結婚を心から楽しんでいた。
そう、マリーナ姫と、シオノン山の噴火を起こした大国シルフィン帝国以外は、誰もが喜んでいたのだ。
11月吉日。
花嫁一行は南の大陸を旅立ち、海を渡りフレーヴァング王国へと入国した。隊列を整え港湾から城まで、3日間を費やして盛大なパレードが催された。
次期王妃の姿を一目見ようと、沿道には多くの群衆が集まる。
「そりゃあ、美しい姫さまだってよ」
「おお、見ろや。あれを」
民衆は大国ラドガ辺境国の豊かさを知っていた。にもかかわらず、ウエディングパレードの豪華さには度肝をぬかれた。
大国が、その強さを見せつける理由など考えもせず、ただただ唖然として喝采した。
竜騎兵が先導し、特別に編成された華美な服装の儀仗兵が続く。きらびやかな楽隊が通り抜けると、人々が待ち望んだ輿が進んでくる。
マリーナ姫が乗る輿は、30人の頑強な奴隷が担ぎ、その直前には華麗な踊り子たちが先導した。
見たこともない豪奢で華やかな行列。人びとは熱狂した。贅沢にはじめて接した民衆は、姫を天空の神としてあがめた。
本命の輿が通りかかると、赤と金の花びらを撒いて歓迎する。
黄金色のドレスをまとい、頭上に花かんむりをつけた女性が左右に10人ずつ並び、輿を担いでいる。
その輿の上に、緋色の華麗な衣装を身につけた女性が座っていた。
薄いベールに隠れた顔は、それでも、その類いまれな美貌を隠すことは難しい。
「マリーナ姫!」
「マリーナ・ド・ヘルモーズ女王に、栄光あれ!」
誰かが叫ぶと、マリーナを呼ぶ声が一斉に重なり楽隊の音をも凌ぐ。
呼ばれた女性は、優雅に細くしなやかな指を軽く振る。
ベールのなかで、真っ赤な唇が、薄くほほ笑みを浮かべた。品良く指が揺れるたび、群衆からどよめきがわき起こる。
それはマリーナに扮したクロード。実際のマリーナは輿に続く竜車に隠れていた。
この結婚に反感を持つ隣国シルフィン帝国や、その他の暗殺を恐れたためである。用心してベールで顔をおおった影武者クロードを乗せたのだ。
輿は熱狂のなかを進む。
フレーヴァング王国は海を隔てた北の大陸に位置している。季節も秋を迎え、母国に比べ、かなり肌寒い。木々は葉を枯らしている。
もう冬はすぐそこだ。しかし、この日に限っていえば、人々の熱狂で気温が上がった。
パレードは国の中心を流れる大河ウルザブ川に至る。
竜車にのるマリーナは格子窓から目を細めて、それを眺めた。
彼女はラドガ辺境国から逃げたのち、フレーヴァング王国に渡った。ウルザブ川支流の途中に森があり、少し入ると小高い丘に達する。そこにある素朴な山小屋で、愛する男と半年間、暮らした。
ほっと吐息をもらし、眉間にシワをよせた。
「窓を閉めよ」と、同乗した侍女に命ずる。
「はい」
侍女が半腰になって、そっと、竜車の窓を閉じた。
あの愛に溺れた日々を思いだす。心臓の傷口から血がドクドクと吹き出すように痛かった。
「いかがなされましたか?」と、侍女が聞いた。
マリーナは何も答えない。侍女は再び視線を落として控える。その姿も煩わしく彼女の心は宙に飛び、愛した男への思いに乱れていく。
彼との日々は城での豪奢な生活とは異なり、貧しいものだった。
手肌や髪は傷み、日々の労働は辛いものもあったが、それさえも楽しかった。心から満たされていた。あれほど完璧な日々は、もう二度と訪れないと思うと、泣き出したくなる。
この1ヶ月、牢生活で医師たちの丁寧な施術によって、荒れた肌は輝きを取り戻した。
マリーナは姫らしい美しい肌をとり戻したが、不幸は増した。
沿道の群衆は幸せそうに見えた。
「マリーナ・ド・ヘルモーズ姫に、栄光あれ!」
華やかなパレードが城門まで到着すると、沿道を埋める人びとがさらに増した。
城門をくぐり中庭に入る。儀仗兵や楽隊が左右にわかれ、輿が最前列に止まった。竜車も横付けする。
城の正面に赤い絨毯がしかれ、その周囲をフレーヴァング王国の騎士が守っている。しかし、ヴィトセルク王は出迎えに出て来なかった。
花嫁を迎えないなど侮蔑的だが、誰も何もいわない。
ヴィトセルク王は若いが戦略家でもある。すべてを知って、国のためにこの結婚を了承したのだ。マリーナによい感情を持ってないことは確信していた。
輿からクロードが先に降り、侍女の姿に身をやつしたマリーナがその後に下車した。
はじめてクロードの姿を見た。まるで自分が立っているようで、瓜二つと言ってよいほど似ている。
向こうも驚いた表情を浮かべている。鏡の前に立っているような錯覚を覚えた。いっそ、この人が結婚しても良かったのにと思う。
マリーナは彼の背後に侍女らしく立つと小さく命じた。
「進みなさい」
「はい」と、クロードが小さく答える。
こうした場に慣れていないのだろう。
懸命に演技しているが、その必死さが健気で可愛い。
年齢的には1歳年上と聞いていたが、自分より幼く思えた。いや、かつての幼い自分を見るようだ。
城の大広間に入ると背後で扉が閉じた。すぐにクロードが横に下がり、その場に腰を折って平伏した。
「クロード」
「はい、妃殿下」
「着替えをするまでは、あなたが姫です」
「わかりました」
奥から年配の女性が進み出て来て、ふたりの前で平伏している。
「お待ち申し上げておりました」と、彼女は感情のない声で出迎えた。
(つづく)