最終話 炎の巫女と氷のドラゴン
風を切るゴゥーーという音が耳もとでする。
背には、赤く輝く髪を持つ乙女がまたがっていた。
地上からの声が届く。
「見ろ! 炎の巫女さまだ。巫女さまが、聖なるドラゴンと!」
驚きが戦場を支配している。その思考が感覚でわかる。
「サラ! サラレーン!」
「レヴァル! 待たせたわ」
300度の視界を捉えるクロードの目は全てを見通す。
悲惨な戦場に立つレヴァルは、こちらを仰ぎ見ている。常に無表情だった美しい顔が、苦痛を受けたように歪んだ。それから、口もとを手でおおう。サラが、ニッと笑ったのが見えた。この二人はあきらかに特別な絆と愛情があるようだ。
「ドォ・ラァ・ゴォーーーン!!」
天地に響く、巫女の声。
夕暮れのなか、フレーヴァング王国を守る、神々しいまでに輝く神聖なる武器。それこそがドラゴンだと聞いていた。しかし、それが自分とは……。
地上から多くの声が届く。
「神よ! 巫女さま。聖なるドラゴンが」
「助かった。俺たちは助かった!」
「聖なるドラゴンと炎の巫女さまがいる。おお、神よ」
多くの兵が倒れた血の海のなか、ヴィトセルクとマリーナが膝をついている。ふたりは生きていた。
──お、俺は間に合ったのか?
「ドラゴン、氷の息を吐け!」
巫女の声が命ずる。
『どうすればいい』
「おまえは生まれたばかり。わたしの過去を感じよ、方法を感覚で学べ」
かつて炎の巫女がドラゴンとともに戦った記憶が押し寄せてくる。すべてのモノを氷結するドラゴンの息吹と、その感覚。
心を落ち着け、意識を集中する。
意識が先鋭化して、不可思議な感覚がましていく。
咆哮とともに氷の息が最強の武器となって吹き出した。舐めるように敵を駆逐していく。
──このドラゴンの意識は父親なのか。翼族王の血脈なのか。
そう、この感覚か。
わかる、俺、わかるよ。
深く空気を吸い、そして、吐く。
氷の息吹が兵士にむかい、そして、彼らを一瞬で凍らせる。
ドラゴンが咆哮し、大地をゆるがし、凍てつく息を吐く。
「ほら、早く逃げるわよ。なんだって、ドラゴンなのよ! ドラゴンは死んだって噂、誰から聞いたのよ。あんた、後でお仕置きよ。撤退よ! とっとと逃げるわよ」
敵将シッゲイルが蒼白な顔をして、真っ先に竜車に乗り騒いでいる。
クロードは声の方向に意識を集中した。
息を吐く。
竜車を直撃すると、少し外れ後部だけ氷結した。竜車が転倒して、あわてふためいたシッゲイルが飛び出して森へと逃げる。洒落者の貴族とは思えないほど、ぶざまな姿だ。
シルフィン兵は散り散りになった。簡易的に作られた橋を越え、森へと必死で逃げる。川に落ちるものや、冬だというのに、ウルザブ川に飛び込んで逃げようとするものまでいる。
圧倒的なドラゴンの力に戦意喪失した彼らは、ただ逃げるしかなかった。
フレーヴァング側では、片膝をついたヴィトセルクは目を閉じ、神獣ドラゴンに向かって両手で剣を捧げていた。その背後に、まだ立てる兵士たちが、同じように剣を捧げている。
しばらく祈ったのち、王は立ち上がり両足を踏みしめた。
「フレーヴァング王国の民よ! 我らは、生き延びた!!」
雄叫びのような歓声が沸き起こった。
──俺は、俺は、間に合ったんだ。
ほっとすると同時に、頭のなかを過去が駆け巡っていく。
女として育てられ、姫の身代わりとなり、そして、囚われ、シオノン山へと羽ばたいた。そのすべてが意味のあるものだったのだろう。
運命に導かれたということか。
──マルニガン先生。俺、もう、足りなくはないよね。
地上は悲惨な状況だが、ウルザブ川の城側から敵兵は消えていた。
──ああ、終わった。これでいい、これでいいんだ……。
意識が消えていく。
「ド、ドラゴン」というサラの声が聞こえた。
「ドラゴン。クロード! 意識を保て」
──ごめん、炎の巫女。俺、もうダメみたいなんだ。
地上へと落ちて行く身体を制御できない。
何も考えることができない。
先ほどまであった巨大な力が消え、ひ弱なクロードの身体になりつつある。
地面が近づいた。
危ないと思ったとき、地上に激突した。
大地を揺るがす音が聞こえ、それから周囲に大きな砂煙が舞った。
痛いと言いたかったが、呻き声しかでない。人びとが前より大きく見える。
もうドラゴンではないんだ。
クロードに戻っている……。
──俺は、このためだけに生まれたのか。なんか、疲れたな。すごく、すごく疲れた。
「クロード……」
目を開けるのも辛い。
「クロード!」
妹が必死で駆けてくるのが見える。マリーナ、そんなに走ったら転ぶぞ。危ない。走るな!
「ドラゴン!」
「治癒魔法師を、早く、治癒魔法を!」
妹が叫んでいる。
──おまえだって、ケガしているだろう。血まみれだぞ。
「王妃、わたくしの力ではできることがありません」と、鎮痛な声が聞こえる。
「なんとかしなさい。他に魔法師はいないのか!」
ヴィトセルク王が近づく。ああ、みんなが見える。レヴァルも、アスートもいる。でも、なぜ、みんな跪いて頭を下げているんだ。
──歌が聞こえる。これは、なんの歌だろう。マリーナ、泣くな。おまえが泣くと、俺まで悲しい。
うるわしき炎の巫女
ドラゴンの翼に立ちて
赤き髪を天にたなびかせ
赤き衣を身にまとい
青き魔の珠をささげる
天地は贖いの唄を奏で
赤き乙女はその地に伏せる
──なんか不思議な歌だな。
意識が飛んだり戻ったりした。
と、ふいの静けさに包まれた。なにか結界がはられたのだろうか。
かたわらに大きな黒いマントの男がいる。
なんだ、ナイトメアか。最後にこいつはないぞ。
「クロードよ」
「ナ、ナイトメア……。おまえ、どうして」
「おや、救いに来てやったのに、その言い草はなんだ」
「痛くて、苦しい……」
「そうだろうな。力を制御する術も知らずにドラゴンに変身したのか。無謀なやつだ。だが、おまえは本当に面白い子だ」
ああ……。
もう眠ろう。疲れた。
ふわりと身体が浮いた。
空だ。
自由に飛びまわりたい空だ。
「ナイトメア、どこに行くんだ」
「最高の治癒魔法師のところだ」
「お、俺、まだ、生きたい」
ゲホゲホと咳が出て、口から大量の血を吹き出した。
「ああ、生きよ。あがいて、もがいて、必ず生き延びよ」
「すごく痛くてさ、眠くてしょうがない」
「眠るな、クロード。生きていたければな」
「おまえ、ほんと、イジワルなやつだな……」
全身が悲鳴をあげ、痛くて死にそうだけど、でも、気持ちは爽快なんだよ。俺、強かったな。眠れば、いい夢を見れそうなんだ。
だから、ナイトメア、お前、そのあだ名、変えないか?
たとえば、そうだ。スィートドリームとかさ。
「それだけは、お断りだ」
−了−
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お読みくださって、本当に本当にありがとうございました。




