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ドラゴンへの道



 色のない世界……。

 すべてが白に染まる幽玄の地。

 木々は枯れ果てていた。


 枯れ枝に多くの網がはられ、その網に、ひとりづつ? 一羽づつ? 翼族たちがからまり、空中から、こちらを見ている。


「ここは……」


(我らの世界です)


 ──俺の心が読まれているんだろうか。なんか調子が狂う。きっと、丁寧な態度をするべきなんだろうな。な、たぶん、そうだろ? マルニガン先生。俺は、まだ足りないよな。


「わたくしを誰だと思っているのですか」


(あなたは王とヒトの間にできた貴種。尊い存在です)

(何をしにきた。どこに向かいたいのだ。王の末裔よ)


「炎の巫女さまに、助けを求めたいのです」


(どちらの側ですか?)


「え? あっと、フレーヴァング王国。妹がいるのです」


(ヒトなのか、翼族なのか、どちら側だと聞いています)


「それは、俺、いや、わたくしは、あなたたちの事を知らないけど。でも、妹のことは知っている。だから、助けたい。それに、炎の巫女さまの夢を。何度も何度も。きっと、それには意味があるって。あの、魔術師が北へ行けって」


 しどろもどろで、うまく説明できなかった。だいたい自分でも何を訴えて良いか混乱しているんだから。


(巫女に呼ばれるという意味。その理由を知らないのでしょう。自分を見失うかもしれないのですぞ。巫女さまは巨大な力を守っております。ゆえに、自分を保つことができなくなります)


「フレーヴァング王国が滅びようとしていて」


(それもヒトの世の摂理。すべては滅びに向かいます)


「妹が、たったひとりの肉親が、やっと出会えた妹がいるんだ」


(その愛情は己を捨てても、良いという意味ですか? 痛ましいことだ)


 ──いや、俺は自分をすてねぇ! さっぱり意味がわからないぞ。

 ──戦場はどうなっている。俺の大事な人たちは無事なんか。時間がない。ええい、悩むだけなら、やって悩んだほうがマシだ。


「炎の巫女さまに会いたい」


 網にかかった翼族たちが、パタパタと翼を合わせ、それは耳をつんざくような音に変化した。しばらくして、思考が届いた。


(よかろう。参りなさい!)


 


 身体がふっと浮くと闇に浮かび、飛び、そして、降りる。

 飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

 羽毛のような優しさに包まれて、いつの間にか眠った。ここに来るまでの過酷な道程に疲れたのだろうか? 疲れというより、衰弱した気がする。




 意識が戻った。

 クロードは洞窟に浮かぶ、聖なる巫女サラレーンの前にいた。


 ──ゆ、夢と一緒だ。


 夢と同じように焼かれては骨になり、また再生を繰りかえす巫女。

 クロードは語りかけた。


「俺は、ついに来たよ、炎の巫女さま。ずっと俺を呼んでいただろう。……なにか言ってくれ。俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。それなのに、無視するのか」


 翼族に教えられたように、意識を集中して心に語りかける。


(よいか、自分を保つことだ。炎の巫女さまは巨大だ。そこに吸い込まれるな)


 ふっと奇妙な感覚を覚えた。それは自分の意識じゃなかった。誰かわからない。ただ、その先は『無』に。

 すべては『無』に……、落ちていく。


 まわり、すべてが『無』と化していく……、


 ———ポトゥ〜〜ン


 ポトゥ〜〜ン———


   トゥ〜〜ン———




 ——俺は間違ったのだろうか。それなら、どこで間違えたんだろう。



 

『ドォ・ラァ・ゴォーーーン!!』



 ドラゴンを呼ぶ声が響く。

 全身に激痛がはしった。耐え難い痛みだ。


 バキバキバキと身体中の骨が折れ、広がっていく。

 翼は透過せず、洋服を破って、大きく開いた。



『ドォ・ラァ・ゴォーーーン!!』



 炎の巫女が叫び、その声が体内に取り込まれる。身体の芯が熱い。


 熱い、熱い、あつい……。

 激痛で身体が焼けるようだ。


 いったい、何が、何が、起きている。

 目の前に、サラレーンがいた。彼女の姿がどんどん小さくなっていく。なぜ、そんなふうに縮まっていくんだ。


「や、やめてくれ。痛い!」


 力がみなぎる。

 俺は弱い。昔から弱くて、男としての力なんてなかった。


 それがいま、力がみなぎる。


 翼を大きく羽ばたかせると、湖水の水面が波立ち、大きく揺れた。


 ──いったい、なにが起きた。奇妙だ。力がわく、巨大な力に飲み込まれる。


 痛みが去った。

 まぶたを開けると、そこに小さな人間が浮かんでいた。


『だ、誰だ。俺は何なんだ』

「ドラゴンを継ぐものよ。待っていた」


 女の声が耳に響く。

 なんて小さく、脆そうな生き物だ。


『炎ノ巫女なのか』

「そなたの願いを聞こう」

『ソノ対価ハ』

「かつて、わたしはドラゴンに願いを伝え、対価は『ない』と答えたことがある。しかし、今、その対価を返そう」


 手を動かそうとして気づいた。四つ足で立っているのだ。右手を目の前にあげた。鋭い爪、いや、爪というより牙みたいに長く鋭い。手の甲は鱗みたいなもので覆われている。


 思わず叫んだ。


「グォォオワワァン!」


 大地を揺るがすような咆哮ほうこうが空気を震わせる。

 な、なんて音だ。


 驚いたあまり腰を抜かしたら、大音響がして地面が揺れた。


「ドラゴンよ。怯えるな」

『な、なにが起きてる』

「わたしの呼びかけで、ドラゴンへと覚醒したのだ」

『な、なぜ』

「翼族の王の子よ。ドラゴンの末裔よ。炎の巫女とドラゴンは、ひとつでふたつ。ふたつでひとつ」

『わかんねぇ』

「そなたの願いは」

『フレーヴァング王国を救いたい』


 一瞬の沈黙があった。


「では、行こうか」

『行くって』

「飛べ!」


 その声と同時に、翼が風をとらえた。

 次の瞬間、大空へと飛び立っていた。


「ドラゴンよ、息を吐け。氷の息だ」

『そんなもん、できねぇ』

「フレーヴァングを救えないわよ。姿を見せただけで勝てるなんて思わないことね」


 ──俺、ドラゴンじゃないし、いや、炎の巫女って優しくねぇ。ドラゴンなんて納得できないし。


「吐け!」


 腹の底から息を吐くと、白いものが飛び出した。


「それよ。行くわよ、ドラゴン」

『俺は、クロードだ』

「クロード、わたしはサラよ」



(つづく)

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