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変態魔術師ナイトメア



 ヴィトセルクが城壁を破壊する数日前に戻る。クロードとナイトメアは夜空に浮かんでいた。


「放しやがれ! このド変態が」

「おいおい、わたしが落ちてしまうぞ」

「落ちるじゃない。けり落としてるんだ!」


 クロードの身体は魔術師ナイトメアと一体になっていた。どうやって、こんな器用なことができるのか、さっぱりわからない。


 小柄なクロードは大きな彼の身体にちょこんと繋がって空中に浮かんでいる。

 夜の冷気が頬にあたる。

 怒りやら、緊張やらで、喉がカラカラだ。


「いい加減、俺から離れろ、ナイトメア!」

「おまえは本当に面白い。顔はマリーナにそっくりだが、違うようだ」





 あの夜、クロードはフレーヴァング城の上空にいた。しばらくはナイトメアをふり落としてやろうと、城の周囲をむだに旋回した。


 彼は笑うだけで、いっこうに放れようとしない。


「クロードよ。ほら見えるか。城壁だ」

「なに、のんきに社会見学してんだよ、あんた。ああっ、ひどい」


 城壁は、たび重なる投石により、ほぼ崩れかけている。持ちこたえていることが不思議なくらいだ。


 これは、ナイトメアどころじゃない。


 城壁の外、ウルザブ川近くでは大型テントがあり多くの兵たちが見える。一方の城壁を守る兵は、それから比べれば五分の一くらいか。おそらく、城壁での激しい戦闘で敵兵は減ったが、圧倒的な数の差は縮まっていない。


 ——これは万にひとつも勝ち目がないよ。皆殺しになるんか。フレーヴァング王国は滅亡するだろう。悲しい、なんか泣けてくる。


「これは……」


 酷いという言葉をのみこんだ。


「そうだ、世の中は不公平なものだろう。おまえの好きなモノたちは、どうあがいても、先が見えている」

「ヴィトセルク王をあなどってないか」


 ナイトメアは鼻で笑った。


「おまえにとって、この国の趨勢すうせいなど関係ないであろうが。国の行き先に同情しても意味はない」

「同情?」

「ああ、まさに、おまえが感じているものだ。同情というものだ。それは人がもつ最低の感情にすぎん」

「あなたは」と、クロードはマルニガン先生に教わった言葉使いにした。少しは反省しろという気持ちで、言い放った。

「とても、寂しい方ですね」

「ほお、そういう態度もできるのか」

「ふん、こういう態度のほうが、尊敬するだろう」

「面白い子だ。愚かと思えば、思慮深い」

「おまえも変なやつだ。マリーナの記憶を奪ったって、俺の妹に変なことしやがって。なぜ、そんなことをする」


 ナイトメアは薄く笑った。


「ほんの気まぐれだ。生きていくには、気まぐれが必要なのだよ」

「わけがわからん」


 ──ええいそれにしても寒い。まったくフレーヴァング王国なんて、くそくらえだ。ラドガだって、一番、ムカつくのはシルフィン。クソクソクソッ! てか、このナイトメア。俺に何してるんだ。


「彼らを救いたいのか」

「ああ。俺は救いたい、と思う」

「愚か者だな」

「悪いのか……。俺だって、どうしていいかわからないんだ。けど、おまえは、わかっているのか?」


 ナイトメアは何も答えなかった。


「俺さ、奇妙な夢を見るんだ。最近じゃあ、毎晩だ。めらめらと燃える美女で繰り返し再生していく。怖いだろ」

「それは幸せなことだろうな」

「なんでだよ」

「畏れを持つものがある。それは羨ましいことだと言うておる」

「ほぉんと、意味がわかんねぇ」


 ナイトメアから、ため息のような息遣いが聞こえた。


「それでは、北へ飛ぶのだな。北に行けばわかる。シオノン山へ。そこに答えはあろう。では、そろそろお別れだ、クロード」

「俺は送っていかんぞ。馬代わりに鳥を使うなよ」

「そなた、生き延びることができれば、また、会おう」

「この空の上で、どうするんだ」


 ナイトメアの笑い声が聞こえた。彼はクロードから離れ頭上に浮かんだ。


「あっ、飛べたのか? いや、飛べるんだ。クッソ、なんでだ、なんで俺にくっついてた。この嘘つきやろう」

「空で捨てようとしているわりには、心配したのか」

「心配なんか、してねぇわ」

「クロード。いい子だと褒めてやろう……」


 言葉の途中で大気が揺れ、彼の姿はかき消えていた。


「へ、へんな奴」


 彼は首を振った。




 ここ連日、クロードは眠れば例の夢を見ていた。

 以前より夢は鮮明になり彼を呼ぶ声まで聞こえる。


 ——クロード、クロード、クロード。


 魔術師を信じるもんかと思ったが、他に案もなく、フレーヴァング城のはるか北にある霊峰シオノン山に飛ぶことにした。


 風が強かった。


『霊峰シオノン山は人を拒絶する。とくに冬は厳しい。冬山の寒さに凍えない者はいない。空気は薄く、生きられる場所ではない』と、聞いたことがある。


 ——だからなんだ。


 彼は飛んだ。

 北に向かうほど、風は冷たく生き物を拒絶する。

 シオノン山ふもとまで2日、途中、なんども木の枝におりて休みながらも飛び続けた。

 栄養が不足したのか、あるいは、飛ぶために身体が変化したのか。

 細い身体は、さらに細くなった。


 吹雪は激しくなり、空に太陽は消えた。北に位置する山は真冬だ。


 耳を切るようにビュービューと鳴る風で跳ね返されそうだ。

 疲れを癒すために、風をしのげる洞窟を見つけては仮眠をとった。


 3日目に空が晴れた。

 冷気は強いが、風はやんだ。


 洞窟を出て、シオノン山を仰ぎ見た。

 どこまでも気高く、人を拒絶している。


 身震いすると、翼を広げた。

 さらに痩せた身体を、羽毛が包む。


 山の中腹に白い雲がかかっている。それは壮絶というほどの美しさだった。


「行くぞ!」


 クロードは、2度3度、翼をうごかすと、まっすぐに頂点に向かって、飛び立った。

 途中から雪まじりの風が強くなり、針のような空気が身体を刺しつらぬく。

 目が開けてられない。


 どこまで、上空に登れば行き着けるのだろうか。上昇すればするほど、空気が薄くなる。

 翼は雪におおわれ、動きが鈍い。

 少しでも力を弱めれば、風にとらわれ、落下するだろう。


 ——無理なんて、考えるな。行くしかない。クッソ、行くしかない。


 めざす目標を本能的に捉えた。

 誰も踏み入れることのできない場所が、きっと目的地だ。彼女のマナを感じた。不思議な感覚だ。


 緑の石が輝き、石壁を輝かせ、コバルトブルーの泉がある場所。そこで、永遠に焼かれる巫女のもとへ。

 

 山の中腹、三分の一くらいまで登っただろうか。


 山の左側から、鳥の群れが飛んで来た。こちらに近づいてくる。どこか異様な群で、だから逃げたいのに身体が重すぎた。


 ふっと意識が途切れた、気づくと、すぅーと地面が近づく。


 ──まずい!


 はっとした時には、身体の自由がきかなくなった。

 ドサっという音が聞こえ、激しい痛みに身を震わす。


 奇妙な匂いが鼻腔にとどく。これは、血の匂い。

 真っ白な大地を赤く染め、血が広がっていく。


 ──俺、ケガした。もうこれで、終わりか。こんなところで死ぬのか。誰も知らない、寒いところで。怖い、怖いよ。


 身体は回転して急斜面を落ちていく。と、あるところで、ふわりと浮いた。


 ──え? 浮いてる? なんもしてないぞ。


 声が頭に直接響いてきた。


(王の子よ。ヒトとともにある、王の子よ)


「誰だ! 怖えぇよ」


(わが翼族の貴種よ)


 何かに支えられて身体が浮いているんだ。翼のある男とも女とも判別がつかない者たち数人に支えられていた。


「おまえたちは誰だ」


(われらは翼族。意識の混在する存在。気の毒な子よ。われらと繋がることができず、さりとて、人の世に生きるも孤独)


 翼族?

 彼らは人と交わらないため、世界から嫌われている。神秘でもあり、畏れでもあり、崇拝されてもいる。


「わ、わかんねえ。わかるように言ってくれ」


(われらの意識はひとつ。ひとつですべて。だが、子よ。われらの繋がりには入れませぬ。ヒトの子でもあるのです)


「さっぱりだ。でも、俺、助かったのか?」


(しばし、このまま助けましょう。我らから外れた子よ。望みはありましょうや)


「俺の望みってこと? フレーヴァング王国を救いたいんだ。俺の好きな人たちがいる。彼らを死なせたくはない。炎の巫女とドラゴンを探している」


(よろしいでしょう。連れていきます。われらのえにしは途切れぬ)


 空中に浮かび、身体は疲労の極みであったが、はじめて光が見えた。


(安心するのは早い。巫女は永遠の眠りについております)


「じゃあ、無理なのか?」


 叫ぶと凍える空気で喉を痛める。声を出して会話することが難しい。

 意識が途絶えがちになった。疲労は極限に達し、もう心を保つのも限界だった。


「俺を、俺を、この国の聖なる巫女のもとへ、連れていってください。どうか、お願いします」


 そして、気を失った。


(つづく)

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