最後の戦い
城壁への攻撃は激しさを増し、味方の兵は確実に削られていた。
「そろそろ限界ですね。今日が最後の決戦になりましょう」
ウーシェンは冷静で感情を交えない。
長くまっすぐな黒髪、涼しげな表情、彼は今日の戦闘がはじまってから城壁を観察していた。いつものように白いローブ姿で鎧もつけていない。
「仕掛けは、どうだ」
「城壁の兵を徐々に減らしております。すぐに準備は整います」
ヴィトセルクの顔は疲労をたたえている。
「苦肉の計です」
「戦えないもの達は落ち延びたか」
「未明に山岳方面に向かうように手配しました」
王妃はと聞きかけて黙った。階段での彼女の声が耳に残る。
彼は目を閉じ、雑念を払う。
最前線の城壁から、徐々に守りを減らしている。
フレーヴァング王国の騎士団は第六師団まであり、一師団は500名が隊員数だ。
第一部隊銀狼隊。現在、この隊に残っている兵は318名。もっとも勇猛果敢な部隊であり、隊長は《《不死身の銀狼》》と呼ばれるイーボン。
今朝方、未明。
決死隊としてイーボン隊は自ら名乗りを上げた。
「我が隊が最も生き残っております。ウーシェン殿の作戦。銀狼隊が成し遂げてみせましょう」
髭面の彼は日に焼け黒くなった顔で、おおらかに笑った。
沈黙が支配した。
この決断には迷いが生じる。
いったい誰が戻ってこれない戦いに人を送ることができるだろうか。城壁に登る兵は全員犠牲になる。
生き延びることはできない。
「あとに残る家族をよろしくお願いします」
「わかった」
ヴィトセルクは感情を押し殺した。
午前中には西南に築かれた城壁から、ほとんどの兵を撤退させた。策略を知られないために、ある程度の間隔をおいて兵を配置する。それが決死隊の仕事だった。
ヴィトセルクは表情を変えずに、銀狼隊全員に声をかけた。
「よろしく、頼む」
「陛下に拝礼!」
全員が直立。剣と胸元に当てると、イーボン隊長が太い声で号令をかけた。
「復唱!」
「我ら、銀狼隊、危険をものともせず、死すとも退かず」
兵の顔に恐れはなかった。
──すまない。
心で謝りながら、ただ、見送るしかなかった。
ヴィトセルクは騎乗した。その傍らを、レヴァル、セルファー騎士団団長、アスートが固め、親衛隊の背後に生き残ったすべての兵1500名ほどがつき従う。
城壁の向こうから、勇壮な太鼓の音が聞こえた。
戦いがはじまる合図だ。
集められた石工隊が城壁に火薬を詰めていく。
城壁のあちこちにハシゴがかけられ、多くの敵兵が登ってくる。必死に対抗する決死隊。
壁上に敵を誘いこみ、戦う兵士たちの勇姿を目に焼き付けた。
「ウーシェン」
「まだです」と、ウーシェンが冷静に言う。「できるだけ多くの兵を引きつけます」
「敵兵、城門下に集まっています」
報告は何度も届く。ヴィトセルクが右手をあげる。
城壁に登った銀狼隊から戦いの雄叫びを聞こえる。見守る兵は、その凄惨な戦いに胸が熱く痛んだ。
ヴィトセルクは自分の指が軽く痙攣するのを感じた。
——震えている場合じゃない。わたしは王だ。彼らの犠牲を心に刻む。
彼はウーシェンに確認して、手を頭上にあげ、そして、下ろした。
瞬間。
城壁に陣取った石工たちが、斧を振るった。城壁の土台が崩れ、全体にバチバチと音がして、次の瞬間、大轟音とともに壁が崩れた。仕込んだ火薬が爆発する。
敵も味方も飲み込み、城壁は崩れていく。
巨大な砂埃が立ち上り、目の前の風景を、一瞬でかき消した。
敵はハシゴをかけ、城壁に登っていた。その向こう側に多くの敵兵が待機していた。
3万余の兵力で攻めてきたシルフィン軍。この戦いで、少しずつ削いできた。しかし、圧倒的な数の差は埋まらない。
「ウーシェン。どうだ」
「陛下。おそらく、これで敵兵の2万までは削れる計算。残りは1万」
「我が方は」
「無傷のものはおりません。戦える者は、1500人ほどに」
「第2部隊、第3部隊、第4部隊、第5部隊!」
「ハ!」
「ひとり、6人倒せ! さすれば、終わりだ。銀狼隊は城壁の上で、ひとり百人は倒した」
「われら陛下とともに!」
「死闘だ!!」
ヴィトセルクは叫ぶと、馬を駆った。
上空に舞った埃は消えると、瓦礫の山から、歩兵部隊が続々とわいてきた。
凄惨な戦いになった。ヴィトセルクも満身創痍だったが、傷を受けたが痛みは感じない。ただただ、倒すことのみを考えた。
戦闘は1時間を超え、徐々に味方が押されてきている。
ヴィトセルクは声を限りに皆を鼓舞した。
槍で馬を刺され、振り落とされたが、すぐ起き上がって戦う。
周囲には傷を負ったものが多く、敵味方なく、倒れた兵も多い。
「陛下!」
ウーシェンが傍にいた。
「なんだ」
「引いてください。もう、無理です」
「捕虜になれというのか」
「陛下、お逃げください。陛下が生きていれば、また、いつの日か」
ふっと現実が見えた。
音が消える。
周囲の戦いがスローモーションになる。
どの顔も血で染まり、凄惨このうえない。
アスートが左肩から腕を失い、血を流しながらも、戦っている。
レヴァルの魔力もとっくに尽きている。美しい顔は血で汚れ、その手は剣をふるっていた。彼は王国一の剣士でもある。
誰よりも大柄なセルファー団長は槍を地面に突き刺し、両手を広げて仁王立ちしている。意識がないのか。すでに死んでいるのか。立ったまま、まったく動かない。
息が切れた。剣を振り回し、目の前にいる敵をひたすら叩きつける。
血しぶきが飛び、汗が目に入る。
乱暴に手で拭ったとき、隙ができた。
アスートの横をすり抜けた大柄な男が、斧をかざして襲いかかってきた。
剣で受けるが、力が入らない。
終わったのか。
背後からも殺気を感じる。
眼前の大男と戦っているとき、背後から切りつけられては、防ぎようがない。
——終わった……。
——フレーヴァング王国の長い歴史が、これで終わったのか……。
ドーンと音がした。背後を振り返る余裕がない。
と、次に大男が光を受けて転がった。
鎧に身をつつんだマリーナを先頭に、女兵士たちが一丸となり突っ込んでくる。
「マ、マリーナ」
「陛下。ご無事ですか」
「なぜ、来た!」
「わたくしは王妃です。あなたの傍らが、わたくしの居場所です」
女兵たちがマリーナの周囲を守っていた。
ヴィトセルクは彼女を見つめると、汗を拭った。
「わたしのそばから、けっして離れるな」
「離れません」
戦闘は永遠に続くように見えた。圧倒的な数の差にもかかわらず、フレーヴァング王国兵は善戦した。しかし、ジリジリと押されてもいた。
(最終章につづく)




