規格外の魔術師
いつもの感情が失せた表情でレヴァルが近づいてきた。限界まで魔力を使い、その疲労も癒えていないだろう。しかし、昔から弱音を吐かない男で信頼できる。ぶっきら棒だから他人に誤解されやすいが。
「俺を呼ぶ理由はなんだ」
「妃がさらわれた。魔術師レーゲルクドレールだ」
レヴァルは多くを語らない。
目を細めると、敵陣のテントを凝視した。それから、クロードに視線を移した。
「そのものは」
「翼族の男だ」
「飛べるのか」
「ああ、だが、今はそこじゃないだろう」
「そうだな……。マリーナ妃の居所はわからない。しかし、魔術師は巨大な魔力を胎内に有している。そのマナなら辿れる」
レヴァルがもっとも得意とする魔術は空間魔術。
空間に亀裂を作り、その場所へ瞬時に移動する。これは最高位の魔法であり、ヴィトセルクの知る限りにおいて、彼にしかできない芸当だ。
「位置がわかるか」
レヴァルは静かに目を閉じ眉間を寄せた。
と、身体をゆらし、軽く膝をつく。
「どうした」
「……ナイトメア」
「気づかれたのか」
肘を取って助け起こした。
「場所はわかった。あの右端の大型天幕だ。わかるか? 間違いなく奴も俺を特定した」
「あの中に入れるか」
「しかし、奇襲はもう無理だろう」
「かまわん」
「死ぬ気か」
「俺も連れてけ」と、クロードが口を挟んだ。「俺は飛べる。だから、ふいをつけるかもしれない」
クロードを連れて行く。いいアイディアかもしれない。
「今は議論している場合ではないが、囮として使うぞ、いいのか」
「ああ、マリーナを救わなければ、彼女は俺のたった一人の……」と言って、彼は口をつぐんだ。
「よし、飛べ、あのテントだ」
「では行くぞ、レヴァル」
レヴァルはいつもの静かな視線で彼を見てから、「おまえはマリーナ妃のことだけは冷静になれんようだ。策はあるのか」
「ない」
「やめておこうか」
「いや、行くぞ」
「チッ、まったく。いつも通りのクズだな」
レヴァルは目を閉じ呪文を唱えはじめた。
空間に呪文が書かれた赤い色の円ができると、徐々に広がる。
「いまだ」
レヴァルの声で天幕の内部に、ふたりで飛び込んだ。レーゲルクドレールが、退屈そうな表情で彼らを迎え、右手をあげた。
光り輝くイナズマが突き刺さるように飛んでくる。
レヴァルが背をそらしてよけるのを確認しながら、ヴィトセルクも同時に床に伏せた。
「おおっと、いきなり攻撃か。最高の魔術師レーゲルクドレール」
ヴィトセルクはニヤりと笑った。
「何をしにきた」
「わたしの王妃を迎えにきた」
「豪胆な男だな」
レヴァルから目配せがあった。おそらく結界が張ってありマリーナの姿を隠しているのだろう。
レヴァルが部屋にかかっている結界を呪文で破る。
先ほどまで無人だった大型ベッドにマリーナの姿があらわれる。
「ほおお、わたしの結界を破るとは、空間術に長けているようだ」
「返してもらおう」
ヴィトセルクは床を転がり、右手に隠し持った短剣を魔術師向け放つ。彼は王国随一の剣士であり、スピードで勝てるものはいない。
「なんともまあ、稚拙な小細工だな」と、魔術師が鼻で笑う。
と、その時、天蓋の上からバサバサと音がすると、クロードが降ってきた。
まったく、このやんちゃな坊やは人の指示を聞かんが、いいところに来てくれた。
「お、俺。落ちちゃった」
天真爛漫な声でクロードがきょとんと立っている。
「ほお、翼族か。珍しい」と、ナイトメアの顔がほころんだ。
「珍しいって、俺のことを知っているのか。不気味なおっちゃん」
「ああ、知っている」
クロードに意識を取られている。
いまだ!
レヴァルに目配せした。彼がマリーナを抱き寄せ空間を空けた。
次の瞬間、3人は元の場所にもどっていた。
「おい、ヴィト、俺は二度と、こんな作戦はせんぞ」
「すぐ医療魔術師を呼べ!」
マリーナは目を閉じたまま動かない。アスートが飛ぶように走り、医療魔術師を携えて戻ってきた。
「どうだ」
医療魔術師は首と手首の鼓動を確認して診察している。
「王妃さまのお身体は、大丈夫のようです」
「では、なぜ目覚めぬ」
「これは……、おそらく硬直魔術。時間が過ぎればとけると思います」
「わたしの寝室に運び、つきっきりで介抱せよ」
「仰せのままに」
従者たちがマリーナを運ぼうとしたとき、夜空が光った。
「来る! やつだ」と、レヴァルが珍しく叫んだ。
その声と同時だった。夜空に乾いた笑い声が響く。
「くだらん芝居を、面白い男だ、フレーヴァングの王よ」
空中でマントが翻した大男が浮かんでいた。夜空に、そこだけ光が浮かび、男の姿が鮮明に見える。男を支えているのはクロードだった。
とっさに王の親衛隊が矢を射るが、ことごとく跳ね返されていく。
「ちょちょちょ、ちょっと待った、待ったぁ!」と、クロードが空中で叫んでいる。
「クロード、おまえ、何をやっている。シルフィン側になったのか」
「王様、違うって。俺、ただ、この魔術師に連れてけって言われて、仕方なかったんだ。見ろよ、俺にくっついて離れない」
「そこは、死んでも止めるとこだろう」
「死にたくねぇ!」と、クロードが叫ぶ。「だから、弓矢、やめてくれ。もう泣くぞ。だから言ったじゃないか。ナイトメア、俺じゃあ、誰も守らないって」
ナイトメアの笑い声が響いてきた。
「ヴィトセルク王よ、そなたには、面白い者たちが仕えているな。今回は戦いに来たわけではない。話に来ただけだ」
「なんの話だ」
「その女は、わたしのもとにいたほうが安全だ。そなたの国は、もう保たぬ。滅びるであろう」
「お前の決めることではない」
レーゲルクドレールが右手をこちらに向けると、まばゆい光があたった。
眩しいだけで害はない。目を守るため手をかざすのと、アスートが彼の前に立つのは、ほぼ同時だった。
「ほお」と、魔術師は不敵に笑った。
「王よ、梟雄の相が表れている。これは面白い」
「陛下、あのものと話してはなりません」と、アスートが冷たい声をだす。
「アスート、離れろ」
「しかし……」
しぶしぶ、アスートは前を開けた。
「昔、おまえのような顔相を持つ男を知っていた。シルフィン帝国の祖。わが友だ」
「それがなんだ」
「シルフィンを大国にした男と同じ相を持っているようだな、王よ」
「そんなことはどうでも良い。マリーナに二度と危害を加えるな」
魔術師はおおらかな声を上げた。
「勇ましいことだ。わたしは、その女が気に入った。だが、それもまた単なる酔狂というものだ。人とは自らの運命を持て余しながら生きているのだろう。王よ、これだけは言っておこう。城に魔法障壁をはるな」
「なぜだ」
「シッゲイルがうるさい。魔法障壁がなければ、わたしは手をださぬ」
「つまり、魔法障壁を張らなければ、おまえは静観すると」
「そうだ」
「よかろう」
「それから」と、彼は笑った。
「女の記憶を消した」
「殺す!」
「いや、喜ぶべきだ。妃が愛した男の記憶を消してやった。おもしろい趣向であろう……。では、わたしは帰ろう。クロードとやら、わたしを連れて行け」
「いやだってば、王さま、俺を助けてくれ!」
「クロード。生き抜け」
言葉の途中で、光が消えレーゲルクドレールの姿が暗闇にまぎれた。
あとに静寂だけが残る。
「いったい、これは」
「陛下」と、騎士団団長のセルファーが言った。
「どうか、お気になさらぬように。あの魔術師は誰の命令も聞かない。いわば、この世に存在してはいけないモノ。気まぐれという噂を聞いております。おそらく、われらが知る以上に長い時間を生きてきた男です」
ヴィトセルクは黙って、マリーナを抱きかかえた。そのまま寝室まで歩く。
身体の暖かさに、ほっとするが悲しみも覚えた。これまでどれほどの思いを抱いてきたのだろうか。
——マリーナ。この腕のなかで眠れ。おまえを愛しているのだ。
ベッドに寝かせ介護を指示した。
「どうだ」
「眠っているだけですね。じきに目を覚まされます。陛下」
「よい、去れ」
昼間はいい。身体中のエネルギーが活性化して、疲れなど感じない。しかし、夜は。ヴィトセルクが夜に兵舎を巡るのは、兵のためでもあるが、眠ることができないという理由もあった。
やすらかな寝息をあげて眠るマリーナを見ていると、平和な気持ちになれた。
(つづく)




