クロードの飛翔
翌日も城壁をへだて攻防戦が続いた。
圧倒的な数でハシゴをかけ、壁をよじ登ろうとするシルフィン側。石を落とし、火矢を射かけて奮戦し、力自慢の男たちが三叉槍でハシゴを地上に落とす。
一方、石投げ機から繰り出される岩は容赦なく城壁にあたり、その度に、地震のように揺れた。それは目に見えない恐怖となって、兵たちの心に刻まれる。
数日、なんとか持ちこたえた。
兵の損害は敵側があきらかに多い。しかし、兵力や軍事力の差はまだ圧倒的に不利であり、たとえ相手が倍の損害を受けたにしても、ものともしない。
矢の損失も多くなった。
敵の射た矢を非戦闘員に集めさせ補充するほど、物資が逼迫しはじめていた。
「俺に当たった矢は、相手にとっちゃ死神だぜよ」
「ああ、そりゃ、ちげえねぇ」
夜、焚き火を囲んだ兵たちは、つかの間の休息を得る。ヴィトセルクは戦闘が終わると、城壁内の兵舎を必ず見てまわった。
「そうか。頼もしいな」
「へ、陛下。こんな場所まで」
「怪我はないか」
「大丈夫でさ、明日もやりますぜ」
「その意気だ。雪が降り、冬になれば敵は撤退する。それまでの辛抱だ」
「あ、ありがてぇ、陛下。俺たちゃ、負けねえ」
「そうだ、この勝負、負けなければ勝ちだ」
ヴィトセルクは精力的に城壁内をめぐり、兵たちを鼓舞した。
凛々しさを演じ、包容力に満ちた態度で肩を叩き、兵たちに活力を与えるよう努力した。
俺たちの王を必ず守って、負けないという彼らの声を聞くにつけ、ヴィトセルクは胸が痛んだ。
——俺は何をしているのだ。勝つことは不可能だ。日々、兵も削られる。この道しか、生き延びる方法はないのだろうが。だから、迷いを捨てろ。
ヴィトセルクの日課は監視塔で戦いを俯瞰し、流動的な戦いに対応して兵士たちを配置、戦闘へと向かわせる。夜は彼らを労い、プランBの進行状況を確認、また、食料や敵味方の被害をウーシェンとともに分析する。
その日の最後には必ず司令塔に登り、城壁の様子などを観察する。
「陛下、そろそろお休みください。身体がもちません」と、アスートが声をかける。
返事をする力もなかった。
彼は天を眺めた。
今日は満月で、月が煌々と輝いている。なんでもいい。少しでも希望を持てる光はないのか。思わず祈ったとき、月に黒い点があらわれた。
それは、あっという間に大きくなり、こちらに向かってくる。
バサバサバサと翼がはばたく音が聞こえた。
満月を背にしているのは、巨大な翼を広げた一羽の鳥だ。
——いや、人に似ている。まさか翼族か……。それにしては、姿形が人に近い。翼族の身体なら、さらに細く、棒のようなはずだが。
司令塔に降りてきた何者かを、王の親衛隊が槍を向けて取り囲む。
「陛下!」と、鳥は寒さに凍えた声で叫んだ。
「お、おまえは……、クロードか」
月明かりに髪を振り乱したマリーナに似た美しい顔。巨大な羽は背中から消えている。
「控えよ!」と、アスートが間に入った。
「これは不吉な翼族。危険です。お下がりください。彼らは凶を呼ぶと昔からの言い伝えが」
「アスート。俺だ。クロードだ」
その声にとまどった者たちは、どうすれば良いかとヴィトセルクに判断をまかせる。
「クロード。そなた、翼族だったのか」
「翼族って? クッソ、そこが大事なんか、今」
この口調には思わず苦笑した。
クロードは線が細く、身体も男にしては華奢すぎるが、出会ったときから、明るく面白い子どもだと思った。
マリーナより一歳年上のはずだが、あきらかに幼い。
「ああ、そこは、この際、大事なところだ」
「クッソ、翼族って、たいがいだな。どんだけ悪さをしたんだ」
翼族はフレーヴァング王国最北の地、霊峰シオノン山の奥深くに住む一族だ。漆黒や透明な翼を持ち、国の人びとは貴種として崇める一方で禍々しい生き物として忌み嫌っている。
とくに男の翼族は恐れられた。女性の翼族とは違い、彼らが空を飛べるからだ。
──そうか。だから、女の格好をさせていたのか。
10年以上前に起きた『厄災の日』。多くの人々を氷漬けにした邪悪な白銀のドラゴンとの関わりある種族でもある。
「陛下、これはクロードかもしれませんが。しかし、翼族にまちがいない」
「だから、答えろ。翼族ってのが、なんの関係がある。この場合」
クロードらしい、やんちゃな声で叫ぶ。笑いたくなった。緊張の連続が続き神経が参っているのだろうか。
マリーナと似ているのもあるが、こいつは自分の魅力に気づいていない。
「言葉を慎め。陛下の御前だ」
「よい。それより、マリーナ妃はどうした」
「陛下。森の中でさらわれました」
「さらわれた?」
ショックを受けるより、嘘だという思いが強かった。戦闘がはじまる直前にこの城から逃したのだ。
「エイクスはどうした。あの男はこの城でも一、二を争う手練れだ。彼がいて、なぜ、むざむざ拐われた」
「森で出会った魔術師が、めっぽう強いんです。ナイトメアとかなんとか」
「魔術師? レーゲルクドレールか」
「そう、その名前、ナイトメアって、あだ名があるとか」
「エイクスはどうした?」
「城に戻ると言っていました」
「アスート、奴を探せ。あいつのことだ。顔を合わせられずに逃げてるんだろう」
「は!」
「それから、レヴァルを呼べ」
「レヴァルさまは、今は次の魔法陣のために……、前回の城壁を囲む魔法陣をつくるのに3日はかかっておりました。魔術師たちも魔力を消耗しており。城自体に魔法障壁を張るにも、手こずっているようですが」
「呼べ!」
マリーナがさらわれた。
レヴァルが築いた魔法障壁を軽く解除したナイトメア。
シルフィン帝国にいるとは聞いたが、気まぐれな男で他人の思う通りには動かないと噂もある。
以前、一度だけ会ったことがある。ほんの短い時間だったが、その姿は異形としかいいようがない。
背が異様に高く、身長の高いヴィトセルクよりも、さらに頭ひとつ大きかった。
黒いフードで顔の半分を隠し顔の印象がない。見たはずなのに思い出せない。
クロードが控えている。
「妃がさらわれて、どのくらいの時がすぎた」
「5日? あれ、もっとかな」
「クッ、この、いったい、それまで何をしていた」
「ラドガ辺境国に助けを求めていたんだ」
「それで」
「部屋に監禁されてしまった」と、口をすぼめる。
「まったくお前という奴は」
「俺、必死に逃げてきたんだ。かわいいでしょ」
──かわいいか。ほんと憎めない奴だな。
マリーナに似た顔が表情豊かに変化するのを見ていると、怒鳴れなくなる。はじめて出会ったころのマリーナも、彼のように、くるくると表情が変わり感情がすぐ顔にあらわれたものだ。
そこが愛おしかった。
──ナイトメア!
ヴィトセルクは拳を強く握った。自分の顔がひきつるのを感じた。
(つづく)




