王の器ではないようだ
天幕が開き、きらびやかな姿をした中年の男が入ってきた。
マリーナは魔術師の顔を見た。その顔は無表情で、なにも語らない。
「ナイトメア、来るのが遅かったわね。お陰でこのざまよ。使えない者ばかりよ」
「これは、これは、シッゲイル閣下。遅くなりましたな」
魔術師は椅子に腰を下ろしたまま、右手をクルクルと適当に回した。
シッゲイル閣下。ということは、この派手な男がシルフィン帝国の実力者で、今回の仕掛け人なのだろう。
「まったく、あれが邪魔して。あれがあれなのに、あなたったら、遅刻よ。どこを寄り道していたの」
「シッゲイル閣下、途中、面白いものを見つけましてね」
「あら、そうなの、なにを?」
シッゲイルは目の前にいた。しかし、マリーナを全く無視している。いや、気づいてないと言ったほうが正しいのかも。
なぜだろうか?
魔術師を見ると、彼はニヤッと笑みを浮かべ、それから人差し指で自分の唇を叩いた。静かにという意味なのだろうか。なんらかの結界を魔術師が作っているのだ。
「ま、いいわ、ナイトメア。ともかく、魔法陣の魔法障壁が厄介なのよ。カタパルトの攻撃にも耐えてね。おまけに、間抜けな守備兵が砲撃庫まで焼かれて。やる気があるのかしら? ま、ちぃ〜〜ちゃい虫に刺されたくらいの痛手だけど。でも、あの魔法障壁はやっかいよ。あなたなら、簡単に外すことができるでしょ」
シッゲイルは、うろうろ歩き落ち着かない態度だ。
しかし、せかせかした様子は演技のようにも見える。彼は冷静に目の端に魔術師をとらえ、どうするのか計っているようだ。
この魔術師は、超巨大国家シルフィン帝国の最高権力者のひとりであるシッゲイルでも、簡単には動かせない人物なのだろう。
「フレーヴァング側にも、なかなかの魔術師がいるようですな」
「どうなの? 外せるの? 外せないの?」
「まあ、明日、観察してみましょう」
「あら、ずいぶんと悠長なことね。ね、ナイトメア。あたしを助けてくれるんでしょ……。ちょちょいって感じで。ま、いいわ。明日ね。明日中には無力化してちょうだい。こんな汚れた天幕で、何日も過ごすなんて、我慢がならないのよ」
「それも、閣下。この戦いをはじめた、あなたが望んだことです」
「そうよ、悪かったわね。とっとと滅ぼしてしまいたいわよ。あたしは忙しいのに。なのに、あの魔法障壁に手こずるなんて、その上、武器庫や食料庫がやられて、それも、ご丁寧にあたし用の最高食材を狙ってくれたわ。まったく、あれであれよ」と、彼は地団駄ふんだ。
その様子は、まるで子どもが駄々をこねているようだが、目は笑っていない。
わざとらしい話し方と、ふざけた態度だが、これに騙されると痛い目を見そうだ。
「ナイトメア。明日中よ」
「最善は尽くしましょう」
「それじゃあ、もの足りたりないわね。最善ではダメよ。必ずよ、絶対よ、最上級の扱いよ、いいこと」
魔術師は眉を軽くひそめると、顎を上げた。
「わたしに命令なさるおつもりか」
その声は冷たかった。
シッゲイルの顔は、いかにも不満そうに歪んだが、それを隠した次の言葉は、逆に焦っているように感じた。
「あら、怒ったの? かわいい。命令じゃないわよ。このシッゲイルが頼んでいるの。明日は総攻撃よ。あのウジ虫どもを、叩き潰して、傲慢な王をギトギトにムチ打ってから、首を晒して、それから骨にして砕いてやるわよ。あたしの武器庫や食料を焼くなんて。あれよ、あれ。やったからには、数倍にして返してあげるわ」
魔術師は立ち上がると、まるでバカにしたような態度で、大仰に右手をクルクル回すと腰を折って、礼をした。
「では、明日に」
シッゲイルが天幕から出て行くと、再び外の喧騒が消えた。
彼は最後までマリーナの存在を気にしなかった。
「彼は、わたくしに気づかなかったというより、見えてなかったのですね」
「わかりましたか? 聡い女性は嫌いではありませんよ」
「なぜ? わたくしを差し出せば、彼は喜ぶでしょう」
「そうですね。ただね、あなたは興味深い。もう少し楽しませてもらった後でも問題はないでしょう。それだけのことです」
マリーナは言葉を失った。
「さて、先ほどの答えです。わたしは万能ではありません。ですがね、人の目をくらますくらいは、難しいことではない。この天幕にかけた魔法障壁とかもね」
魔術師は自分の能力に大いなる自信を持っているようだ。
「ヴィトセルクという王も、なかなかにやるようですな。おや、お顔が赤い」
「何があったのです」
「さあて、千里眼ではありませんから。シッゲイルの言葉通りでしょう。王の部隊が武器庫を焼いた。ぬふふ、なかなかの策士だ。まあ、それも明日までだが」
マリーナは不思議だった。
気味の悪い顔?
本物のように見える大きなツノ。
表情は捉え難い。多くの人間から恐れられている。事実、彼女も畏怖を覚えた。
最強の魔術師ナイトメアと呼ばれるレーゲルクドレール……。
しかし、その硬い横顔に孤独を感じるのは、なぜだろう。彼女の目から察したのか、あるいは、心を読めるのだろうか。彼がピクッと頬を痙攣させた。
「わたしの心を読まないほうが、御身のためです。近づき過ぎれば、あなたは死ぬ」
「それは、どういう意味ですか?」
「文字通りの意味です。わたしの魔術は呪いだ。近づき過ぎて無事であったものはいない。両親もそれで亡くなった。兄弟姉妹もすべて、わたしに殺された。呪いのツノが母の腹を突き破って生まれたことで、恐怖を感じた父がわたしを手にかけようとして、逆に、ま、退屈な物語ですがね……」
そう言って、話し過ぎたと思ったのか、右手を無意味に顔の前で振った。
「さて、あなたは無謀にも、さらに罰を増やしたようだ」
「わたくしを弄ぶのはやめなさい」
「気丈なことだ」
その言葉と同時に、マリーナの身体は硬直した。バタンと人形のようにベッドに倒れる。
(第5章最終話完 つづく)




