言いたいことはそれだけか……
カールが頭を抱えてうずくまっていた。
「俺の幼いころからの憧れが。夢が。女神が。うおおぉ、殺す」
「勝手に言ってろ」
「嫁も取らずにきた、この一途な思いをどうしてくれるんだ。責任とれや」
「というか、そもそも嫁なんて来ないだろうが、貧乏貴族の五男に」
カールが床にドカリと腰をおろすと、腰に挟んだロングソード《長剣》をガチャガチャと置いた。
「もう、男でもいい。俺はおまえが好きだ」
「なあ。俺はマリーナ妃を助けたいんだ。だが、ヘルモーズ卿に会えないし、部屋の鍵はかけられるしで。そういえば、どうやって入った」
彼は顎で示した場所には扉があった。もともと、棚が置いてあった場所で、その棚が開いている。
「あれは」
「秘密の扉だ。この城には、こういう隠し部屋があってな。そういう部屋には二箇所の出入り口がある。一箇所は普通の扉で、もう一つは、ああいう隠し扉だ。ようは身分の高い人間が愛人と会うのに使う部屋だよ。人に知られないように、こっそりとな」
「執政官はフレーヴァング王国を救う気があるのか」
「おまえ、なんも知らんのか」
「知らない」
「この国は、シルフィン帝国との密約ができている」
「し、しかし、マリーナ妃は」
「ヘルモーズ卿という人間は身内に冷たいと、もっぱらの評判だ。いや、よくは知らないが自分の妻をフレーヴァング王国に送って不幸にあわせたのも、元はと言えば、彼の差し金だとか」
扉の外から人の歩く音が聞こえてきた。
「カール、隠れろ、誰かが来た!」
カールはとっさに隠し部屋に逃げ、クロードは粗末なベッドに飛び込んだ。毛布で身体をおおう。
扉が開いた。
松明の灯が部屋を照らし、熱を感じる。
「起こせ」という声が聞こえる。
──この声は、聞いたことがある。そうだ、一度だけだけど、まちがいない。おっと、ズボン、はかなきゃ。
毛布からそっと顔をだすと、厳しい顔つきの男と目があった。近くに従者が控えている。
ベッドに半身を起こしながら、もぞもぞとズボンをはいた。
「単刀直入に聞く。マリーナはどうなったのだ」
「あ、あの、ヘルモーズ卿。よかった、お会いしたかった」
クロードはベッドから立ち上がり彼のマントをつかもうとして、従者に阻まれた。
「マリーナさまが拐われました。ナイトメアとかいう魔術師です」
「見たのか」
「はい」
「それで、そなたは何を望むのだ」
「フレーヴァングへの援軍を。そして、姫の救出を」
ヘルモーズ卿の表情に変化はなかった。
「言いたいことはそれだけか」
「それだけって、だって、姫が」
「マリーナの心配はいらぬ。シルフィン帝国が娘を傷つけることはない」
「しかし、相手は最強の魔術師とかで」
「わたしの耳に入っている情報以上のものはないようだな」
「執政官。あの」
「あとは、ヴィトセルク王の持つ天意であろう」
「そ、そんな冷たい……」
言葉の途中で、大公は興味が失せた表情を浮かべドアから立ち去った。
しばらくして、カールが隠し部屋から戻ってきた。
「カール、どういうことだ。娘を助けるつもりはないのか」
「マリーナ妃は奴隷と逃げて、彼の顔に泥を塗った。そのことを許してないとも聞くぞ」
「まさか」
「あのな、シルフィン帝国とは話がついてるってことだ。ナイトメアが出て来たのか」
「奴を知っているのか」
「ああ、シルフィンの犬だ」
「え? シルフィンとつながっているのか」
「そう聞いたが、しかし、制御できる奴でもない。俺は城の警備騎士だ。いろんな大臣たちの声を聞く。ナイトメアに捕らえられたのなら、いずれにしろマリーナ妃は安全だと思うぞ」
「ここにいても、ただ閉じ込められただけで、意味はないというのか」
「ああ、おそらくな」
「じゃあ、逃してくれ」
「いや、無理だ。外には警備がいる」
「なあ、カール。俺は行かなくちゃならない。王と妃を助けなければ、頼む。妹なんだ」
カールは困ったように視線を外した。しかし、昔からクロードの願いを断ったことがない。そういう男だ。
「そんな、切なそうな顔をするな」
「カール」
「クソッ! 来るんじゃなかった。男だと知っていたら、来はしなかった」
「頼む」
「クッソ」
彼はもう一度、悪態をつくと、ボサボサの頭をかいて鋭く言った。
「よし、俺の願いもかなえてもらう」
つかつかと近づいてくると、カールは強引に頭を押さえ、そして、キスした。
「お、おい、おいってば」
「黙れ、少し、黙れ!」
カールは顔を離して唇に手をやると、切なそうな視線を浮かべた。
「来い!」
壁の隠し扉に向かった。後を追っていくと、扉の先は細い通路になっている。
これも隠れ通路なのだろう。
先に扉があって、のぞき窓からカールが外を伺った。
「よし、行くぞ。これを肩にかけとけ」と、カールがベージュのマントを脱いで渡した。
「ありがとう」
「ほお、素直に感謝も言えるんだな」
「へ? レイプしに部屋に忍び込んだやつに、言われたくないわ。そっちこそ、謝れ」
「調子にのるな」
「行くぞ」
彼は扉をそっとあけ、周囲を確認すると外へ出た。後を追って広い廊下にでる。燭台の灯りが窓に写り、自分の姿が見えた。
なぜか、以前よりさらに身体の線が細くなっている。変化したのだろうか。
「外へ出る道は警備が多い。見つからずには難しい」
「この城には4っつの塔があるだろう。そのどれかの塔へ行く階段を教えてくれ」
「塔? 行ってどうするんだ」
「いいから、後はいい。教えてくれ」
「一番、近いのは、ほら、そこの通路を右に回った先に階段がある。そこだ」
「わかった。じゃあな」
「おい、待て。どうするんだ」
「心配するな。俺の秘密をもう一つ、特別に教えてやる。空を飛べるんだ」
カールは目をパチパチしてから、首を振った。
「あの噂。城で空を飛ぶ人を見たという噂があるが。まさか」
「そう。そのまさかが俺だ。じゃあな」
クロードはニヤっと笑うと、いきなりカールに抱きついた。
「俺も、お前が好きだったよ。生きていたら、また会おう」
「クロード」
クロードは彼の頬にキスすると、踵をかえして、通路を音もなく走った。
階段を見つけると、即座に上がる。
最上階に監視の衛兵がひとりいた。
身体を沈め、暗闇にまぎれ衛兵の背後に回ると、一瞬で羽を広げる。
バサバサという音に、驚いた衛兵が硬直している隙に、月にむかって羽ばたいた。
地上を見ると、驚いた衛兵が塔の鐘を鳴らそうとしている。それを目の端でとらえながら、彼は夜風を羽にとらえる。さらに上昇する、上へ、上へ。
地上からみれば、おそらく、月に向かってまっすぐ突入していく黒い影が見えただろう。
行く先はどうする。
もう、こうなれば、道はひとつしかない。
フレーヴァング王国の先、霊峰シオノン。世界でもっとも高く、生き物を寄せ付けない孤高の山。
彼の研ぎ澄まされた感覚は、そこを目指せと告げていた。
昨夜も夢に見た、炎に焼かれる神々しい女性。
行方が途絶えた炎の巫女サラレーンとドラゴンに間違いない。
フレーヴァング王国の守護神である彼らを探す。
ラドガ辺境国が力を貸すつもりがないなら、それしか方法はない。
──ちがうか。王よ、マリーナよ。俺は、あんたたちが好きなんだ。きっと救ってみせる。
(第4章最終話 つづく)




