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王の命だ!

「うおぉぉおーーー」


 ウルアルとガルムが叫ぶ声が聞こえる。

 意識を失っても不思議ではない状態で、前方から剣をもって襲ってくる男たちの壁になったようだ。


 全身に矢を受け、血だらけになりながらも倒れない。鬼気迫る姿に敵兵も二の足を踏んでいる。


 逃げろと声をかけようとした。

 アスートに両手で身体ごと抱えられ、井戸に落ちるように飛び込んだ。


 彼が後を追ってくる。


 ボシャンと落ち、水にのまれると流された。溺れそうになって頭が冷えた。


 ──あいつらは何をした! 愚かな。わたしが喜ぶと思っているのか。なぜだ。なぜ、彼らは命を捨てる。



 顔を水面に出した。水の冷たさに手や足が麻痺しそうだが、頭は冷静になった。


「ウルアル、ガルム、飛べ! 王の命令だ!」


 井戸の上に向かって怒鳴った。その声に呼応するように、大きな身体が落ちてきた。


 大きく波が立つ。


 落ちてきた彼らに向かって、泳いだ。水面が血に染まっていくのがわかる。


「アスート。ひとりを運べ」


 ヴィトセルクは近くにいたウルアルの脇を支え、支えながら泳いだ。意識がないのか。彼は素直に身体を預けてくる。


「起きよ!」


 もともと無謀な計画だとわかっていた。

 全員が生きて帰れるのは無理とわかっての策だ。冷静になれと彼は心を鬼にしようとしたが、一番やわらかい部分で謝っていた。


 短いが濃い時間をすごした仲間たちだ。

 彼らはわかって、自分のために犠牲になったのだ。生きなければならない。王とは重たいものだと思う。


 ふと、マリーナの凛とした顔が浮かんだ。この気持ち、彼女なら分かち合ってくれるだろうか。


「大将、大将! はやく上がらないと凍え死にますぜ」


 その声にヴィトセルクは頭を振った。

 低体温によって、数秒だが意識が飛んだのかもしれない。だから、マリーナの顔が浮かんだ。


 チビやトーリンが震えながら、手を差し出している。

 その手にすがって、彼は岸に上がり、ともにウルアルを岸にあげた。首筋に指を当てる。すでに息はなかった。


 ──そうか。


「戻らなかったものは」

「ガルム兵長」

「アスートが運んでいるはずだ」

「あ、来ました」


 全員が岸にあがった。血だらけで気を失ったガルム兵長を運びながら、洞窟を歩く。


 向こう側から、水しぶきが聞こえた。シルフィン兵が降りて来たのだろう。


「ついてこい」


 この地下道は熟知している。子ども時代から迷路として探検してきた。


 上からは小さな爆破音が届いてくる。と、再び、大爆発が起き、地が激しく揺れた。洞窟の岩が落ちてくる。


「逃げよ!」

「ぐわあ」


 チビの喉から叫び声が出た。落ちてきた岩に足を挟まれたようだ。


「歩けるか」


 声と同時か。数本の槍が飛んで、水流のなかに消えた。


「トーリン、チビを背負って先に行け」

「大将、そりゃ、ない。大将に生きてもらねば、うちらが後詰だぁ」


 アスートが隣にくると、言葉もなく先に進む。振り返ると言った。


「この無謀な戦いに出るとお伝えになったとき、必ず戻ると約束なさった。皆、命をかけております。逃げますよ……」

「アスート」

「畏れながら、担いででも。気絶させてでも」


 彼の強い意思に、兵を置いてヴィトセルクは先に進んだ。

 トーリンとチビ、エランが残り、ラーシュとミカラン、ユーハンが負傷したガルムを背に後に続いた。


 兵が迫っている。

 最初に到達した兵に、チビが頭上に飛びかかり、体重をかけて水に沈めた。後から来た兵をトーリンとエランが相手をするのが見える。


 ――すまない。必ず生きて戻れ!


 心で謝り、唇を噛み、ヴィトセルクは洞窟を走った。


 洞窟の入り口に着いたときには、また一人減って、残っていた配下の兵はアスートとラーシュ、ミカラン、ガルムのみ。


 彼らは、そのままウルザブ川に向かった。

 川から眺めると白い煙が空にもうもうと暗い空に立ち上がっているのが見えた。


 成功した。しかし、それはなんとも苦い犠牲を払った成功でもある。


「陛下。お怪我は」

「ない」


 これから、こうした心の痛みを何度も味わうことになるだろう。暗澹あんたんたるものがある。


 出発した桟橋に戻ると、騎士団長セルファーが待っていた。

 彼は最高の栄誉を称えるため、直立して手に持った儀仗で床を叩いた。


「陛下。よくぞご無事で」

「セルファー。犠牲になった者たちの家族に伝えよ。彼らは勇敢だったと」

「は!」


 それだけ言葉をかけると、ヴィトセルクは大股に城にもどり、高台の塔から敵陣を見た。

 大臣たちが集まって自分と話そうとしたが、アスートに人払いをさせた。


 塔から見えるのは白煙をあげ燃えさかる大型天幕。

 武器庫が燃えている。それは不吉な色に見えた。相手側の損害であるにもかかわらず、不吉に感じる。


 犠牲も大きい。

 ウルアルの皺の多い顔が苦痛に耐え、身体中で矢を受け、なお、立ったまま、自分を守る姿が浮かぶ。


 彼は目を閉じ、そして、開いた。


 今回は成功した。しかし、これはシルフィン軍の油断もあった。この成功が逆に敵側を刺激することもあろう。

 明日からの戦い。シルフィン軍も死に物狂いになる。


「レヴァル」と、彼は呼んだ。


 暗闇から、レヴァルが出て来た。


「いたか」

「お前の向こう見ずな作戦を、ここから見ていた」

「明日は、きついぞ。城壁の魔法障壁はどのくらい耐えそうだ」

「あの投石機がなければ、おそらく、数週間は」

「そうか……。俺のために優秀な兵を失った」

「お前は王だ。王のために犠牲になった兵たちは名誉だろう」

「そうかもしれんがな、レヴァル」

「なんだ」

「王とは辛いものだな」


 考えていた以上に疲れた。彼はレヴァルに抱えられ、階段を降りた。

 忠実なアスートが待っていた。


「もう休め、アスート。わたしも寝る。長い1日だった」


 その言葉にアスートは軽くうなずき、ヴィトセルクの寝室まで来ると、ベッドの横にある床で横になった。


 いついかなる時も、彼はヴィトセルクに絶対忠誠であり、決してかたわらを離れない。その信頼を失いたくないと思った。


 翌日から、参謀ウーシェンの謀りごとにより、小さな奇襲作戦がなんども行われた。


 最初の作戦に王みずからが参戦した。

 兵たちは、その心意気から奇襲作戦に名乗りをあげるものは少なくない。


 ──俺は、ずるい。このずるさを許せるだろうか。


( 第3章 ヴィトセルク王完結)

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