では、戦士諸君! ぶちかましに行くぞ!
「大将、この先に光が見える」
地下道の水脈を登っていくと、徐々に道幅は狭くなり途中から道が途切れた。
「ああ、そこだ」
「あそこか。大将、この水脈を遡るんで」
「そうなる」
地下水の流れはゆるい。ただ、底は深く足がつきそうにない。隊長のウルアルが試しに石を落とすと、ぽちゃんと音がして、中に沈んでいった。
「それほど、遠くはない。行くぞ」
「ウルアル」
ヴィトセルクが声をかけた。
「は!」
「できるだけ、壁に伝うツタと出っ張りを足がかりに行け。この寒さで全身ずぶ濡れになっては身体がこわばって戦えないだろう。井戸として使っている場所には窪地がある」
「わかりました。トーリン、最初に行け」
身体の軽いトーリンが、壁にはりついた太いツタをつかみ、岩に足を置くと、身軽に先へ進む。そのあとを全員がつづいた。
井戸に至ると桶のついた縄が落ちている。上部には滑車が取り付けられており、壁面はごつごつした岩だ。
濡れているために、上に登るには滑りやすい。
「ここからはスピード勝負だ。速さが勝利の道だ」
ヴィトセルクは全員の顔を見た。
「この井戸は村の廃屋奥で人目につきにく場所だ。兵は近くにいない。だが、武器庫になった天幕には、見た限りにおいては、入り口を3名で守っている。その周囲に10名ほどいる」
「ふん、楽勝ですな。トーリン、最初に行け」
先ほども最初に行ったトーリンは縄を背中に縛り付け、するすると登っていく。
こうした岩登りの達人なのだろう。ヴィトセルクは、その技術に舌をまいた。
トーリンは最上部に到達すると、片手で身体を支え、右手で縄を井戸の淵に固定した。
3本の縄が下に届く。
「ガルム、チビ、行け」と、声をかけ、3本目の縄をウルアルはつかんだ。
3人は、縄を腰に巻きつけると、それを支えに上に登っていく。すぐに縄が降りてきた。
ヴィトセルクが縄をつかむと、アスートが並ぶ。
上に登ると、ウルアルが彼を助けた。
「どうだ」
「焼け残った瓦礫ばかりで、ここには敵兵はいない……、問題は、ここからどう天幕まで行くか」
「この時間だ。ほとんどの兵は寝ているだろう。進軍は早かったから、休まず来たに違いない。疲れも溜まっているだろう」
「武器庫としての天幕、ですね」
「ああ、できれば食糧庫もだ」
ただ、一箇所でも確実に破壊すれば、敵は動揺する。これからの籠城は心理戦だとヴィトセルクは考えていた。
白い息が、夜に漂う。
先ほどまで、雲がかかっていた空は、あいにくと晴れて、星明かりで周囲は明るくなった。
「では、戦士諸君! ぶちかましに行くぞ!」
右指二本で、ガルムとほかの一人に指示する。
松明のあかりが見える先に、ふたりは忍び寄る。彼らは安全を確認して、右手で合図してくる。全員が背後に走った。
「あの天幕ですかい」
ヴィトセルクは確認した。
20人は雑魚寝できそうな大型天幕が設営されており、その前には松明が焚かれていた。パチパチという音が聞こえ、木の燃える匂いが漂ってくる。
「お、おまえたち、いったい何者だ!」
背後から男の声がした。
見つかったと思った瞬間、アスートの短刀が男の首を切り裂いていた。
口を押さえて、男の叫び声を抑える。
あまりの鮮やかさに、誰も動くことができなかった。
アスートは血に染まりながら、男を暗がりに隠す。
「お〜〜い、ベレンジャン。どこに消えたんだ。酔っ払ってんじゃねえぞ!」と言う声が、聞こえた。
「チビ、天幕を破壊するための作業をしろ、俺たちが敵をひきつける。時間は数分だ。手早くやれ、ガルム、チビを援護しろ」
「は!」
「行くぞ」
ヴィトセルクの言葉に、全員が一丸となって天幕を守る警備兵に襲いかかる。
「な、なんだ」
「敵だ、敵だ」
近くにいた警備兵たちが集まってくる。
ヴィトセルクは滑るように剣を構えると、最初の男に切りかかった。不意をつかれた兵はもろい。あっという間に地面に倒れる。
踊るような剣さばきには、一緒に来た仲間たちも見惚れた。
それほど、彼の剣さばきは優雅であり、恐ろしく強かった。
「た、大将、いったいどこで、そんな技を」
背中合わせになったとき、ウルアルは感嘆した。敵兵の半分はヴィトセルクの剣に倒されていたのだ。
天幕周囲の敵を倒した。騒ぎに兵が駆けつけるのも時間の問題だ。
「チビ!」
ウルアルが叫んだ。
その声と同時に天幕からチビとガルムが飛び出して来た。天幕が赤くなっている。
「燃やし粉をふんだんに使った、すぐに燃え始める!」と、チビが言う。
「破城槌は」
「天幕の横にあったんで、火をつけときました。燃やし粉をぶっかけたんで、仕事は上々」
「ヨシ! 他を燃やす時間はなさそうだ。帰るぞ」
井戸に全速で走ろうとした。しかし、騒ぎを聞きつけた兵が走って来た。しかし、5名ほどだ、すぐに制圧できるだろう。
「おら、おめえら、逃げたほうがいいぞ。無駄死にだ」と、ガルムが斧を頭上にあげて「ガオ!」と、喚いた。
「ほえてないで、背後を見な」と、敵兵の隊長のような男が叫んだ。
背後を振り返ったヴィトセルクは唖然とした。
向こうから数百人は下らない兵たちが武器を手に迫ってきている。
その時だった。
爆発が起きた。
1度目は、バンという音だったが、すぐに燃やし粉に引火したのか、耳をつんざくような音がして爆発。天幕に巨大な火柱がたった。
その爆風で、近くにいた者たちは、みな地面に叩きつけられた。
「逃げるぞ!」
全員が立ち上がったのを目で確かめたが、しかし、仲間の声が聞こえない。
爆発音の衝撃で耳がキーンとした。音がない世界で、みな、それぞれが動いていく。
彼らはヴィトセルクが指さす敵のいない方向へ走った。
敵側は事態が飲み込めず、動揺している。その隙が幸いした。
「逃げたぞ! 追え!」
声が聞こえたときは、井戸近くまで来ていた。
前を走るチビとトーリン、ユーハン。真横にアスート、ラーシュ、ミカラン。
背後にウルアルとガルムがいた。
井戸はもう目前だった。
「弓隊、放て!」
声と同時に、数十本の矢がまっすぐに向かってくる。
矢を防ぐ盾は装備してない。
「さけろ!」
ドカドカドカと矢が当たる音がする。
射られたと思ったが、痛みはない。
背後を振り返った。ヴィトセルクの盾となった、ウルアルとガルムが全身に矢を受けていた。
「ウルアル!」
「大将、生きろ! アスート、大将を……、ゴホッ」という言葉の途中で、彼は、かっと血を吐きながら、ヴィトセルクと目を合わすとニッと笑った。
「フレーヴァングに栄光あれ」と、凛とした声を出す。
「矢を放てぇ!」
再び後方から声がする。
全身に矢を浴びたウルアルとガルム。ふたりは、ヴィトセルクを守るように立っている。
「い、行け!」
(つづく)




