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陛下と呼ぶな。ここでは同じ兵士だ。



「王みずから、お出ましなど」


 セルファーの強い反対を無視して、ヴィトセルクは選ばれた精鋭たちとともに、裏門から手漕ぎ船に乗って城を抜け出た。


 戦士は10名。

 従者アスートのほか、選ばれた兵はみな黒装束を身にまとい目立たない姿だ。


 彼らはウルザブ川の本流を船で下った。

 どこに敵側の見張りが潜んでいるかわからない。下流へと向かう川の流れに任せ、かいも使わなかった。


 途中で船を捨て、岸辺にはえるシダ植物の影に隠れて進んだ。

 半分水に浸かりながら岸辺を歩く。

 風が強いため、寒さはさらに厳しい。星明かりはないが、暗闇に慣れれば、うっすらと周囲は見える。ただ、寒さだけはどうしようもなかった。


 ──凍るようだな。身体が動かなくなる前に岸にあがるべきだな。チッ、こういう日だからこそ成功できるはずだ。


 晩秋の12月、水は冷たく肌をさす。冷たいより痛い。だが、まだ13月ではない。本格的な冬は13月から年末の16月。

 春がはじまるのは、翌年の1月からだ。


「陛下」

「なんだ、アスート」

「このまま水に浸かっていては、誰も使いものにならなくなります」


 日頃、アスートはヴィトセルクにタメ口をきくことはない。子ども時代からずっと彼の傍らを離れない忠実な部下は、常に自分の立場を崩さない。


 お互いに親の情がうすい育ちだからこそ、家族以上の存在でもある。だから命をかけて自分に尽くす。


「わかっている。アスート、覚えているか。あの頃、よく使った抜け道」

「あれを通り抜けると」

「そうだ。敵も気づかないだろう」


 アスートが軽くため息をついたことに、彼は気づかなかった。


「よし、岸にあがるぞ」と、声をひそめて命じた。


 船を隠した場所から離れ、ヴィトセルクが上がった場所は密林で、下草は濡れすべりやすい。


 寒さにかじかんだ手は思うように動かない。しかし、そこは騎士団長セルファーが選んだ精鋭たちだ。表情も変えずに黙々と従ってくる。

 心強いと思った。


 本格的な冬はすぐそこまで近づいている。

 「一ヶ月か……」

 一ヶ月持ちこたえれば負けることはないと計算した。


「陛下」


 年嵩としかさの顔に傷を持った、ウルアル隊長と紹介されたまとめ役が声をかけてきた。セルファーによれば、第一団隊の百人隊長で優秀な男だという。

 以前、国境付近で軽い戦闘が起きたことがあり、適確に対処して敵を排したツワモノらしい。


 少人数の出兵に王が行くことをセルファーは危ぶんだ。ヴィトセルクは断固として、少人数を主張した。


『陛下になにかあれば、この国は滅びます。ご自重くださいませ』

『いや、セルファー。これまでも王がいなくても、国は機能してきたではないか。問題はわたしではない。国が残るか、滅びるか。それが、これからの一日一日の行動にかかっているのだ』

『ウルアル』という声に、いかつい顔の男が前に出た。

『陛下をお守りしろ。自ら危険に飛び込むこの尊い方のわがままを、なんとしてでも守りきれ』


 ウルアルは、胸に剣を掲げると『命にかえましても』と、厳粛な顔で誓った。


『お前の信頼する8人を連れていけ』

『は!』


 ヴィトセルクが言葉を挟んだ。


『投石品など武器保管庫、できれば食糧庫を燃やしにいく。とくに目当ては破城槌はじょうついだ』

『おそらく、そこは敵の守りも固いでしょう』

『ここはわたしの庭だ。横道から隠れ地下通路、すべてを頭に収めている。武器保管庫の場所は塔から探知した』

『なるほど、ちょっと、近くまで行って、火をつけて帰る、ということですか』

『そうだ、楽勝だろう』


 そうして、彼らは裏門からウルザブ川の本流に入り、支流を通り過ぎた森で船を降りたのだ。


「陛下」

「ウルアル。わたしを陛下と呼ぶな。ヴィトでいい。ここでは同じ兵士だ。陛下などと呼ばれては、逆に敵の的になろう」

「では、失礼ながら、ヴィト」

「なんだ」

「わたしの背後に。先頭はわたしが参ります」


 ヴィトセルクは彼の目を見た。そして、逆らわずに背後にまわった。


「それで、どちらに」

「この先に地下水路がある。その水脈は、敵陣営の中心にある井戸につながっている。その井戸のすぐ先に武器などを備蓄している天幕があった」

「つまり、地下水路を抜け、井戸を登り、こっそりと天幕に近づき、焼き尽くす」

「そうだ。火の扱いの慣れたものは」

「チビ」


 チビと呼ばれた男は、ほかの兵より、かなり小柄だった。


「この男です」

「そうか。そなた、名は?」

「陛下、グルビレンと申します」

「グルビレン、お前の手腕にかかっておる。一番の狙いは破城槌だ」


 破城槌はじょうついとは城門を破り、突破することを目標とした兵器。これを燃やせば城門突破に支障がでる。


『この戦い、いかに城を破られないかが勝負のカギになります』とは、ウーシェンの言葉だ。

 彼はいつも、はかなげに笑みを浮かべながら、無理難題をつきつける。


「頼んだぞ、チビ」


 グルビレンは真っ黒な顔をゆがませ、にやりと笑った。


「どのくらいの時間でっかね」

「これは時間の勝負だ。井戸から上がり、天幕を守る衛兵を倒して、気づかれないうちに、武器保管庫と破城槌、できれば食糧庫を燃やす。あとは、混乱に乗じて逃げる。これでしばらくは、投石の音を聞かずに済むかもしれんぞ」

「そりゃあ、ええ。あの音は寝るのに困る。もっといい音にしてもらわにゃ」


 全員がその言葉に声を出さずに笑った。

 いい奴らだとヴィトセルクは思った。できれば、全員を無事に返したい。


 遠くから、木を叩く音が聞こえてくる。敵は大部隊だ。敵陣営の設営が終わるのに数日はかかる。彼らの総攻撃は三日後とヴィトセルクは読んでいた。


 その前に、投石のような小細工はしてくるだろうが。

 奴らは驕っている。そこに付け入る隙ができる。

 フレーヴァング王国側にしてみれば、この勝負、最初から全く勝ち目のない戦いだ。だからこそ、負けない戦略をヴィトセルクは練った。


 100年前、群雄割拠の時代には国々の戦乱は絶えなかった。3大国に収束した今、国同士の小競り合いはあっても大きな戦争はない。実際、戦闘経験のあるものは、相手側にも少ないだろう。


 ヴィトセルクが他の権力者たちと違うのは、幼いころから命の危険があり市井で生きてきたところだ。

 そして、彼にはレヴァルという魔術師がいる。

 レヴァルは失われた魔法と言われる『空間魔法』を操る唯一無二の存在だ。

 かつてこの世界に存在したウルザブの民が操る秘技であり、空間を開いて異世界に行くことができると同時に、空間に高強度のバリアを張れる。


 頭のなかをいろいろな感情がよぎっていく。と、見慣れた細いケモノ道を見つけた。


 ──この先だ。


 すぐ前をウルアルが確かな足どりで、木々を切り開いて歩く。その先に楕円形に広がる窪地が見えた。


「ウルアル。その窪地だ。降りて草木を払うと洞窟がある。そこから井戸につながる地下水道に通じている」

「よくご存知で。あなたさまのご身分からは考えられないが」

「ああ、ヤクザな王だからな」


 皆、寒さで顔が青ざめてはいるが、気力は充実していた。濡れた身体のまま、雑木林に隠れた洞窟に入る。


 松明を掲げた。

 オレンジ色の淡い光に照らされ、ウルアルを先頭に洞窟から地下へ潜っていく。

 遠くから水の流れる音が聞こえる。少年時代に冒険したころと同じだ。ただ、洞窟は広いと思っていたが、大人にとっては狭い。


「この、水脈を一人で探検なさったのか。どれだけ、やんちゃな子どもだったんですか」

「役に立ったろうが。わたしは王族としては日陰ばかり歩いてきたが、お陰で窮屈きゅうくつな王宮のしきたりからは逃げられた」

「まったく、大将。ヴィト……、とは流石に呼べませんので、大将で我慢してもらいますよ」


 隊でもっとも大柄な男が笑った。


「お前の名前は」

「ガルムでさ」

「ガルムか。大将で許そう」

「ありがたい」

「お、俺も、大将で」

「名は?」

「よかろう、トーリン」


 それから地下水脈に向かうまで、男たち、ラーシュ、ミカラン、ユーハン、エランと自己紹介をしながら、王に名前を呼ばれると嬉しそうにしていた。


 自分では気づいていないが、ヴィトセルクは周囲の人々を惹きつける魅力がある。それは、知性的でありながら豪放で、明るい性格によるのかもしれない。


(つづく)

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