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負ける戦いをするつもりはない



「負ける戦いをするつもりはない。負けを先延ばしにするつもりもない。負けない戦闘。それ以外に生き延びる道がないのだ」(ヴィトセルク国王)



 ***************



 マリーナが去った4日後、シルフィン軍の先鋒隊が到着した。


 午後遅くから夕刻にかけて、城壁の向こう側、ウルザブ川の支流を隔てた場所に陣地を建設しはじめている。


 森から続々とあらわれるおびただしい数の兵。

 塔で見張っていた監視役2名の顔は青ざめた。この数えきれない兵。

 防ぎようがない。

 フレーヴァング城はウルザブ川に囲まれた天然の要塞であり、高い壁が城下町と城を守っているが、しかし、これは……。


 衛兵たちは、背後にヴィトセルク王がいることに気づいてない。寒さで白い息を吐きながら、その顔はさらに青ざめ白くなっている。


 ヴィトセルクはほほ笑みを強いて浮かべた。


「アリのようだな」

「へ、陛下」


 監視者たちがひざまずいた。


「恐ろしいか」

「い、いえ」

「あれが明日には、総攻撃を仕掛けてくる。恐ろしいと思うのが普通だ。だが、怯える兵士など役立たずだ。そういう奴らは、城が落ちる前に俺が殺す」

「陛下! 恐ろしくはありません。あいつらは踏み潰すアリであります」

「良い心がけだ。名前は」

「トーランにスーベニであります」

「トーランにスーベニ、心に留めた。励め」

「は!」


 ヴィトセルクは敵陣営が出来上がっていく様子を眺めた。敵は、王の指示で破壊し焼き尽くした村々に、大型の天幕を設営している。


「アスート」


 それまで影に隠れていた従者が、「は!」と、夕日のなかに姿を表した。


「すぐに絵師を呼び、詳細に敵陣地の絵を描かせろ」

「は」

「絵師には、こう命じよ。これから日々、敵陣地の詳細図を、細大もらさず書き写せと。行け」


 アスートの姿が音もなく消えた。

 数秒、ヴィトセルクはその場に佇み、それから、塔を降りた。


 次に彼は魔法塔に向かった。心を許せる友レヴァルが城壁に張り巡らす魔法障壁の指揮を取っていた。


魔法障壁バリアは、どれくらい持つと思う」

「数日は」

「適確な数字はないのか」

「敵の武器による。カタパルトがあると聞いている。それがどれほどの威力かわかれば、さらに正確な数はわかろう」


 この国にいる魔術師は8名。

 見習いを含めても10人に満たない。そもそも、こんな小国に貴重な魔術師が10人もいること自体が珍しい。

 その中で、もっとも力を持つのがレヴァルだ。

 魔法陣を描く8名の熟練者たちが、彼らの会話に耳をそばたてている。


「詳細が知れたら、ウーシェンに伝えよ」

「ああ……。ところで」と、レヴァルは声を落とした。

「おまえ、寝ているのか」


 ヴィトセルクは口もとを緩めた。


「熟睡しているよ」

「王が倒れては士気にかかわる。寝ろよ」

「心配するとは、お前らしくもない」

「俺らしいとは、どんなところだ」


 彼が顔を寄せて、指で頬を叩いてくる。

 レヴァルは美しい男だ。

 エルフの血のせいか人間離れした美貌で、その顔が間近にあると、男でもクラクラする。


 現実の厳しさに、折れそうな心をレヴァルは和ませる。優しい男ではない。どちらかと言えば無愛想だが、それが癒しになった。


「寝るよ」と言って、作戦会議場になった執務室に戻ると、参謀のウーシェンも入ってきた。


 主だった大臣たちと騎士団長のセルファーが待っていた。


「セルファー、ここに残ってくれ。他の者はみな部屋を出よ」


 大臣たちは、その言葉に反発しようとしたが、彼は手をあげて制した。

 しぶしぶと命に従い、王に背後を見せる不敬ふけいを避けるため、後ろ歩きで腰を曲げ、静々と部屋から出ていった。


 この非常事態でも大臣たちは先例を優先する。

 彼らは国が滅びても、やはり同じように、うやうやしく後ずさり去っていくのだろうか。過去の栄光に、過去の伝統に……。


 若いヴィトセルクは、こうした慣例に苛立ちを覚える。


 衛兵がドアを閉めた。


「王よ。お人払いされたのは」

「どこにスパイがいるかわからぬ。セルファー、秘密裏に精鋭を集めよ。奇襲をしかける。ウーシェン」


 彼の背後に立っていた細身の男がうなずいた。


「陛下」

「おまえの考えを説明しろ!」

「敵と正面から戦っても勝機はありません。とすれば、複数の計略を連続して用いるほかありません。そのひとつ、まず、少数で敵陣地に忍び、大型兵器や食糧へできうる限りの損害を与える。いわゆる『連環の計』を行います」


 騎士団長は、思わず目をいた。


「陛下」

「危ういと思っているか」

「昔、あなた様の幼いころにお教えした史略を覚えておいでですか」


 セルファーは彼が幼い頃に軍略指導をした家庭教師でもあった。


「まだこの世界が20の部族間で争っていた時代です。大軍を迎え撃つにはどうするかという講話を覚えておいでか。真っ向から戦うには相手が巨大すぎます」

「わかっておる。籠城ろうじょうしか方法はない。ただし、手をこまねいて、防衛一辺倒では早晩、この城は陥落する。それは、歴史書からも明確ではないか。そうだろう、ウーシェン」

「ご明察です」

「しかし」と、将軍は反対した。

「塔から見たよ。シルフィン軍はフレーヴァングに残った3000の兵に対し……、おそらく、8倍から10倍はいる。それに過去にはなかった最新兵器を持っている」


 到着したばかりの大軍は背後の森を切り開き、そこに簡易的な陣地を築いている。


 カーン、カーン、カーンとあちこちで木を切る音がこちらまで、不気味に響いてくる。何事が起きているのか理解できない城下の民衆は、その音に悪魔の存在を感じて怯えていると聞いた。


 本格的な総攻撃は明日からだろう。


 と、その時、ドドーンと音がして、城全体が揺れた。


「衛兵!」


 ヴィトセルクは叫びながら、部屋を出た。

 その背後をセルファーが続く。衛兵が後に従う。


「衛兵、報告を」

「陛下、見たこともないような大きなカタパルト(投石装置)から、石が城に向かって発射されたと報告が」

「魔法陣は、魔法障壁はどうだ」

「持ちこたえております」


 ヴィトセルクは城門側にある南塔に登った。

 階段を駆け上がると、再び、ドーンと音がして、城全体が揺れた。次の投石が襲ったのだ。城のあちらこちらから悲鳴が聞こえる。


 南塔で魔法障壁の向こう側を見たが、視界には砂煙以外には何も見えない。

 もう一度、音がして、彼は思わず手すりにつかまった。


 しばらくして、砂煙が消え、城廓の向こう側に3機ほどの大型のカタパルトが並んでいるのが見えた。


 遠距離のために見えにくい。

 監視官が使う、遠目メガネを渡すように指示した。


「何台だ」

「3機ほど、先ほどから投石が」と、監視官が報告した。


 砂塵が収まり、再び静けさが戻った。その時、シルフィン側の陣地から声が聞こえてきた。


『フレーヴァング王国の皆さま、ご機嫌よろしゅう。シルフィン帝国からのプレゼントよ。お気に召したかしら』


 どういう装置を使っているのだろうか。不思議なほど鮮明な声がウルザブ川の向こう側から聞こえてくる。


『ご挨拶程度に、プレゼントを送ったわよ。どう、驚いた? サプラーイズ』


 この声は聞き知っている。

 シルフィン帝国の実力者、有力な元老院議員5人のひとりシッゲイル公爵だ。


『さあ、抵抗をやめて。門を、お開きなさい。さもなければ、一両日には城廓内の人間は《《すべて》》皆殺しよ。おお怖っ』


 再び、カタパルトから投石があった。

 心理戦だ。

 彼らは、国を裏切り、投降する者たちを促している。


「やるな。相手も」

「陛下」

「アスート、いるか」

「は!」

「王宮専属楽隊を組織して、陽気な音楽を鳴らし城内を回らせよ。士気を高めよ」

「すぐに、ご指示通りに」

「陛下」と、老練なセルファーはシワを寄せた。

「小手先のことでは、人々の不安は収まりません」

「わかっておる。だが、今日は、これで終わりだろう。向こうも陣地を築く必要があろうしな。あれはシッゲイル特有の挨拶だ。それに、なにより、この貧しい国を侮っておろう」

「余裕をかましているようですな、陛下。これほどバカにされては、この老兵も、いささか感じるものがございます」

「では、その余裕を削りにいこうか、セルファー」

「熟練の兵士、10名を選べ、その中に火つけの熟練者を同行させよ」

「御意」


 その夜は曇りだったが、風が強く、空気は乾燥していた。

 ヴィトセルクには有利な点がある。この地は子どもの頃から馬をかり、全ての地形、抜け道を知り尽くしていた。


 夜は深くなった。彼は手を宙にかざし、空気を確認してニヤリと笑みを浮かべた。


(つづく)

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