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特殊な目の彼

「止めろ、止めろ! 船を止めるんだ」

「どうした」

「この先、船隊が、大きな船が数隻、いや、5隻か。川を封鎖している!」

「何を言っている。なんも見えんぞ」

「俺は見えるんだ」


 クロードの慌て方は尋常じゃなかった。


「このまま進んで発見されたら、まずい、エイクス。俺を信じろ」


 エイクスは櫂をこぐのをやめると、すわっていたクロードの胸ぐらを乱暴につかんだ。


「説明しろ。どういうことだ」

「俺の目は特殊なんだ」


 その言葉が終わる前に、クロードの目が左右に開いた。

 その不自然な形。エイクスがどう感じたのか。


「エイクス」


 静かだが凛としたマリーナの声が飛んだ。


 エイクスが、はっとして胸ぐらから手をはずした。

 クロードがふらつき、小舟はその振動で左右に揺れる。表情は怯えていたが、クロードは懸命に言い張った。


「俺の目は特殊なんだ。隠していたが、いろんなものが見える。普通の数倍は遠い距離を見ることができる」

「では、クロード、この先にはたしかにいるのね」

「間違いない。数隻の大型船が停泊している。見つかったら逃げられない」

「エイクス。彼の言うことを信じてもいいかもしれません。シルフィン軍がウルザブ川を封鎖しても、不思議ではないでしょう」

「たしかに、そうだが。しかし、なんとしても、あなた様をラドガ辺境国へ送りたい。陸路を行くとなると、船の倍の時間が必要だし危険だ」


 エイクスは迷っているようだ。


「俺を見ろよ」と、クロードが言った。

「なんだ、その目は、魔術とでも言うつもりか。左右に目が開いたからって、おまえがこの先を見通せるなんて、なぜ保証できる。俺の背中の切り傷でも見たいか。似たようなもんだぞ、気色の悪さじゃな」

「だから、このままじゃ、敵に突っ込む。巨大なカタパルト(石投げ器)も見える」

「だから?」

「フレーヴァング人はみな北に逃げている。こんな時に、南に下る船なんて不審しかないだろう。矢を雨のようにぶちこまれっぞ。こんな小舟、石を投げられただけでも沈没だ」

「黙っとれ!」


 エイクスは櫂を止め、それから、船の向きを変更するため、かいを右側に移動して、水流に逆らった。


 徐々に岸に近づく。


「仕方ねぇ。陸路を行くぞ。それでいいのか、クロード」

「ああ、危険は先に見える。こんな川面では隠れるものがない。大型船に突っ込むなんて、まずいだろう」


 エイクスは黙ったまま顔を背けると、櫂を船底に入れ岸辺の木に船を繋いだ。


 森のなかは静かだった。

 公道を進む軍ももういない。


 鳥たちの平和な鳴き声が聞こえてくる。


「行こう」

「待って、クロード。フレーヴァングへは」

「マリーナ、そこは彼の言う通りだと思う。俺たちが戻っても役に立つことなど少ない。それよりもヘルモーズ卿に援軍を頼むことが」

「聞いてくれるといいのですが」

「聞くさ。こんな麗しい姫の言葉を聞けない父親なんて、いねえぜ」と、エイクスが割り込んだ。

「エイクス。父は私を地下牢に閉じ込めました」


 エイクスは渋い顔をすると、ため息のように呟いた。


「こりゃ、いろいろ、多難だな」

「そういうことです」

「下々のもんが言うこっちゃないが、姫さんよ。あなたは、ちと生真面目すぎる」

「私がですか?」


 この男は、マリーナが奴隷と逃げたことを知っている。それでも、生真面目だと。


「おや、不服そうな顔をしてますな」

「いえ、それは」

「例の異世界の男の逃亡を言いたいんで」

「そうです」

「やっぱり、生真面目な姫さまだ」

「どこがですか?」

「俺みたいな奴はね。その手の女にゃあ、詳しい。あなたのように真っ直ぐじゃない妖婦は、そんな男と逃げはしない。うちの王さまと結婚しますぜ。そして、言っちゃあなんだが、ヴィトセルク王は男でもクラっとする、いい男だ」


 マリーナは首を振った。

 たしかにヴィトセルクはいい男だ。しかし、彼は知らないのだ。ユーセイの魅力を。どんな女でも、彼の声を聞いて平静ではいられない。

 彼の繊細さ、彼の優しさ。その天才的な音楽的才能。


 ふと、ユーセイの顔が浮かんだ。


『そうそう、その方がいい。怒ったり、笑ったりしてください。悲しいことなど忘れなさい』と、最後の日に彼は言った。


 あの美しい顔を思い出すだけで、心が痛い。


「ちっ、そんな顔をうちの王に見せんでくれ。気の毒になっちまうよ」

「まあ、エイクス」


 マリーナは朗らかに笑った。


「それで、どうだ、クロード。何か見えるか」

「大丈夫そうだ。木で遮られるから、遠くまでは見えないが」

「なんだ、意気がったわりには頼りないな。木を透過できるのかと思ったぜ」

「アホ。そこまで見えたら魔術師だ」

「違うのか」

「俺に魔力はない」

「そりゃ、残念だ。魔術師は希少だ。売れば高い」

「クソッ。俺は売られるのが人生か」

「姫にそっくりの可愛い顔で、ひどい言葉遣いだぜ。性格は似てないな」

「悪かったな」


 彼らは悪態をつきながら森を進んだ。

 そのうちに、疲れから言葉も少なくなった。足もとが覚束ない。

 足もとの枝が枯れ、脆くなっていると気づかず、踏むと崩れて、穴になっていたために、深く落ち込んだ。

 半身が間に挟まりそうだ。


 と、マリーナがうめき声をあげた。

 彼女が代わりに埋まっていた。枝がからまり、腐ったような匂いが立ってくる。



(つづく)

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