勝てない戦い、それでも男たちは賭ける
「どの角度から見ても、勝機はない」
参謀ウーシェンが、いち早くシルフィン帝国の動きを察知、さまざまな角度からシミュレーションしたのは知っている。
その結果が、これだ。
「それほど絶望的か」
「ご覧ください。これが戦力差です」
彼が示した自国の戦力は3万。
一方のシルフィン帝国は、戦闘を専門とする騎士だけで、おそらく6万人。
総兵力・・・1,000,000対30,000。
上級騎士・・60,000対3,000。
かの国が総勢力で攻めてくるわけではない。
実質、攻めてくるのは兵力の30パーセントほどだろう。それでも差は縮まらない。
勝てる要素がどこにある。
籠城で何日持ちこたえられる。
ラドガ辺境国からの援軍は来るのか。
──勝てる策が見えない。
現状を分析すればするほど絶望的だ。
「陛下。あ、あ〜〜、降伏は……、開城して降伏することも……、選択肢にいれてはいかかじゃろうか」
居並ぶ文官たちは、宰相の言葉に不承不承だが、うなずいている。
「グリング宰相。彼らは、なぜ、この時期に攻めてきたと考える」
「それは……」
「わかっているだろう。2年前にシオノン山の噴火を我が国が止めたからだ。そもそもシルフィン帝国がエネルギー資源としてマグマを抽出したために起こった噴火だった。20年もの間、この国は降灰に苦しんできた。向こうは気にも止めなかったがな。ドラゴンと巫女によって噴火を止めた結果、大国の誇りが傷ついたのだ。すぐに攻めて来なかったことが不思議なくらいだ」
「おそらく、巫女さまと神獣ドラゴンの加護があると考えたのでは」
「ふん、その抑止力は2年と持たなかったな。王国の化けの皮がはがれた」
誰も言葉を挟めずにいる。沈黙はより深く底なしになった。
「わかるか? 開城したからと言って納得はすまい。あの国の政治事情が複雑にからまっているなら、尚更だ。わが国に侮られたことへの報復だ……。征服するつもりで来たのだ。手を緩めることはない」
外交には冷酷なルールしかない。それを誰よりも知悉しているのがヴィトセルクだ……。無意識にデスクの端を強く握りしめており、手の甲に血管が浮き出しているのに気づいた。
「勝てる勝負ではない。だが、負けるつもりもない」
「負けないとは、どういう意味ですか、陛下」
「冬だよ、グリング」
宰相は、もう引退しても良い年齢だ。ヴィトセルクからすれば祖父のような彼は、愛しい孫を見るような視線で目尻を下げた。
──このジッサマの、この視線ゆえに要職から外せぬ。わたしは甘いな。
「冬でございますか」
「相手が雪に閉じ込められ、食料の調達に困り本国に帰るしかなくなるまで、持ちこたえる」
「しかし、春になれば、また攻めて来るのじゃあ」
「いいか、グリング。この兵力差を考えれば、さらに全軍で攻めて来るなど、あの国の世論は許すだろうか。冬を持ちこたえれば、西の山脈を隔てた大国イオニア王国も関わってくるだろう。ラドガ辺境国はもちろんのことだ。一度はよくても二度も敗退することになれば、さしもの大国の誇りも消え失せる。汚名は簡単には覆せない。だからこそ、今回は本気だ。大軍を持って、ひと息に国を滅ぼすつもりなのだ」
重臣たちは色めき立ち、恐怖に顔を曇らせた。
「我が国が唯一生き残れる策は、どれほど泥臭くとも、どれほど犠牲を払っても、負けない。その一点しかない」
ヴィトセルクは村内に食料を残さず、村を焼くことで、凍える過酷な季節まで籠城できるかどうかに賭けた。
万にひとつの勝機。
いや、実際には奇跡でも起きない限り皆無かもしれない。誰よりも、それにすがっているのは若き王かもしれない。
「レヴァル公爵は? 戻っているか」
「今朝、早くに」
「どこにいる」
「魔法陣の塔に」
「そうか。では、城郭の魔法陣による障壁はできるのだな」
「そう伺っております」
「半日で仕上げよと命じておけ」
「わかりました」
レヴァルは、エルフの血を持つ男であり、この国、随一の魔術師だ。
過去、フレーヴァング王国で絶対権力を持っていたフロジ公爵の落とし児で、父親はヴィトセルクにとって最大の政敵だった。
当時、父王は病に伏せっており、実権はフロジ公爵が握っていたのだ。その公爵も亡くなった。その後、奇妙な縁からレヴァルは親友となった。
「レヴァルに後で来るように伝えよ」
「わかりました」
「敵は、どれ程で城壁につく」
「おそらくは5日後」
「では、参ろうか。お前たちは、それぞれの職務に励め」
「陛下は?」
「わたしは民に話がある」
ヴィトセルクは執務室を出ると、その足で、城の南側にある塔に登った。
アスートがついてこようとするのを途中で止めた。
「陛下」
「しばらく、ひとりに」
そう命じて、螺旋階段から最上階に登った。
空は青く、天は高い。
雲ひとつない空を眺め、ふぅっと息を、ひとつひとつ落としていく。
その瞬間、腰が砕け、彼はその場に力なくうずくまった。
緊張の連続から解き放たれると、自分の決断に間違いがなかったか不安を覚える。いや命令と決断を下すことさえ恐ろしい。
彼の両肩には、フレーヴァング王国30万人の命がかかっていた。
「マリーナ」と、彼は声に出して名前を呼んだ。
彼女が父の執政官とうまくいってないことは知っている。援軍を連れて戻るなど不可能かもしれない。だからこそ、時間のあるうちに城から逃がしたかった。
目を閉じた。
しばらくそのままでいると、彼は決意を持って、塔の階段を降りた。
忠実なアスートが待っていた。
「民をどこに集めた」
「南門の下でございます」
「人数は」
「女子ども、老人を含めて、おそらく、1万人ほどかと」
「わかった」
彼は足早に南門へ向かった。そこに、もう迷いはなかった。
(つづく)




