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第一部完結 ついに・・・『初夜』



 あの夜から、クロードの特殊な目はヴィトセルクの姿を一心に捉えるようになった。


 執務室の窓から、ホールから、部下に囲まれているとき、つねに彼女を見つめる王がいる。


 ──俺、ちょっと変だ。ヴィトセルク王を見ると、なんか笑いたくなる。


 だからこそ気づいてしまった。

 マリーナが何も見ていないことを。ヴィトセルクは彼女しか見ていないのに。




 その日も、中庭でヴィトセルクの姿を発見した。


 忙しい彼の息抜きでもあるようだが、ヴィトセルクは剣の鍛錬として騎士たちとよくわたりあう。中庭はマリーナの散歩道でもあり、途中で彼を見つけ嬉しくなった。


 剣を打ち合う彼らの息遣いは激しい。チャンチャンという刃が合わさる途中で、明るい声がもれ聞こえてくる。


「おお、陛下。腕を上げましたか」

「世辞を言っても、なんの褒賞もないぞ」

「では、遠慮なく叩きのめしましょう」

「やってみよ!」


 おおらかな声でヴィトセルクが笑う。クロードの身体に震えが走った。


 振り返ってみると、彼らは剣を合わせ、宙に舞い、背側で受け、受け流し、まるで雄々しく華麗な舞いを見ているようだ。


 ──なんて、なんて、美しい動きだ。まったく無駄がない。カールって威張っていたけど、あれを見ると、レベルが全くちがう。すごい。あっ!


 つい見惚れて、遅れてしまった。

 マリーナはかなり先を歩いている。その背中を王は見つめるが、全く気づきもしない。


「陛下、一本」

「おい!」

「気を散らす、あなたが悪い」


 それから、男同士の笑い声になる。

 マリーナの歩調は一定でゆるぎない。クロードはその背を小走りに追いかけた。


 クロードは、もう一度王を振り返った。その視線には、なんとも切ない影がある。


 まちがいようもなく、彼はマリーナを愛している。この氷のように冷えた女性を、優しく、凛とした気品をもち、心を失ってしまった上の空の人を。


 ──俺、どっちの味方をしたいんだ。もう、わからなくはないぞ。ヴィトセルク王。俺は……。ちぇ、何を考えてるんだか。


 恋とか愛とか物語でしか読んだことがなかった。マリーナの失った男への思いも、ヴィトセルクの切ない片想いも実際に理解してはいない。


 マリーナに仕える時間が長くなるほど、彼女を敬愛し、一方、自分の想いを隠すヴィトセルクに同情と、それから、得体の知れないものを感じた。それが何なのか、理解できない。




 その夜は邪神の日。フレーヴァング王国から聖なるものが消える、年に一度の厄災の日だという。

 月も星も雲に隠れ、真の闇が訪れ、魔術師たちは焚き火に平安を祈る。その呪術の声が、どこからかかすかに聞こえてくる。


 宵闇の頃から、人びとは酒を飲むことで邪気を払うのが風習だ。


「クロード」


 マリーナが呼んだ。

 王国の風習を知らないマリーナは、厄災の祭典には出席せず、湯浴みをしていた。

 

 クロードが男性であることをマリーナは気にしない。平然と豊満な裸体をさらす。とまどう彼のほうが目を逸らしている。

 入浴を手伝う侍女たちに、細部まで身体をまかせながら、いつも少し上の空で、その美しい顔を憂鬱ゆううつそうにしている。


「クロード」

 

 ──姫さんは、ほんと無防備だ。俺だって男だ。振り返って見てもいいのか。いいよな、うん、いいぞ。


「なんですか、姫。俺、振り返るよ」

「クロード、彼女たちは花の湯を知らないの」

「花の湯ですか。この寒い国じゃあ、冬に花風呂はムリだ」

「そう……、そうね」


 彼が振り返ろうとしたとき、入り口の扉が開いた。

 そこにヴィトセルクがいた。

 声をかけようとしたとき、彼が唇に指をつけ、「黙れ」と声を出さずに形作った。


 入浴用に置かれた間仕切りがあり、その先の湯船でマリーナが湯のなかにいる。

 ヴィトセルクは中にずかずかと入った。


 侍女たちが手を止め平伏する。


「とんでもないところに来たようですな」

「いいえ、陛下」


 マリーナの声は冷たい。いや、冷たいより、さらに悪い。無関心なのだ。


 常に別世界に生きているようだ。失った時間を何度も思い返して日々をやり過ごしているようで、悲しくなる。

 過去に愛した奴隷は、それほどの男だったのか。


 クロードは見えない男に嫉妬の怒りさえ覚え、ヴィトセルクの気持ちが痛いほどわかる。


「邪魔をしたが」

「……」

「それにしても、その光輝く肌を夫に見せつけるとは」と、彼の声がうわずった。


 ひげが濃く、目は暗く、髪は乱れて額をおおっている。

 日頃の身嗜みだしなみが整った彼とは思えない。


「酔っていらっしゃるのですか?」

「ああ、酔っている。すごく酔ってる。厄災の日だ。邪が舞い降りる」


 クロードは侍女たちに目配せして、下がるように指示した。

 湯船につかるマリーナを置いて、そっと彼女たちは下がっていく。


 ヴィトセルクは彼女に近づくと、濡れるのも構わずマリーナを抱きあげた。

 彼の広い胸で、裸体をさらし、さすがの彼女の頬も赤らんだ。


「おやめください」

「黙りなさい」

「陛下」

「いいから、今は黙ってくれ」


 水分が髪から垂れ、ポタポタと床に黒いシミをつける。彼はマリーナをベッドに連れていき、そっと横たえると髪を愛おしそうになでた。


「マリーナ」と、掠れた声でささやく。

「酔っているのですね。おやめください。酔っ払いに抱かれたくありませ……」という言葉の途中を唇で遮る。


 ──ダメだ。見ちゃいかんだろ、クロード。


 クロードは目をきつく閉じ、それから、そっと薄目をあけた。

 見てはいけないと思いながら、目が言うことを聞かない。


 男と女がベッドで何をするかなんて、本で読んだ。


 ──知っているけど……。マリーナさまが驚いてる。どうしたらいい。助けるのか? おい、クロード、助けるべきか?


 目を見開いたままマリーナは唇を受け、顔を左右にふっている。

 ヴィトセルクは、いったん離れ、そして、両手で彼女の頬をつかむ。ふたりの視線が交わる。


 ヴィトセルクの右手が、ゆっくりと肌を伝い、豊満な胸が乱暴にもみしだかれる。

 マリーナの下半身が、まるで別に意思をもったかのように開かれていく。肌がバラ色に染まり、男を受け入れようと意思に逆らい反応する淫らな姿。


 容赦ない彼の指は執拗にマリーナの欲望を解き放とうとうごめく。彼の唇が下がっていくにつれ、マリーナの肌に血管が浮き出して肌を染めていく。


「あっ、ああぁ……」


 男を求める女の嬌声にヴィトセルクの唇が下半身へと降りていく。


 ──これ以上は見ては、ダメだ、俺。


 クロードはそっと寝室のドアを閉じた。



(第1部完結:第2部につづく)

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