処女の証明
終わりが見えんぞ。この式典、いったいいつまで続く。
クロードの忍耐は限界にきていた。なにしろ延々と祝宴がつづき、いつ終わるともしれない。
──あいつらは、いいさ。南の大陸から遠路をパレードして来ちゃいない。こっちは、ずっと輿に揺られて、到着したと思ったら結婚式だ。そのうえ、この果てしのないパーティ。
──おまえら、何様だ。俺らを労われ! ほんと腹立つ。気絶してやる。このままなら、大げさに気絶すっぞ。
クロードは背中や腰を叩きながら、心のなかで悪態をつき続けた。
宴会が続く大ホールの正面テーブル……。
ヴィトセルクとマリーナがすわり、来賓たちの挨拶を受けていた。
クロードはその背後で立ち続けている。
最高にムカついたとき、ちらりとヴィトセルクの視線を捉えた。彼は吹き出しそうな顔でクロードを見た。思わず、「チッ」と舌打ちしてしまった。
──いい男だけど、それだけで許されると思うな。こっちの辛さを理解しろって。
その時、チーン、チン、チーンとコップを叩く音がした。
いかにも権威のありそうな老人が注目をと呼んでいる。
「それでは、今宵、夫婦となった王と王妃を祝して、乾杯を! 我らに、ふたりの結びつきを見届ける栄誉を」
ヴィトセルクが声を出して笑った。
「よかろう」
彼は優雅に立ち上がり、マリーナの顔を見て、促すように唇を曲げた。
背後に控えていたクロードは、王が一瞬もマリーナと視線を合わさないことに気づいた。
この二人の間には、結婚以前から確執があるのは間違いない。
なんだか緊張して、だからこそ、この地で彼がするべきことがわからない。マリーナを守れと命じられたが、この王の何から守る必要があるのだろうか?
はじめてマリーナに会った時から、ずっと気になっていた。
マリーナの表情には色がない。
彼女は淡々と事務的に自分の義務をこなしている。感情が抜け落ちたその姿は、いっそ高潔に見えた。クロードは、無意識に周囲を気にしてしまう自分を、ちょっとだけ恥じた。
孤高の女性、それがマリーナなんだ。ただ、その孤高さに幸せの色が全くない。それはとても寂しいことじゃないかと思う。
「では、来るか」と、ヴィトセルクが笑っている。
ヴィトセルクに促されて、一瞬だがマリーナの顔が曇った。それはあるかないかの動きだったが、クロードは気づいた。
結婚式以来、常に人形のような彼女が、はじめて見せた動揺。
なぜ、そんな表情を浮かべるのだろう。
ふたりは祝宴会場を後にした。
「いよいよだな」
「ああ、どんな嬌態を見せてくれるか」
コソコソ声が聞こえる。
これから先にあることに、みながひそかに興奮している。
なにがあるんだ。
意味がわからないのはクロードだけのようだ。
多くの大臣たちは無言だが、どこか期待に満ちた顔を抑えられないようだ。
いったい何が始まるのだろうか。
大広間の奥へと廊下を歩く。
ひとつの部屋に到着すると、小間使い頭のアトリが待っていた。
「ご準備をいたします。しばらく、お待ちくださいませ、では、妃殿下」と、彼女がうながした。
「おやおや、夫も締め出す気か、アトリ」
「とんでもございません」
マリーナに続きクロードも部屋のなかに入った。
部屋に入ると、大きなベッドが目に飛び込んできた。はっとしてマリーナを見つめた。
彼女の表情は変わらない。
アトリがベッドの右壁にある衝立のなかに、彼女を促した。
マリーナが衝立の中に入ると、すぐにアトリはドレスの紐を解き始めた。
「あ!」
思わずクロードは声にだした。
「妃殿下」と、アトリが聞いた。
「あの者と代わりますか」
「かまいません。続けなさい」
クロードは、その場に平伏した。自分はなぜ、ここにいるのかといたたまれない。
アトリは手際よくドレスを脱がしていく。
薄い下着だけになると、彼女は赤く染まった布を姫に手渡した。
「こちらを用意しておくようにと、王から」
マリーナは、ふっと笑った。
「では、あちらに」と、衝立の向こうのベッドを差した。
クロードは童貞だ。
男女の交わりを本で読んだことがあるが、それは限りなくボカされたもので、女として育った彼にやり方を教える男友達もいない。キスだけで子どもが生まれると言われたら、それを信じてしまうほどウブだった。
だから、これから何がおきるのか想像できなかった。
マリーナは素肌にローブ姿であっても気品を損なわない。
その美しさにクロードは身体中が沸騰するほど興奮し、同時にベッドの上で、ヴィトセルクが半裸で待っているのを片目でとらえた。
──な、なにが起きてる。いや、うっぎゃあ。俺は、もう見てられん。姫さん、まさか、今からベッドインなんか?
マリーナがベッドに向かう。
薄物のローブから、あらわになった身体の線に、これまで強いて視線を合わさなかったヴィトセルクの瞳孔が開く。
ふたりがベッドに並んで入り、シーツをかけるとアトリが告げた。
「では、扉を開いてもよろしいでしょうか」
「よかろう」と、ヴィトセルクが言った。
アトリが扉を開くと、大勢の貴族が野次馬となって群がった。
──ば、バカな! 嘘だろ。みんな入ってくるぞ。う、嘘だろ!
呆気に取られている彼を、アトリが、「クロード」と小さく注意した。
「は、は、は、はい」
「こちらに下がりなさい」
アトリに従って、ほとんど気絶しそうな気分で、貴族たちの背後に控えた。
その時、貴族たちが息を止めるのを感じた。
静寂のなか、それは突然に始まった。
ベッドがギシギシと揺れる音がする。
「ハッハッハッ」という、息遣いが聞こえ、途絶えた。
あっという間だった。
「おめでとうございます」
貴族たちが、ざっと平伏したため、クロードだけが直立でシーツのなかにいるマリーナ妃の冷たい顔と視線があった。
ヴィトセルクが赤い布をふって、笑っている。
処女の証……。
アトリが渡したのは、そういう布だったのだ。
それはなんとも滑稽で悲しい光景だった。
儀式が終わると、彼らは部屋の外へと出ていった。
平伏するアトリと、立ち尽くしたまま、呆然としたクロードを残して。
ドレスを整えたマリーナが戻って来た。
ちらりとクロードの顔を見て、その美しい顔に皮肉な表情を宿した。
「クロード」
「は、はい」
「何もなかったわ」
「え?」
「王は、わたくしの上で腕立て伏せを数回しただけよ」
クロードは、また言葉を失った。
「儀式ですから」と、アトリの冷たい声がした。
(つづく)