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ふたつの顔を持つ貴種

「ちくしょう!」


 震える手で尖った石刃物を持ち、頬にあて息を整えた。


「やるんだ、クロード、やれ! 男だろ、おまえは男だ。女じゃない!」


 叫びながら、いっきに上から下へと自分の頬を切り裂いた。


 ドクドクと流れ落ちる血。焼けるような鋭い痛み。気絶しそうだ。しかし、これで全て変わる。もう女でいる必要がない。


「クソッ、痛えぞ、クッソ、俺はバカか! アホか!」




 ラトガ辺境国に住む貧乏貴族の子クロード・デ・ハトートレイン、13歳。

 幼いころから女として生きるよう、家族に強いられてきた。

 ともかく、彼は美しかった。


 華奢きゃしゃで女っぽい身体つき、幼い頃は、ひ弱で成人することも危ぶまれた。しかし、誰もが振り返る目鼻立ちが整った容貌ようぼうは、女性としてなら絶世の美女にまちがいない。


 理由はわからないが、小さいころから女の格好をさせられた。


「俺の身体が、細すぎるからか? 弱いからか?」

「俺なんて言葉遣いはやめなさい。いつも言っているでしょ、クロード。女として、あなたは生きるのです」と、母は頭ごなしに否定する。


 女である必要はなぜなのか。理由を聞いても、理不尽りふじんにはぐらかされるだけ。


 婿養子むこようしの父ときたら、母に味方するだけののうなしで、まったく助けにもならない。そう、世界は、クロードにとってクソでしかなかった。


「俺は俺だ」

「あなたはね、特別な貴種ってことを隠すのですよ」

「特別な貴種?」

「そうよ、クロード。あなたは男であって男でないの。その身体で騎士訓練なんてしたら、死んでしまう。それくらいは理解できるわよね」


 彼も9歳くらいまでなら、その言葉を信じていた。そんなものだと思ったのだ。今から思えば、なんとまあ、お可愛かわいらしいことか。


 13歳の夏の日に、ついに限界がきた。

 醜くなれば、女としての生きる必要はないだろう。13歳なりの知恵をしぼって、頬を切り裂いたのだ。


 痛かった。むっちゃ痛い。


 文句をたれ流し、フラフラした足取りで家に戻ると、母は血相けっそうを変えて怒鳴った。


「この愚か者が!」と、おとなしい父まで大声をあげる。

「その顔は宝よ。なんてことを」

「普通の医者じゃ無理だ。すぐに治癒ちゆ魔法を。どれだけ金がかかると思っている!」


 ハトートレイン家は貧しい。治める領地は人口にしたら100人も満たない。

 税収は年に1000万ダラールほどで、ここから数名の使用人を養い、給与を支払う必要があった。懐具合ふところぐあいは常に乏しいのだ。典型的な貧乏貴族は、みずから野良仕事をして、やっと体面を保っていた。


 最高級の治癒ちゆ魔法は高価そのもの。

 彼の治療費のために、次姉が金持ちの一般商人に嫁ぐことになったほどだ。


「あんたのせい」と、次姉は泣いた。

「あんたのせいで、わたしは貴族でさえもなくなった」


 さすがにクロードは申し訳ないと思った。


 それでも、彼はどれほど普通の男でありたかったか。

 うれいは深く、コンプレックスも大きい。だから、女言葉も使わない。他人を拒否するのは、美しすぎて、お高くとまっているからだと思われたが、それは違う。クロードは、ただ、普通でありたかったのだ。


「クロード。そんな美人が男みたいな口を使うな。もったいない」


 幼馴染で、誰にでもズケズケと踏み込んでくるカールは、会えば必ずそう言う。事情を知らない他人は勝手なものだ。


「おまえは、もったいないの意味をはき違えてんだよ。もったいないってのは、有用なのに無駄に使っている時に使う言葉だ」

「クロード、意味がわからんぞ」

「俺の顔はな、無用なのに有用に見えるってことが問題なんだ」

「ケッ、小難しいこと言ってやがらぁ。だから、嫁のもらい手がないんだな」

「大きなお世話だ。結婚して、俺に何をさせたいんだ」


 そうやって、クロードはいつしか自分の特別を受け入れた。

 それは、簡単ではなかった……、簡単ではなかったが、受け入れることで、やっと呼吸ができるようになったのだ。


 いったん受け入れれば、もともと素直なクロードは女であることに順応した。なぜ反抗したのか、20歳になった今では理由も忘れた。


 日々は、かったるいほど平凡で、これから先も、この村でずっとひとり生きていく。そう漠然と考えた。


 その夏、興奮した母に大声で呼ばれるまでの話だったが。


(つづく)


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