もう、いいよ
「ここに、隠れていなさい。もう、いいよ。って言うまで出てきたら駄目よ」
家に知らない男の人が来た。顔は見ていないけれど、知らない声だった。
母は私をクローゼットに隠れているように言った。私は手で耳を塞いて震えていた。知らない男の人が怒鳴る声。父が怒鳴る声。母の叫び声。父の叫び声。怖かった。
「殺人事件?」
「建て替えされているってさ。覚えてない?一家惨殺事件…」
「まだ子供だったし、はっきりとは…。ってあなたは覚えているの?」
彼はちょっと肩をすくめた。確か同じ年くらいの女の子が殺されたのだと記憶している。
「もう、今になってなんでそんな話するかな」
私はウインナーをグサリとフォークで刺した。
「昨日、ゴミ出している時に隣のおばさんに聞かされた」
大袈裟にため息をつく。本当に、噂話の好きなご近所さんたちにはうんざりだ。それに…なんで朝食時にこんな話題出してくるかな…。TOPわきまえろ。ってんの。噛んでいたウインナーをのみ飲む。
「もう、いいよ」
その話はやめましょう。と言った瞬間だった。ガタンと家が揺れた。
『お母さん…お母さんじゃない。お母さん、どこ?』
幼稚園児くらいの、髪を2つに結んだ女の子だ。透けている、多分、幽霊だ。
『お父さん…お母さん…どこ?怖いよ。いつまで隠れていたらいいの?』
そう言って、女の子はスーっと消えてしまった。
その日から家では「もう、いいよ」は禁句となった。