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異世界転移、ご利用にはお気を付け  作者: 生涯半端者
プロローグ
8/10

優柔不断でお人よし


 【音波怪獣 トードディナ】 特殊能力(ギフト)撤退推奨(レッドライン)

 異世界人(フォーリナー)チームが別件の依頼遂行中に森にて遭遇。

 全長は50m、ヒキガエルに似た姿をしているが、後頭部からは長い管が髪の毛の如く生えいる。


 主な攻撃は周りの空気を一挙に吸い込み、音として吐き出す音響攻撃。

 相手との距離が数キロ離れていても聴覚に痛みを与える爆音、ワンテンポ遅れてくる突風に体勢は崩れ、更に体内に取り込んでいた無数の瓦礫や倒木を弾丸のように飛ばしてくる三段構え。


 特殊能力(ギフト)である撤退推奨(レッドライン)は、トードディナの身体的能力(ステータス)よりも高く、敵対しているまたは敵対するであろう相手の位置を自動的に知らせてくれる。


 知らせるといってもその方法は非常に簡素。

 どの方角にいるかを何となく察せる程度で、距離感は脳内に響き渡るシグナル音の強弱でしかわからない。


 畜生である怪獣にはすぎた能力。

 そもそも特殊能力(ギフト)の存在も知らなければ、それを理解する脳もない。

 自動発動する為、トードディナは何が起こったかわからず、シグナルがする方向を漠然と進んでいき、音が大きくなってくると声を発して威嚇している。


 沖合達に対して、わざわざ射程圏内まで声を殺していた理由もこれである。

 音のする方へと近付くにつれて音は大きくなり、そして一定のラインを超えたから叫んだに過ぎず、そこに敵意や悪意は一切ない。



 ----- ----- ----- -----



 ジークリルには、怪獣の撤退推奨(レッドライン)を自分が踏んだなど気付きようがない。

 彼に起こりうるすべての事象は修正力。

 それ以外の何物でもないと考えているのだから。


「(クソッ、なんで俺はコイツを守ったりしたんだ! こいつもあのデカ物と同じ、修正力で巡り合わされた存在。今からでも置いて逃げっ……)」


 生暖かいドロッとした液体が腕を(つた)う。

 それが何なのか、過去に幾度となく同じ状況を経験してきたジークリルは何となく察しがついている。


 彼は何も悪くない。

 音響兵器を咄嗟に防ぐことは不可能だ。

 音はそれに特化した防御手段を用いなければ、確実に相手の聴覚を破壊できる。共に飛ばされてきた破片から彼女を守っただけでも評価されるべきだ。


「ぁ……ぅあ……」


「しまっ……!」


 少女は耳から血を流しぐったりとしていた。それを見て思わず、後悔と怒りを覚えて声に出しかけそうになった。


 感情も行動も出したら最後なのだ。

 必死に抑え込む。

 必死に冷徹さを演じようとする。


 今提示されている選択肢は二つ。

 一つ目は修正力に従い『少女を守らんが為に怪獣と対峙する』

 二つ目は己を遵守して『少女を置き去りにし、背を向けて走り出す』


 中道はない。

 翼が使えない今、少女を連れては逃げられない。


「(何を悩むことがあるジークリル、目の前にいるのは造物にすぎないじゃないか……! 物以下の空想物、それがこいつらの正体なんだ!!)」


 必死な言い訳、目の前で死にかけている相手を作り物だと言い聞かせる。


 だが心のうちとは裏腹にとっている行動は真逆。

 ドラゴンの炎によりジークリルの基礎体温は常人の数倍あり、人が素手で触れば火傷をしてしまう程の熱量を備えている。にもかかわらず少女が火傷を負っていない理由は、彼女が突風で飛ばされた際、自分の熱で焼かれないように(いた)わり調整したからだ。


 そのことに彼が気付くことは一生ないだろう。

 彼の行動は非常に中途半端なものだ。

 非情に成り切れず、従順にもならない面倒な男。


「(ここで折れてどうする。折れたらまた同じことの繰り返し、()いては世界の為の行動。俺は見捨てるんじゃない、業を背負い前進して)」






「VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」






 三度目の咆哮。

 ジークリルはまた少女を守った。

 今度はより必死に、少しでも音から守らんと両手で強く抱きしめる。我が身に降りかかる痛みなどお構いなしに。


「ッ!!!」


 最も最悪な行動をとってしまった。

 もし今少女を守らなければ少女は死に、自身の決意に従えた。

 だがあろうことか自分の鼓膜を犠牲にして少女を守ったがために少女は(かろ)うじて生き延び、ジークリルの聴覚は爆音に晒されてしまった。


 聴覚に留まらず、肉体にも音が残響している。

 車酔いにも似た吐き気、全身を襲う痺れ。炭酸水を振り回したような、今にも内側から臓器が飛び出そうな感覚が止まらない。


 辛うじて鼓膜は生き残っている。

 しかし、とても次の一撃を耐えることは出来ない。


「はぁ……はぁッアァァ……!」


「……」


 少女は苦しみ悶えるジークリルに手を添えた。

 枯れ枝のように細い腕、凄惨な拷問を彷彿とさせる(むし)られた指先。

 そんな冷たい手が顔に触れた瞬間、少女の顔に巻かれていた包帯がするりと解けた。


「……逃げて」


 少女と目が合った瞬間、今までいうことを聞いていなかった腕が軽くなる。

 そしてそれを記念したトードディナのトドメの爆音が放たれた。






「VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」






 ----- ----- ----- -----



 轟かせる度に破壊力は増している。

 近付いているのだから当然だが、四度目は相当の威力を含んでいた。飛んでくる破片も樹木や家の家具だったりと、破壊力のあるものに変わっている。

 知識はないが、戦いにおける知恵はそこそこにはあるらしい。


 だが撤退推奨(レッドライン)のシグナル音が、未だにトードディナの脳内で鳴り響いている。


「……」


 両耳から血を流しながらも、ジークリルは立っていた。四度目の咆哮で自分の聴覚が破壊されるとわかっていながら、確固たる意思で少女を守ることを選択し、そして守り切った。


「      」


 少女が何かを言っているが聞こえない。

 だがおそらく『らしい』ことを言っているのだろうとは察しが付く。

 だからジークリルは『らしい』言葉を返した。


「……待ってろ。今、静かにしてくる」


 勢いよく地面を蹴り抜いたジークリルは、翼を広げてトードディナへと向かった。

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